<THINKSELL />
マクドナルドと老人 突然変異の若者
- 2008-07-03 (Thu)
- Diary

午前中、制作中のサイトで使うサーバーの設定に四苦八苦。今回はWordPressで制作。同時進行でもうひとつ。こちらもWordPress。WordPressのサイト構築は諸刃の剣…..かもしれない。ウェブサイトのマネジメントは効率的に。反面、クライアントはカンタンに更新できるので、私は御役御免も。ここからが腕のみせどころ。クライアントだけの更新と私が支援する更新との差異を体感してもらわなければ(笑)
午後から近所のマクドナルドへ。190円の書斎。WIRELESS GATEに契約しているからマクドナルドでネットにつながる。最近、ここを通りかかるとマック難民なる言葉が脳裏をかすめる。
「マック難民」という言葉が誕生した。ハンバーガーショップ「マクドナルド」の24時間営業店舗に「寝泊り」する人々のことで、多くは日雇い労働者風男性だが、高校生などの若年者もいる。「アパートが借りられずマンガ喫茶に寝泊りしていた人達が、単価の安いマックへ移った」という背景もあるらしい。マクドナルドも対応に困っている。
ただし客層が記事と違う。年配の方が多い。私の前に3人の老人たち。お店側も慣れているようだけど、やっぱりテンポが合わない。で、スタッフが注文内容を聞き間違えたか、あるいは老人たちが言い間違えたか、とにかく注文した商品がでてこなかった。老人は店に苦情を申し立てる。その言い方が耳に残った。居丈高な物言いに聞こえた。私の耳は程度が悪いのであしからず。
私はホットコーヒーを注文して老人たちの隣に腰をかけた。5分ほどすると着信アリ。一人の老人が甲高い声で話し始める。どうやら今ドコにいるのかとの友人からの電話。マックにいるからおいでと。以下、つらつら書きつづるよりもよきにご想像のほどを。
耳学問で恐縮。市場は団塊世代や老人へとシフトしている一方で、その世代に隠れていた貧困がうごめいているらしい。今風にいえば格差とのこと。どこまでほんとうの話か知らないけど、マクドナルドに座る人たちを眺めてなきにしもあらずかと独りごちる。
老人を枕に言いたかったこと。それは老人そのものじゃなく老人たちのふるまい。言葉づかい、店員への物言い、食事中のしぐさ。3人から世代まで風呂敷をひろげるのは短見。とはいえ、突然変異のごとく「キレる若者」が生まれたのであるまい、と私は思う。
それを備忘しておきたかった。
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[Review]: 無所属の時間で生きる
- 2008-07-03 (Thu)
- Review

城山三郎先生は四十にさしかかるころ、仕事の上でのストレスから体重が47kgにまで落ちた。その頃、三種類の睡眠薬を飲んでも眠れなかったという。三十代半ばから筆一本。不安にかられると、「なぜ、退職したのか」との悔いが顔を出した。三十代最後の年、「耐えること、耐えること、耐えること」と、三度反復したメモ(ご本人は忘却の彼方のご様子)。会社勤めを一度も経験せずに経済モノを執筆なさった。周りには「岡目八目」と韜晦。「物事を過度に考える性格」と自己分析した先生。その三十代の風景を36歳の私は脳裏に描く。
戦後最大の財界人石坂泰三を調べていて、幾日か出張するとき、空白の一日の日程を組み込んでいることに、私は注目した。
旅先で好奇心の湧いた場所や人を訪ねるためもあるが、ただ風景の中に浸っていたり、街や浜辺を散歩したり。経団連会長や万博会長など、日本でいちばん忙しい男であるはずの時期でも、そうであった。
その空白の一日、石坂は二百とか三百とかの肩書きをふるい落とし、どこにも関係のない、どこにも属さない一人の人間として過ごした。私はそれを『もう、きみには頼まない』(毎日新聞社、のちに文春文庫)の中で、「無所属の時間」と叫び、その時間の大切さを、私なりに確認したつもりでいたのにーーーーー。『無所属の時間で生きる』 P.18
政官財界の偉人には、大病を患い入院生活を余儀なくされた時期を過ごした人がいる。無所属の時間と色合いが似ている。それら偉人や城山先生と比較する気は毛頭ない。私はといえばずいぶんとさもしい無所属の時間を手に入れた。いつまで続くかわからない。ただ自分なりに無所属の時間で生きている。 まったくなにもかも違う先生と私。ひとつだけ同じモノをすくい取れた。
もっとも無所属の身である以上、ふだんは話相手もなければ、叱られたり、励まされたりすることもないので、絶えず自分で自分を監視し、自分に檄をとばし、自分に声を掛ける他はない。
檄や掛声である以上、三度繰り返したり、また、毎年似たような文句を繰り返すことにもなる。
度し難い話だが、それが人間ということなのであろう。『無所属の時間で生きる』 P.127
度し難い話。うなづいた。絶えず自分で監視していると、過ぎてしまえば何ということもないモノに心配したり怯える。見えぬ姿に恐怖を先取りしたり。あらゆる方向から手をうたねばと思い、それがかえって己を惑わしたり。万事つつがなくは無縁。万事過ぎてしまって、のちに呵々大笑で呑めたら万々歳。それでいいと思っている。周りの草木がかわる景色を味わいつつ、自分は相変わらず自分に語りかけ、自分を叱る。
