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思うほど時間は残されていない
- 2008-08-19 (Tue)
- Diary
日本人の平均寿命は、男性79歳・女性85歳らしい(平均に意味はないと思うけど)。人間はだいたい80年くらい生きるらしい。約3万日(29,200日ほど)。そのうち1/3を睡眠やぼぅっとしている時間としてまとめて過ごしたとしよう。27歳まで寝ていたことになる。今、36歳だからようやく9歳。奇跡的に平均寿命まで生きても残り2万日しか残されてない。平均寿命まで生きるなんて考えるのはムダだし、生きるわけないのでもっと少ないだろう。
違う角度から。約3万日を1/365に縮小して(1年を1日で考える)、約80日間生きたとすれば、人間の一生は3ヶ月に満たない。1月1日に生まれたら桜が咲く頃には死んでいる。この手の縮尺を考えるとき、地球誕生から現在までを一年に縮尺するカレンダーがよく用いられる。地球誕生を1月1日の0:00とすると、11月29日頃に植物や恐竜が現れ、人類が誕生するのは12月31日の23:00前後になる。近代科学は23:59ごろ。
自分の一生を換算すると1秒も生きていない。平均寿命なら0.5秒ほど。一瞬だ。3ヶ月弱の縮尺でも1時間は約10秒ほどある。一瞬ではない。1時間を10秒ほどで過ごした錯覚に襲われるような経験はあるだろうし(私の場合、”SO”と過ごしたときそう感じた)、10秒を1時間で過ごすムダもある。
時間に焦ったり、時間に後悔したりしない。ただ時間とは何かと考えているだけ。あとは自分のやりたいことがあって、残りの時間を換算したとき、何を削らなければならないのかが自ずと見えてくる。身の回りをどんどん削っていき、自分のやりたいことに注力する環境をつくっていく。まだもう少し時間がかかる。焦ってはいけない。2万日も残されていないのだから。一瞬のできごとだ。のんびりしながら急ぐとしよう。
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不安で立ちどまりかけた私を
- 2008-07-06 (Sun)
- Diary
金曜日、午前中はWordPressのデザイン制作に四苦八苦。夕方からM先生とミーティング。そのまま重ね土器。城山三郎先生が不安で立ちどまりかけたとき、先生を励ました先輩作家が二人いたという。私にとってはM先生がそれにあたる。いや、最良の師。いままで幾度となく杯を重ねていただき、その時間と空間から金言を賜った。先生の言葉はしなやかに道理を詰む。不思議な感覚。言葉のひとつひとつが凛としていて、渇いた私の身体に潤いを与える。不安で立ちどまりかけた私を、前に向くよう導いて下さった。ありがたい。
相酌一刻、そこへOさんが現れた。場所が近いこともあって、M先生にお会いする前に会っていた。本日、二度目のお目通り(笑)
M先生を起点とした私とOさん、あるいはM先生とOさんのやりとりが楽しい。特に海外経験が豊富なOさんにM先生があざやかに応対する様を目の前で堪能すると、贅沢だなぁと心中にんまり。
その日はいつもより少し多めにビールを飲んだ。場所は四条河原町。いつもならタクシーに乗って京都駅までだが、どうも身体がすんなり向かわない。よほど心地よかったのだろう。四条河原町から烏丸四条へ、そして烏丸通を京都駅へとぶらぶら歩いて帰った。金曜日の夜、いくつもの集団とすれ違う。みな笑っている。そこへひとりニコニコしながら歩いてすれ違う。怪しい奴だけど、それは自意識過剰というもの。誰も見ていない。森博嗣先生の「混ぜる」が脳裏によぎる。日本人はいっしょに遊ぶとき、「混ぜる」という。英語のミックス。液体をいっしょにするときの言葉。他方、欧米はジョイン。つながる。液体の社会の日本と固体の社会の欧米。リキッドな日本人。
西之園萌絵と同じ質問を浮かべる。「現実とは何か?」
タグ: decency, dialogue, life「現実とは何か、と考える瞬間にだけ、人間の思考に現れる幻想だ」犀川はすぐに答えた。「普段はそんなものは存在しない」 『すべてがFになる―THE PERFECT INSIDER』 P.357
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[Review]: 無所属の時間で生きる
- 2008-07-03 (Thu)
