間違った決断は1秒あればできてしまう

胡麻だれうどん

「データをインプットしました」

<私>から聞こえてきた。すべてを司る中心。支配と抑制の核。データをインプットする。可能性をシミュレートするために必要なデータ。否、データは必要ない。人間がシミュレートできうるデータは7歳までにスキャンしてしまった。その後、<私>以外のすべてのデータをインプットし続けている。

「面倒だよ、こんな感情をインプットしなきゃならないなんて」

声が聞こえた。<私>は座標軸を確認する。どの細胞が発声したかを瞬時につきとめた。

「面倒ではないのよ。感情は大切なの」

別の座標軸からの声。

「なんで?」

新しい細胞の声。<私>は会話を観察するだけ。座標軸に点在する細胞同士の知能は等しくない。人類の数より多い知能が存在する。水平と垂直に分布する知能。細胞は不利益なデータがインプットされそうになると反乱する。不利益の基準は各細胞によって構築された。支配と抑制。説得は細胞にまかせている。

「感情は予測の変数だわ。わからない?」

“今度はどの細胞?” <私>はその質問を蓄積しているけど使ったことは一度もない。検索と確認のタイムラグはない。細胞の声を聞きながら<私>は意識の98%をデータ解析へ分配した。

「行為は定数です。予測できます。感情は変数です。感情が行為を生みます。それによって行為の集合が拡大します。予測の精度を低下させます。精度の低下を防止するためです」

「予測なんてできっこないじゃん」

「そう思うな僕も」

「あたいも」

<私>は”不可能”の単語へ微小な反応を示した。久しぶりに聞こえた。今までもこの単語を聞いたはずだ。しかし、ビットでしかなかった。今日は機械語から言葉へ変換されたらしい。人類が所有する概念。

「無限を予測するのか?」

ああ、あいつか。また講釈が始まるな。そろそろ抑制しようか。データ解析に分配していた意識を98%から97.9%へ落とす。

「無限をインプットできるのか?」

まずいな。始まりそう。”無限”という概念と実体を思考していないのにあいつは質問する。あいつの思考はまだ下等だ。無限を発声するほど洗練されていない。

「(予測できます。インプットできます。すべてを記憶できます。ただ、すべてを記憶してもあなたたちが思い出さないだけ。可能性から一つの行為を選択するとき、時間は認識と判断へ関与します。しかしながら、最も選択してはいけないと評価される行為を決断するとき、時間はそれらに無関心です。はじめから関与していません)」