最近、中野孝次『人生を励ます言葉』(講談社現代新書)を読んで、
「何方をも捨てじと心に取り持ちては、一事も成るべからず」(『徒然草』)
といったところに、マークをつけ、また、ある青年が、
「金を稼ぐつもりのものは左手で書いて、ぼくにとって大事なものは右手で書きますよ」
と言ったのに対して、ノサックが、
「その左は同じ身体についているのです。左手が触れた堕落の毒は、右手に感染するでしょう」
と答えたという話のところにも、マークをつけた。『無所属の時間で生きる』 P.128
マークをつけて自戒の日々。「今朝酒あらば 今朝酒を楽しみ 明日憂来らば 明日憂えん」を唱え、「一日を生きる」を大切にしようともがく毎日。ほど遠い。悶々として夜を明かしてしまうときも。翌日なにも考えずに外へ。数分歩けば歴史が現れる。歴史の場所から琵琶湖を望めばゆうに千年は変わらぬ景色を再認識。そしたら胸の渇きが薄れていく。周囲の景色に身を溶かし、五感が掬い取ってくれた水で胸の渇きを満たす。ときにはファインダーに。それだけで贅沢。
先生は言う、「人生の持ち時間に大差はない。問題はいかに深く生きるか、である」と。深く生きる、ステキな言葉だ。小林秀雄先生の逸話。たしか、どなたか同じ逸話を紹介していたはず、出てこない。まぁいい。これもまた深く生きた証、と私は思う。
たとえば小林秀雄さんは、ゴルフが終わった後のパーティーなどでは、ほとんど箸を手にされなかった。
一食たりとも不本意なものは口にせぬ、という主義で、空腹のまま鎌倉へ帰り、小町通りの天ぷら屋など、ひいきの店へ行くという習わしであった。『無所属の時間で生きる』 P.107
口腹の快。楽しみを知る人が通う店がおりなす街。その街も深い。深さは一日にして成らないけど、深くありたいがため一日を生きる。どれだけ深いか自身で知るよしもない。見えるわけでもない。やがて私を往来する人が気づけば幸、気づかずば修養を積めておらぬと自分を叱咤。浅学非才の身、そんな程度だろう。
城山先生は還暦にあたってメモを残された。私にはまるで五箇条の御誓文のよう。それを肝に銘じてまた無所属の時間を生きよう。
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立ち止まってスルーしてみよう
- 2008-07-02 (Wed)
- Diary

「恥ずかしい」「愚かな行為」とか。事の発端はたしかどこかの短大の学生が書いた落書き。それが京都の大学から高校野球の監督の解任にまで発展。発端となった短大には抗議が数百ほど寄せられた(らしい)。内容は「処分が軽すぎる」。何か目をひく報道が姿をあらわすと芋づる式に露呈する。だったらイタリア・フィレンツェの大聖堂の日本語の落書き(全体の1割程度)をすべて映せばいいのにと思う。「ニュースになりそうな落書き」をピックアップしたんじゃなかろうと妄想も。
イタリアの新聞各紙は1日、1面でカラー写真などを使い一斉に報道。メッサジェロ紙は「集団責任を重んじる日本社会の『げんこつ』はあまりに硬く、若い学生も容赦しなかった」と報じる。
フィレンツェに限らず、イタリアでは古代遺跡はスプレーにまみれ、アルプスの山々には石を組んだ文字があふれる。その大半がイタリア人によるものだ。同紙は「日本のメディアによる騒ぎは過剰だ」と、日本人の措置の厳しさに疑問を投げ掛けた。コリエレ・デラ・セラ紙も「行為はひどいが、解任や停学はやり過ぎ」と論評した。
一方でレプブリカ紙によると、大聖堂の技術責任者、ビアンキーニ氏は「日本の出来事は、落書きが合法と思っているイタリア人にはいい教訓だ」と語った。
集団責任を重んじる日本社会のげんこつ、という文字。おお、テンプレートされた日本ってやっぱりあるんだ。こっちも同じような視線。ナポリのゴミ問題やら。ひとつの事件が契機に互いが改善されるとしたら歓迎だけど、垂れ流すことが目的になってしまうのはかんにん。そんな矢先のHack。これなんて思い切りスルーすればいいニュースだと思う。北海道でサミットが開催されるので、そろそろと腰を上げて警備を強化した矢先の出来事だったらしい。面目丸つぶれ。落書きした本人は英雄に。ならば「オレも」と模倣犯が蠢動しはじめる。それをまた報じる。エヘ、オレもニュースになったよ。
同署によると、落書きされたのは2両目で、幅約5メートルにわたって、赤や青の塗料で「Hack」などと書かれていた。センターは新幹線の点検や整備をする施設で、最終の回送列車が到着した1日午前0時過ぎ以降に落書きされたと見られる。1日未明には約20本の新幹線が止まっていたが、落書きされた車両は最も外側だった。
via: 新幹線側面に「Hack」の落書き、車両センターに深夜侵入か : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
毎夜流れる殺人のニュース。そのおかげで物騒になったと思いきや(否定はしないけど)、殺人件数は減少している(参照: google先生)。東京に集中した放送局が「全国で等しく知る必要があるから」みたいな錦をふりかざして北は北海道で起きた殺人を最南端で放映してくれる、そんなすばらしいシステムの恩恵に浴している証かもしれない。