- Review
城山三郎先生は四十にさしかかるころ、仕事の上でのストレスから体重が47kgにまで落ちた。その頃、三種類の睡眠薬を飲んでも眠れなかったという。三十代半ばから筆一本。不安にかられると、「なぜ、退職したのか」との悔いが顔を出した。三十代最後の年、「耐えること、耐えること、耐えること」と、三度反復したメモ(ご本人は忘却の彼方のご様子)。会社勤めを一度も経験せずに経済モノを執筆なさった。周りには「岡目八目」と韜晦。「物事を過度に考える性格」と自己分析した先生。その三十代の風景を36歳の私は脳裏に描く。
戦後最大の財界人石坂泰三を調べていて、幾日か出張するとき、空白の一日の日程を組み込んでいることに、私は注目した。
旅先で好奇心の湧いた場所や人を訪ねるためもあるが、ただ風景の中に浸っていたり、街や浜辺を散歩したり。経団連会長や万博会長など、日本でいちばん忙しい男であるはずの時期でも、そうであった。
その空白の一日、石坂は二百とか三百とかの肩書きをふるい落とし、どこにも関係のない、どこにも属さない一人の人間として過ごした。私はそれを『もう、きみには頼まない』(毎日新聞社、のちに文春文庫)の中で、「無所属の時間」と叫び、その時間の大切さを、私なりに確認したつもりでいたのにーーーーー。『無所属の時間で生きる』 P.18
政官財界の偉人には、大病を患い入院生活を余儀なくされた時期を過ごした人がいる。無所属の時間と色合いが似ている。それら偉人や城山先生と比較する気は毛頭ない。私はといえばずいぶんとさもしい無所属の時間を手に入れた。いつまで続くかわからない。ただ自分なりに無所属の時間で生きている。 まったくなにもかも違う先生と私。ひとつだけ同じモノをすくい取れた。
もっとも無所属の身である以上、ふだんは話相手もなければ、叱られたり、励まされたりすることもないので、絶えず自分で自分を監視し、自分に檄をとばし、自分に声を掛ける他はない。
檄や掛声である以上、三度繰り返したり、また、毎年似たような文句を繰り返すことにもなる。
度し難い話だが、それが人間ということなのであろう。『無所属の時間で生きる』 P.127
度し難い話。うなづいた。絶えず自分で監視していると、過ぎてしまえば何ということもないモノに心配したり怯える。見えぬ姿に恐怖を先取りしたり。あらゆる方向から手をうたねばと思い、それがかえって己を惑わしたり。万事つつがなくは無縁。万事過ぎてしまって、のちに呵々大笑で呑めたら万々歳。それでいいと思っている。周りの草木がかわる景色を味わいつつ、自分は相変わらず自分に語りかけ、自分を叱る。
最近、中野孝次『人生を励ます言葉』(講談社現代新書)を読んで、
「何方をも捨てじと心に取り持ちては、一事も成るべからず」(『徒然草』)
といったところに、マークをつけ、また、ある青年が、
「金を稼ぐつもりのものは左手で書いて、ぼくにとって大事なものは右手で書きますよ」
と言ったのに対して、ノサックが、
「その左は同じ身体についているのです。左手が触れた堕落の毒は、右手に感染するでしょう」
と答えたという話のところにも、マークをつけた。『無所属の時間で生きる』 P.128
マークをつけて自戒の日々。「今朝酒あらば 今朝酒を楽しみ 明日憂来らば 明日憂えん」を唱え、「一日を生きる」を大切にしようともがく毎日。ほど遠い。悶々として夜を明かしてしまうときも。翌日なにも考えずに外へ。数分歩けば歴史が現れる。歴史の場所から琵琶湖を望めばゆうに千年は変わらぬ景色を再認識。そしたら胸の渇きが薄れていく。周囲の景色に身を溶かし、五感が掬い取ってくれた水で胸の渇きを満たす。ときにはファインダーに。それだけで贅沢。
先生は言う、「人生の持ち時間に大差はない。問題はいかに深く生きるか、である」と。深く生きる、ステキな言葉だ。小林秀雄先生の逸話。たしか、どなたか同じ逸話を紹介していたはず、出てこない。まぁいい。これもまた深く生きた証、と私は思う。
たとえば小林秀雄さんは、ゴルフが終わった後のパーティーなどでは、ほとんど箸を手にされなかった。
一食たりとも不本意なものは口にせぬ、という主義で、空腹のまま鎌倉へ帰り、小町通りの天ぷら屋など、ひいきの店へ行くという習わしであった。『無所属の時間で生きる』 P.107
口腹の快。楽しみを知る人が通う店がおりなす街。その街も深い。深さは一日にして成らないけど、深くありたいがため一日を生きる。どれだけ深いか自身で知るよしもない。見えるわけでもない。やがて私を往来する人が気づけば幸、気づかずば修養を積めておらぬと自分を叱咤。浅学非才の身、そんな程度だろう。