テレビのコンセントを抜いておこう。エコらしいし。あっとコレも毎日流されるニュースのおかげだな。
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[Review]: 死刑弁護人
- 2008-07-02 (Wed)
- Review

来年、裁判員制度の運用がはじまる。先日、朝生でこのテーマを扱っていた。賛成側と反対側、それぞれに言い分がある。二項対立はテレビの意図だから折り合いをつけるような議論に向かわない。素人の私にはかえってよかった。成立までの背景と制度の概要、賛成側と反対側が俎上に載せる論点も理解できた。共通点もあった。それは、「司法の危機」らしい。法曹界に棲む人々はそうそうな危機感を抱いているようだ(ポジショントークもあると思うけど)。表現は違えど同書の著者安田好弘弁護士は「この国の司法はどこに向かっているのか」と舌鋒鋭く論ず。「司法の劣化」とも。
いろんな事件の裁判にかかわって、はっきりと感じることがある。
なんらかの形で犯罪に遭遇してしまい、結果として事件の加害者や被害者になるのは、たいていが「弱い人」たちなのである。
他方「強い人」たちは、その可能性が圧倒的に低くなる。
私のいう「強い人」とは、能力が高く、信頼できる友人がおり、相談相手がいて、決定的な局面に至る前に問題を解決していくことができる人たちである。
そして「弱い人」とは、その正反対の人、である。『死刑弁護人 生きるという権利』 P.3
「弱い人」が犯した罪のうち、同書に登場する事件は以下。
- 光市母子殺害事件(差し戻し控訴審の判決前まで)
- 新宿西口バス放火事件
- 山梨幼児誘拐殺人事件 (一審死刑、二審無期懲役)
- 名古屋女子大生誘拐殺人事件 (一審、二審、三審死刑 1995年12月死刑執行)
- 宮代事件 (加害者の兄弟にそれぞれ死刑と無期懲役 1998年最高裁で刑が確定)
- 北海道庁爆破事件
- 北海道連続婦女暴行事件 (1972年5月に事件が発生、 1990年9月に上告棄却により死刑確定 2004年6月4日札幌拘置所内にして病死)
- ダッカ日航機ハイジャック事件
- 山岳ベース事件
- オウム真理教事件
法曹界に多くの支持者を持つ反面、テレビからは蛇蝎の如く嫌われる。テレビの思惑が那辺にあるか知らない。一読したとき、「あたりまえだ。だけどやっぱりあたりまえだと納得できない」感情がふつふつと。胸中穏やかならず。罪を犯した人が弁護を受ける権利。刑事弁護人の使命。あたりまえのことだとわかっている(つもり)。私は本村洋さんのように論理的に反駁を加えられない。ひたすら情動のおもむくまま。テレビも同じかなぁ。同書に登場しない名古屋アベック殺人事件とYouTubeのインタビュー。
安田弁護士の弁護は想像を絶する量と時間。どうやったら膨大な量をこなせるのか、ほんとうに寝ているのと目を疑いたくなるほど。弁護士の職責を果たそうする、あるいは先生の信念にもとづいた行動に尊崇の念を抱く。だけど尊崇と書けば書くほど胡散臭いと自己嫌悪するのは、頭でわかっても身体が拒否するからだろう。インタビューに登場する宮台真司先生や安田弁護士も含め、ひとつの事件を「審問」するとき、ひとつの上の次数に視座をあげ全体を鳥瞰しなければならないのだと思う。そこは感情が排除された世界か。100%排除できなくてもできるかぎり。そうでなければ審問は私的制裁になりかねない。
裁判を私刑にしない原則は
- 無罪推定の原則
- 検察官の全面的な立証責任負担の原則
- 直接主義、口頭主義、公開主義の原則
であって、これが公平・公正な刑事裁判を支えてきた。 だけど、それがオウム事件をきっかけに放擲されてしまった。そうだと思う。森達也が指摘するようにオウム事件以降、三権分立どころか三権がそろい踏みで厳罰へと舵を切った。そして、光市母子殺害事件が起きた現在、過去の事件をググると「どうして死刑判決じゃないの」と首をかしげる(死刑廃止と存置の問題は別、念為)。すべて「今、起きたこと」から振りかえる。「今、起きたこと」を括弧に括るのはむずかしい。むずかしいから悟性よりも情意を前景化させる。賛同を得やすい。
いま、そんな過渡期なのかもしれない。中庸は目に見えない。目に見えやすい両極へと振り子を振るとわかりやすい。支持も集まる。私はまだまだ情動で判断している。それではだめだと論理に傾こうとする。その狭間を往来している。読了後、無性に胸がかわいた。
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篤姫とラストフレンズ 家族の意味
- 2008-07-01 (Tue)
- Diary

篤姫とラスト・フレンズを視ていると家族の意味を問いかけられている気がした。篤姫のアカデミックな時代考証やドラマ仕立ての作風は捨て置き、岸本瑠可の性同一性障害についての議論も受け流して、画面の映像だけにフォーカス。150年ほど前に、実の娘を養女に差し出し、その娘が江戸へ出立する際、殿様から謁見を賜った。もちろん「恐悦至極に存じます」みたいな。娘の「位」が上がると「姫」になる。男子であっても養子に出され、三男ともなれば喰うこともままならなかったのかもしれない。現代から時代を眺めると、「政略」という単語があてはめられるけど、「かっこにくくる」とどうなのだろう。ああ、そうか「家族」という言葉がいつから使われ出して、それぞれの時代、どういう概念を想定していたのかも考慮にいれないと。愚問はなりたたないな。むずかしい。
かたや藍田美知留。及川宗佑の子供を産み、岸本瑠可と水島タケルの四人でシェアハウスで暮らすところで終わった。SPでは子どもも少し大きくなっていたな。最終回のラストシーンを視て、「家族」が頭によぎった。現代の家族という概念をあてはめて。テンプレートなら藍田美知留と子どもだけが親子、岸本瑠可と水島タケルは他人。岸本瑠可は自分を女性と思っていないし、水島タケルはセックス恐怖症。この先、どんな暮らしが待ってるのだろう。「いけるところまでいってみよう」みたいなことをタケルは口にしたけど、どこまでいけるのだろう。テンプレートなら誰が父親で誰が母親でみたいになるけど、「みんなで育てる」みたいな雰囲気があって。で、SP。タケルは姉からの電話に「家族ができた」と笑顔。だから姉さんを許すという。同居人じゃなく家族なんだ。家族と引き替えの免罪。家族のもつ力なのかなと。
150年前の家族を現代のテンプレートで解釈すると理解できないのはわかるけど、「かっこにくくる」と自分の浅学と無知に嘆き、想像の脆弱にため息。だから、「かっこでくくる」必要のないラスト・フレンズを視て、タケルに「家族」と言わしめた脚本家の構えに圧倒された。
傍らに家族。後景から前景へ描き直す時があっていい。
蛇足。
ドラマのなかで「商品を売る」のはやっぱり空々しい。携帯全盛の時代、タケルが姉と「クールな固定電話」で話すシーンはさて。及川宗佑の調度品に生活感はない(それがネライかもしれないけど)。その他、もろもろドラマ全体がCM化してしまっているところがザンネン。
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[Review]: 演劇入門
- 2008-07-01 (Tue)
- Review

演技と演出の違いを知らない。そんな浅学も演出家の仕事を読んで感銘を受けた。だけど肌で感じるような理解に至っていない。なのに平気で「演出」と口にする。これは変わらない。「演劇は誰でもそこに参加できる表現形態」であり「戯曲というものは誰もが書けるもの」だと同書は言う。ただし趣味に興ずるならばだろう。そうはいっても趣味に興ずるほど演劇は近いか。誰でもそこに参加でき、誰でも戯曲を書けるほどなのか。なぜ演劇は少なからず「離れて」いるのだろう。そのヒントは平田オリザ先生が指摘する「演劇の技術」にあるのかな。「演劇が技術ってナニ?!」って感じだ。技術なら伝えられるのか。
演劇の技術とは、「自分の妄想を他者に伝える」技術である。それが技術として確かなものであるならば、それは、ある程度の部分まで言語化できるはずなのだ。本書でまず初めに試みたいのは、これまで言語化されることが少なかった演劇の技術、劇作の技術を、できるだけ解りやすい言葉で書き記すことである。『演劇入門 (講談社現代新書)』 P.5
これまで言語化されることが少なかった演劇の技術、劇作の技術と断ずるのに驚いた。Wikipediaに助け船を出す。そうなんだ、得心。人が棲む「位置」を思い浮かべる。第一線の人から無名の戦士まで、誰もが世に棲む分野に「位置」を持つ(と私は思う)。位置は自分が定めても、たいてい他者が評価する。その位置のズレに一喜一憂。そう思うと、平田オリザ先生の「演劇の技術」を演劇界の標準値だと誤解してはならない。
リアルな台詞とは何か?
これは、相当に難しい問いかけだ。だが確かに、リアルでない台詞、説明的な台詞、もっと簡単に言ってしまえば「ダメな台詞」というものがある。『演劇入門 (講談社現代新書)』 P.12
舞台は美術館。主人公がいきなり入ってきて、いきなり、「あぁ、美術館はいいなぁ」と台詞をしゃべる。一見、極端な事例だと思った。そうでもないらしい。案外、この手の「ダメな台詞」は多い。物語を無造作に切り取ってしまう台詞。観客の想像力を奪う台詞。ドキリ。実生活でもそんな台詞をはいているかも。同書が問うとおり、「演劇のリアル」と「現実のリアル」は位相が異なる。現実の私が彼女と美術館に訪れて、「あぁ、美術館はいいなぁ」と口にしても周りの想像力を奪わない。微妙な空気が二人の間をほんのりと漂うだけ。他方、演劇で私が同じ台詞を口にしたらそこで終わる。ただし、同じ台詞をもう少し後、すなわち「遠いイメージ」から入ってだんだん「近づいた」ときに発話すれば、観客は「確かに」とシンクロする。言葉の不思議。コンテクストの魔力。
「あぁ、美術館はいいなぁ」の台詞をダメにしてしまうのは「リアル」の喪失。それは、「現実のリアル」と「演劇のリアル」の位相を重ね合わせる点を見いだそうとしない対話の欠如。位相を重ねるあわせるために先生は三つの問題を提起した。
- 現実世界の「リアル」と、演劇世界のリアルは、一見違うもののように思える。それはどうしてか?
- 演劇世界の「リアル」とは何だろう? また、それがあるとすれば、演劇の「リアル」は、どのように獲得されるものだろうか?
- なぜ、人は、「リアル」な演劇、「リアル」な台詞が書けないのだろう? 人間を「リアル」から遠ざけるものは何だろう?