城山先生は還暦にあたってメモを残された。私にはまるで五箇条の御誓文のよう。それを肝に銘じてまた無所属の時間を生きよう。
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大阪は左、滋賀は右
- 2008-06-30 (Mon)
- Article
旅なら気にならないし、東京の人(のフリをしている人)から嘲笑されたらされたで土産のひとつもできたと喜ばしい。だけど、住むとなると話は別。
それにしても、関西弁が柄が悪い、というイメージはどこから来たのだろうか。おそらく、テレビのせいだろう。吉本の芸人はかなり無茶な突っ込みをするし、強引に笑いを取る。だが、吉本の芸人が使っている言葉をそのまましゃべっている関西人はほとんどいない。あれはいわば「吉本弁」なのだ。「吉本弁」は大阪南部の言葉がベースにはなっているが、それと全く同じではない。だいたい、ああいう下町言葉を「下品」だと言うのであれば、我々も「てやんでえ」だの「あったりめえよ」という言葉にはかなり違和感がある、と言わざるを得ないのだが。
[...]だいたい、「関西」と「大阪」の区別がついていないことも勘弁してほしいものだ。我々は、自ら「ダサイタマ」ではなく「東京」と呼ばれたがる卑屈な埼玉人ではない。京都・大阪・神戸・奈良という関西の四大文化圏は、関東における東京・横浜・千葉・埼玉よりもよほど個性が強く、言葉一つとっても一緒くたにできる要素など全くない。それとも、東京人は自分たちの身内も「ダサイタマ」などといって馬鹿にしているくらいだから、よそ者などもっと馬鹿にしても当然だとでも思っているのだろうか。
「吉本弁」とは言い得て妙。さんまさんや紳助さんが全国ネットで関西弁を話すようになって吉本芸人は免罪符を手にした。以来、関西弁をキャラ立ちさせてきた。だけど、テレビの関西弁は衒いがある。関西弁+中途半端な標準語的トーク。私の里は瓢箪山。大人たちは河内弁を使っていた。特に瓢箪山から出ない大人たちは顕著。祭りの会合なんかで飛び交う言葉は下品。なぜ下品と思えるかというと、高校の入学式でショックを受けたから。瓢箪山から近鉄奈良線に乗車して30分ほどで上本町がある。そこで下車して高校に通っていた。大阪の外れから市内へ。大人であればわずかな距離。16歳には異国の地。同じ大阪なのに発音や単語の言い回しがわずかに異なっていた。わずかな差異がかなりショック。同じ大阪人なのに違う言葉、って感じかな。で、上本町や市内に住む人たちの大阪弁はキレイだった。キレイといっても、米朝さんが話すような上方落語の美しさじゃないけど。
瓢箪山と上本町の差異に驚いた青年は大人になって滋賀県に住み、今は大阪・神戸・京都を仕事で往来している。奈良は知らない。大阪・神戸・京都、それぞれが違う。エスカレーターですら違う。大阪は左側が空く、京都は微妙、滋賀は右側が空く。いわんや言葉をや。滋賀の言葉に大阪弁のようなイントネーションはない。歌手の「ゆず」を「ゆず」と発音すれば、「ああ、すぐ大阪の人やね」とわかる(文章にしたらわかるわけねぇや)。滋賀は前者の「ゆず」、大阪は後者の「ゆず」。京都は別世界。京都の商売人と話せば、京都をチラッと垣間見られる。千年王城とはよくいったもんだと体感。大阪弁とは異なるイントネーションな言い回し。大阪弁より少しゆったりした感じ。滋賀でも地域によって違う。なつかしい響きで話す地域もある。その響きはだいたい県の中心からはずれている。かつ、世代的には年配の方がおおい。大阪、京都、滋賀、たぶん、「世代」という影響は大きいと思う。
で、ATOKも違う。神戸、大阪、京都、奈良は一発変換できるけど、滋賀県は滋賀と入力しても一発変換されず、必ず滋賀県と入力しないと一発変換されない。屈辱。
つらつらと書いてたけど、何が言いたいかというと、東京のみならず、日本が世界を眺めるとき、「フランス人はシャワーを浴びない(から不潔)」とか「欧米人は歯並びがいい」などの景色を堪能する。ハリウッドスマイルに刷り込まれ、ナポレオンの臭いフェチに感化されたり。反対もしかり。ラストサムライを観たとき、椅子から転げ落ちそうな衝撃を受けた人も少なくないはず。あれを持ってして、「もっとひどかった。我々が現場の人たちと話し合いながら改善した」なんて真田さんの口から聞くと、「改善させる前の映画のほうが映画らしくていいだろう」とツッコんだり。微妙に正確な描写はやっかいなイメージを与えかねないわけで。