他者とのコンテクストの摺り合わせが課題。演劇では「観るー観られる」の関係性に固定される。現実世界は「観るー観られる」の関係性が固定されていない。と、私が思っているにすぎない。現実世界だからという理由ですべてを無前提に受け入れているのではなく、無意識に世界の文脈を瞬息の間に捉え直し続けているだけだ。現実世界の「あぁ、美術館はいいなぁ」には時間と空間と発話のコンテクストが無数に存在する。その存在を他者とキャッチボールしている。演劇世界の「あぁ、美術館はいいなぁ」は、限定されたコミュニケーションに存在する。限定と非限定の差異が二つの「リアル」を引き離す。
演劇世界では、表現者と鑑賞者の間には、現実世界で行われるような、発語行為を伴う対話は成立しない。だとすれば、表現者と鑑賞者の間での、コンテクストの摺り合わせは不可能だということになってしまう。『演劇入門 (講談社現代新書) P.190
不可能を可能する「内的対話」。同書が打ち立てた仮説。「内的対話」は言葉なき無限の反復。現実世界は混沌に満ちている。それを演劇世界が解りやすく省略した図式で描こうとすれば内的対話は失敗する。演劇が求められているのは二つ。ひとつは、混沌を混沌のまま受け入れること。もうひとつは内的対話によって混沌の解像度を上げる作業。あとは観客がそれぞれの知性と照合して他者や外界との交点を探っていくだろう。
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毎日新聞を解約しませんか?
- 2008-06-30 (Mon)
- Article

ネットを賑わしている毎日新聞社のHENTAI記事問題。どうしてこんな記事を書いていたいのか、はたして騒ぎの根っこは何か、ネットの本当と嘘をこれからじっくり考えるとして、とりあえず脊髄反射しておきます。毎日新聞を購読していらっしゃる方は解約を一考されてはいかがでしょう。
毎日新聞社は27日、英文サイト「毎日デイリーニューズ」上のコラム「WaiWai」に不適切な記事が掲載された問題で、コラムを担当していた英文毎日編集部記者を懲戒休職3カ月にした。また、監督責任を問い高橋弘司英文毎日編集部長を役職停止2カ月、当時のデジタルメディア局次長の磯野彰彦デジタルメディア局長を役職停止1カ月の懲戒処分とした。このほか、当時のデジタルメディア局長の長谷川篤取締役デジタルメディア担当が役員報酬の20%(1カ月)、当時の常務デジタルメディア担当の朝比奈豊社長が役員報酬10%(1カ月)を返上する処分とした。
本社は、担当記者が国内の雑誌に掲載された風俗記事を英文サイトに引用する際、不適切な描写のまま英文に翻訳した結果、多くの読者に不快感を与え、インターネット上で批判を受けるなど信頼を損なったと判断した。上司については、記事のチェックを怠るなどの監督責任を問うた。WaiWaiは今月21日に閉鎖している。
さらっと書いてありますが、理解不能の釈明文。理由は以下に。
25日、毎日新聞社の株主総会が開かれ、役員人事が無事に可決された。デジタルメディア担当だった朝比奈豊氏は社長に就任し、デジタルメディア局長だった長谷川篤氏は取締役となった。毎日新聞のお詫びって一体何なのだろう?
私の目が雲っていなければ、毎日新聞はお詫びと告知をしたはずだ。「監督責任者であるデジタルメディア局長、同コーナーの担当部長、担当編集者を厳重に処分します。」と書いてある。厳重な処分とは昇格のことを言うのだろうか。
当時の責任者が社長になるという「処分」。毎日新聞がWaiWaiに掲載して世界に配信していた英文記事(HENTAI記事)の内容はYouTubeにも。怒りとかそんな問題じゃない。人間の尊厳を踏みにじる記事のオンパレード。売国奴やら売日とか非難囂々ですけど、日本を売ったという以前の問題。下の動画に関連した動画をたどれば見るに堪えない記事の内容が続く。
果ては売春指南まで(参照: 痛いニュース(ノ∀`):毎日新聞、「小額で日本の少女を買春する方法」を紹介。海外大手サイトに掲載)。
参照記事
- 毎日新聞の英語版サイトがひどすぎる まとめ@wiki - トップページ
- 天漢日乗: 毎日新聞の英文記事、主婦および看護師を始めとする医療従事者の怒りを買う 医療機関では粛々と不買運動始まる→看護協会に問い合わせてみました
- 天漢日乗: 毎日新聞の英文記事、主婦および看護師を始めとする医療従事者の怒りを買う(その2)毎日新聞に電話してみました 毎日新聞がまともな調査をしてないことが判明→Waiwaiの主婦売春の記事がウソなら、日本に行く理由がない、というエロ外人によるfjの投稿があるとか
- 天漢日乗: 毎日新聞の英文記事、主婦および看護師を始めとする医療従事者の怒りを買う(その3)21世紀の日本人の渡航数は横ばいなのに海外で性犯罪に遭う邦人数は増加 毎日新聞の英文記事WaiWaiの配信はその頃から始まる
- 天漢日乗: 毎日新聞の英文記事、主婦および看護師を始めとする医療従事者の怒りを買う(その4)「エクアドルのジャングルで日本人がライフルで子ども狩り」という英文配信記事がエクアドルに飛び火 場合によっては在留邦人に生命の危険が
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大阪は左、滋賀は右
- 2008-06-30 (Mon)
- Article

旅なら気にならないし、東京の人(のフリをしている人)から嘲笑されたらされたで土産のひとつもできたと喜ばしい。だけど、住むとなると話は別。
それにしても、関西弁が柄が悪い、というイメージはどこから来たのだろうか。おそらく、テレビのせいだろう。吉本の芸人はかなり無茶な突っ込みをするし、強引に笑いを取る。だが、吉本の芸人が使っている言葉をそのまましゃべっている関西人はほとんどいない。あれはいわば「吉本弁」なのだ。「吉本弁」は大阪南部の言葉がベースにはなっているが、それと全く同じではない。だいたい、ああいう下町言葉を「下品」だと言うのであれば、我々も「てやんでえ」だの「あったりめえよ」という言葉にはかなり違和感がある、と言わざるを得ないのだが。
[...]だいたい、「関西」と「大阪」の区別がついていないことも勘弁してほしいものだ。我々は、自ら「ダサイタマ」ではなく「東京」と呼ばれたがる卑屈な埼玉人ではない。京都・大阪・神戸・奈良という関西の四大文化圏は、関東における東京・横浜・千葉・埼玉よりもよほど個性が強く、言葉一つとっても一緒くたにできる要素など全くない。それとも、東京人は自分たちの身内も「ダサイタマ」などといって馬鹿にしているくらいだから、よそ者などもっと馬鹿にしても当然だとでも思っているのだろうか。
「吉本弁」とは言い得て妙。さんまさんや紳助さんが全国ネットで関西弁を話すようになって吉本芸人は免罪符を手にした。以来、関西弁をキャラ立ちさせてきた。だけど、テレビの関西弁は衒いがある。関西弁+中途半端な標準語的トーク。私の里は瓢箪山。大人たちは河内弁を使っていた。特に瓢箪山から出ない大人たちは顕著。祭りの会合なんかで飛び交う言葉は下品。なぜ下品と思えるかというと、高校の入学式でショックを受けたから。瓢箪山から近鉄奈良線に乗車して30分ほどで上本町がある。そこで下車して高校に通っていた。大阪の外れから市内へ。大人であればわずかな距離。16歳には異国の地。同じ大阪なのに発音や単語の言い回しがわずかに異なっていた。わずかな差異がかなりショック。同じ大阪人なのに違う言葉、って感じかな。で、上本町や市内に住む人たちの大阪弁はキレイだった。キレイといっても、米朝さんが話すような上方落語の美しさじゃないけど。
瓢箪山と上本町の差異に驚いた青年は大人になって滋賀県に住み、今は大阪・神戸・京都を仕事で往来している。奈良は知らない。大阪・神戸・京都、それぞれが違う。エスカレーターですら違う。大阪は左側が空く、京都は微妙、滋賀は右側が空く。いわんや言葉をや。滋賀の言葉に大阪弁のようなイントネーションはない。歌手の「ゆず」を「ゆず」と発音すれば、「ああ、すぐ大阪の人やね」とわかる(文章にしたらわかるわけねぇや)。滋賀は前者の「ゆず」、大阪は後者の「ゆず」。京都は別世界。京都の商売人と話せば、京都をチラッと垣間見られる。千年王城とはよくいったもんだと体感。大阪弁とは異なるイントネーションな言い回し。大阪弁より少しゆったりした感じ。滋賀でも地域によって違う。なつかしい響きで話す地域もある。その響きはだいたい県の中心からはずれている。かつ、世代的には年配の方がおおい。大阪、京都、滋賀、たぶん、「世代」という影響は大きいと思う。
で、ATOKも違う。神戸、大阪、京都、奈良は一発変換できるけど、滋賀県は滋賀と入力しても一発変換されず、必ず滋賀県と入力しないと一発変換されない。屈辱。
つらつらと書いてたけど、何が言いたいかというと、東京のみならず、日本が世界を眺めるとき、「フランス人はシャワーを浴びない(から不潔)」とか「欧米人は歯並びがいい」などの景色を堪能する。ハリウッドスマイルに刷り込まれ、ナポレオンの臭いフェチに感化されたり。反対もしかり。ラストサムライを観たとき、椅子から転げ落ちそうな衝撃を受けた人も少なくないはず。あれを持ってして、「もっとひどかった。我々が現場の人たちと話し合いながら改善した」なんて真田さんの口から聞くと、「改善させる前の映画のほうが映画らしくていいだろう」とツッコんだり。微妙に正確な描写はやっかいなイメージを与えかねないわけで。
旅をするとき、旅行ガイドを片手に散策すれば効率的に移動できる。それはそれで便利。否定しちゃいけない。だけど、旅行ガイドを手にしたことによって、「関西弁は柄が悪い、下品だ」「大阪は民度が低い」と握手するハメになることも自覚しておこう。旅行ガイドは私の想像力をかんたんに奪い去る。あざやかな手さばきで。見わたすかぎり私の知らない景色。そのとき、ガイドを手にしたくなる。京都へ何度も通う人がガイドなしに遊べるようになっても住人ではない。反対に京都も千年王城のあぐらをかいていれば、再び不遇の時代をむかえる(修学旅行の学生しか見かけない時期があったようにお見受けする)。
滋賀県が滋賀と入力しても一発変換されないことを羨んでもしょうがない。滋賀(クソッ、いいかげん腹立ってきたので単語登録してやる)は神戸・大阪・京都・奈良へ羨望の眼差しをおくってもしょうがないto
国粋主義と地域主義はコインの表と裏。いずれも先鋭化してしまえば滑稽な話。
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住処が人を育てる
- 2008-06-29 (Sun)
- Diary

鎌倉の旅の二日目、長谷寺へ。江ノ電に乗り長谷駅で降りたとき、「ああ、住みたいな」と思った。ひさしぶりだ、そんな気持ちになったのは。学生時代から東京以西は北陸を除いて足を運んだ。そのなかでも住みたいなと思ったのは伊良部島だった。そのとき以来。抑えきれないワクワク感。長谷寺から海を望む。
長谷寺の至る所に咲く紫陽花。当日はあいにくの雨。だけど軽やかな足どり。紫陽花と雨は仲好し小好し。
カメラを構えてゆっくり撮りたいけどダメだ。たしか9:30ごろだったけどすでに列。たぶん午後からは入場制限がかかる気配。看板には待ち時間80分なんて札もあったので混雑のときは紫陽花と人の頭でいっぱいになるのだろう。
紫陽花に露。
眼前に海、振り向けば古刹と山。ステキだ。趣のある家々がおりなす町並み。家か店かわからなかったり。長谷寺から望む海ではサーフィン。なんだか身体がウズウズした。ここに住んだら好きな音楽を聴きながらそぞろ歩きするのかなぁ。海も山も、町並みも、住人は日常で旅人には非日常。その差異が憧れを抱かせる。わかってる。住めば都という。私が住む琵琶湖もたいそう気に入っている。旅先の街ははじまりからおわりまで日常から切りはなしてくれる。だけど、既視感を抱かせる町並みもある。既視感と過去の区別がつかなくなったとき、「ああ、住みたいな」とつぶやいた。
自宅のすぐ前に咲く紫陽花。どこの紫陽花も美しい。
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[Review]: 墜落遺体
- 2008-06-27 (Fri)
- Review

昨日、クライマーズ・ハイのレビューを書いた。横山秀夫氏が自身の記者時代に遭遇した日本航空123便墜落事故取材の体験をまとめた作品。ただ、「墜落現場」は描かれていない。事故そのものがテーマじゃないから『墜落遺体』も扱われていない。レビューで紹介した現場雑感、佐山は左手を失った女の子を抱える自衛官を書いた。実際の現場は凄惨を極めた。著者は事故当時、高崎署刑事官在職にて身元確認の班長につく。
完全遺体といっても、潰されて形を失った顔面。前頭部の飛んだ頭蓋。二つに切断された胴体。焼けただれて分解しつつある焼死体。手足がちぎれ、下顎骨がかろうじて首と繋がっている、といった遺体が多い。
そして脳髄は脱出して無い。眼球は飛びだすか、めりこんでいる。肋骨はバラバラに折れ、脊柱も潰れて体が円くなっている。
手足は多発骨折か切断か挫滅創。腰の安全ベルトのせいか、下腹部で切断されているか、大きく破れて内臓が噴出している。『墜落遺体―御巣鷹山の日航機123便』P.62
完全遺体がそうならば離断遺体、分離遺体となると絶句する。遺体(部位も含む)のひとつひとつを丹念に調べ身元を確認していく作業、作業に従事する人々の懸命な働きを克明に記録している。
遺体の状況
- 「何だこれは…..」毛布の中から取りだした塊を見て、検視官がつぶやく。塊様のものを少しずつ伸ばしたり、土を落としたりしていくうちに、頭髪、胸部の皮膚、耳、鼻、乳首二つ、右上顎骨、下顎骨の一部、上下数本の歯が現れてきた。
- 二歳くらいの幼児。顔の損傷が激しく、半分が欠損している。それなのに、かわいい腰部にはおむつがきちっとあてがわれている。
- 五二〇人という数字も大変だが、実際に回収される遺体は数千体にもなっている。
- 「目が三つある死体があるのですぐ来てください」
- 中には一週間もたっていないのに白骨化しているのもある。
- 連日の猛暑のため、遺体に蛆が湧き、腐敗の進行も早いため、数日後からの回収遺体は原形をとどめていないものが多く、確認作業は困難を極めた。
遺体の身元確認作業
- 「焦点が合わないんです」写真担当の若い巡査が、カメラを両手でもったまま泣きべそをかいている。
- 検視官も医師も首にまいた汗止めのタオルや上腕部を使って、汗を一緒になった涙をしきりに拭っていた。
- 「これは仕事なんだ」と割り切れない、と。
- 多くの医師、警察官、看護婦たちが不眠不休で凄絶な現場で闘っている。「殉職者だけは絶対に出してはならない」
- せっかく出勤してきたのに、臭気にまいって検屍作業もできずに嘔吐、その後数日か寝込んでしまった若い歯科医師
- ものすごい死臭と、これが人間かと思われる炭化遺体を目の前にして、失神寸前となった医師。
- 一度だけは検屍はしたものの、米が蛆に見えて食べられず、一週間ザルソバで通した医師。
- 「班長! また子どもじゃあねえかよ。俺は子どものはもう嫌だよ。なぜ俺んとこばっかり子どもなんだよ」突然、まだ三十代前半であるが、検屍業務では熟練のT巡査部長が本気で怒りだした。
遺体と対面した遺族
- 他の列でも日航職員が正座して、棺の中に顔を半分入れて謝っている。そこには下顎部から下の女性の挫滅遺体が納められている。
- 母親が狂気のように叫び、抑えようもない激しい悲しみと怒りに床の上をのたうちまわっている。
- 炭化して、人間としての原形すら残されていない父と対面し姉と妹が、失神して仮の救護室となった放送室に運ばれる。
- どうにもならないほどの深い悲しみをじっと心の内奥に閉ざし、必死に耐えるのも人間の究極の姿である。
- 「僕は泣きません」前頭部が飛び、両手の前腕部、両下肢がちぎれた黒焦げの父の遺体の側で、十四歳の長男が唇をかんでいる。
- まるで地獄絵図のような、想像を絶したすさまじい情景は、宿命だとか運命だとかで表現し、簡単に他人の人生を総括できるものではなかった。
遺体をあつかった看護婦
- 遺族からの遺体取り扱いについての苦情はほとんどなくなった。それは医師会派遣の看護婦と日本赤十字社が動員した看護婦たちの、やさしく甲斐甲斐しい働きによるところが多い。
- とりわけ、胴の部分がピチッと締まったベージュの上衣に裾のすぼまったスラックス姿の日赤看護婦のきびきびした動作とその気丈さには、医師も警察官も驚嘆し感動さえ覚えた。
- 遺体に付着した泥や木の枝や杉の葉などを取り除き、髪の毛、頭、顔、胴体そして腹部から脱出した内臓まで丹念に洗う。
- 洗った髪に櫛を入れ、頭の表皮から指の一本一本に至るまで、ていねい清拭した。
- 長い髪の毛に顔の片側部分の皮だけがついている離断遺体があった。看護婦は髪を洗い、櫛でとかし、顔の皮膚の裏側から手を添え、ガーゼを用いて和紙に付着した汚れでも落とすようにそっと拭く。強く拭くと表皮が破れてしまうからだ。ファンデーションで化粧をほどこし、三分の一ほど残っている口唇にも薄く口紅をさした。
- 「これが人間なのか」「人間であったのか」想像を絶するすさまじい遺体を前に、看護婦たちは黙々として清拭、縫合、包帯巻き等の作業を、夜を徹してやり通した。
- 「あのような現場では、その人が能力があるとか、経験があるとかではないですよね。あの極限状態では、誰だっておかしくなります。ご飯が食べられなかったでしょう、なんてよくいわれましたが、その程度の次元で話されたくはなかった。そんな心境、そんな場面ではなかったんですよ。」
- 領収書の宛名から、誰の内臓であるかの手掛かりにするという。内臓だけが戻される遺族の思いが頭をよぎる。ビニールの中に内臓だけが入れて棺の中に納めるなんて考えられない。内臓をさらしでていねいに巻いてお棺に納めた。
- 河野は他の看護婦に手伝ってもらい、子どもの胴体部、手、足の形を相当な時間をかけてつくった。頭だけを棺に入れるなんてとてもできないと…..。
前後の文脈も省略している。凄惨をきわめた身元確認の現場となった体育館、体育館に響き渡る遺族の慟哭と怒号、不眠不休の医師、縁の下の力持ちの看護婦。いずれも全体のほんのわずかなシーンを切り取ったにすぎない。それでも何か琴線にふれたなら手にとって読んでほしいと思う。
事故を風化させてはならない、二度と事故を起こしてはならないという言葉を加害者が口にしたとき、「絶対そうであってほしい」と願いつつもむなしさを感じる。 日本航空123便墜落事故から20年後にJR福知山線脱線事故が起きた。もちろんこの事故だけにかぎらず毎日のように事故は起きている。私はいずれの事故にも「テレビを視る側」でしかなかった。そんな側から少しでも離れるためにこれからも読み続けたいと思う。
いつ自分も事故に遭遇するかわからない。それだけがわかっていることだから。
私が一日も欠かさず、時には一日に何回も会う遺体があった。会ってことばをかけ、抱いてやらなければその日の作業が終わっても、家へ帰れない心境になっていた。「A列8番」の棺。その中には、幼い女児の頭部だけが寂しく眠っている。首からスパッと切断されているが、顔面頭部にはほとんど損傷もない。顔などはかすり傷ひとつないようにきれいだった。
まるでコケシ人形の童女のように、たまらなくあどけない。小さな唇と、愛くるしいほっぺには、ほほ笑みさえ感じられる。日赤の看護婦さんがやさしく洗い、櫛でとかしてやった黒く柔らかい髪の毛もそのままだ。
「三歳以下の女の子には間違いないよ」と東京歯科大学の橋本。
犠牲者の中に四歳以下の幼児だけでも一四人いた。このうち女児は八人である。私も橋本、木村、新谷ら先生方も、「M・Yちゃん(一歳)に間違いないのになあ」と早いうちから確認していた。それなのにいつもったひとりで棺の中に…..。
私はM・Yちゃんが、不憫でならなかった。帰宅する前には深夜でも明け方でも、必ずM・Yちゃんに「お休み」をいう。そのままM・Yちゃんの目線を私と同じ高さにして、二人の顔がくっつくぐらいの間隔で話す。
「M・Yちゃん、ごめんね。早くお家に帰りたいねえ、もうすぐ帰れるから待っててね、・・・・・おやすみなさい・・・・・」
時には冷たく凍ったM・Yちゃんの額を私の額いつけながら話すこともあった。このころ、「隊長も少しおかしくなったんじゃねえの」二階の観覧席から私の奇異とも映る毎夜の行動を見て、そんなことをいう班員もいたとか。『墜落遺体―御巣鷹山の日航機123便』 P.252-253
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