旅をするとき、旅行ガイドを片手に散策すれば効率的に移動できる。それはそれで便利。否定しちゃいけない。だけど、旅行ガイドを手にしたことによって、「関西弁は柄が悪い、下品だ」「大阪は民度が低い」と握手するハメになることも自覚しておこう。旅行ガイドは私の想像力をかんたんに奪い去る。あざやかな手さばきで。見わたすかぎり私の知らない景色。そのとき、ガイドを手にしたくなる。京都へ何度も通う人がガイドなしに遊べるようになっても住人ではない。反対に京都も千年王城のあぐらをかいていれば、再び不遇の時代をむかえる(修学旅行の学生しか見かけない時期があったようにお見受けする)。
滋賀県が滋賀と入力しても一発変換されないことを羨んでもしょうがない。滋賀(クソッ、いいかげん腹立ってきたので単語登録してやる)は神戸・大阪・京都・奈良へ羨望の眼差しをおくってもしょうがないto
国粋主義と地域主義はコインの表と裏。いずれも先鋭化してしまえば滑稽な話。
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F先生と愉快な仲間たち
- 2008-06-26 (Thu)
- Diary
00:05に鶴橋を出発して01:11に大津へ到着。帰宅後、ひとっ風呂をあびる。で、ブログにむかう。なるほど、悪酔いしない方法を発見した。
- 好きな人たちと痛飲する(あたりまえか)
- 笑いっぱなしになる(これが案外むずかしい)
- 話を肴に酒を浴びて情熱をもてあます(自分で書いているけどよくわからない)
ミーティングを終え、飲みにゆく。メンバーは院長のF先生、勤務医のY先生、ヨッシー、まっちゃん、いまちゃんと私。男性二人と女性四人。私と院長先生は”とりあえずビール”。Y先生は日本酒を。 私は外で飲むとき、痛飲しても酩酊しない。自宅や里へ「帰る」となると、身体が無意識に言い聞かせ抑制しているらしい。だけど、年に数回、「帰る」ことを失念して酩酊する。今日はその日だったようだ。おまけにみんなが同じ酒を酌み交わした。こんな機会はたいへんめずらしい。きっかけはY先生が嗜んでいらっしゃった日本酒をF先生が飲み始めた。そのとき、F先生は「飲む人」と声をかけ、残りの四人が一斉に挙手した。いつもならそれぞれが好む酒を注文するはず。今日はみなが同じ酒を飲んだ。そうさせたのは何か? その何かを追い求めていくのが私の興味。
四人が一斉に挙手してから冷酒が続々と運ばれきた。お猪口6つを持って「どうぞどうぞ」と酌み交わす。お猪口だから酒がクイクイ口に運ばれる。好きな人たちと話を肴にウマイ酒を酌み交わす。酒がウマイのもさることながら、人がウマイのだ。だからどんな酒を飲もうが何を飲んでもウマイ。もはやウーロン茶でも酔うかも(んなわけねぇ)。酔わないほうがおかしい(もちろん酒で、ですよ)。だけど不思議。頭も身体も酔っぱらっているのに悪酔いしない。気分はますます高揚す。
- F先生
- 酔うと”ピー”トークに花が咲き、爆弾発言多し。ヨッシー、まっちゃん、いまちゃんへの可愛がり方がすこぶるおもしろい。理論を愛する一方、理論への傾斜をひどく嫌う。そのアンビバレントなふるまいは他者を魅了す。
- Y先生
- 自分が不安を抱いている以上に患者が不安を抱いていることに気づいたから目の前の風景が様変わりした。様変わりした風景をキャンバスに描こうとする姿が懸命でステキ。
- ヨッシー
- たぐいまれな対話力と院長先生へのスルー力を持つおそるべきDH。スポンジが水を吸い取るかのごとく感性を身にまとっていくふるまいが異彩を放つ。
- まっちゃん
- 目は口ほどにものを言うを地でいく頼もしい存在。口ほどにものを言う表情(ふつうは悪い方に働くのに)が他者を惹きつけるのは天賦の才。
- いまちゃん
- 話によって食いつき、話によって食いつかず、その食いつきポイントが他者を幻惑す。悠然と受け止めたかと思えば、華麗に右から左に受け流し、時にカップヌードルタイムぐらいテンポがずれる。おそるべき異能。
これらいずれも私の視点。すべてフィクション。そんなわけない。だけど私の目にはそう映る。そうやって錯覚しつづけても身体と頭が拒否しないから傍らにいたくなる。
No complexity, No simplicity.
複雑なくして単純なし。私の名刺に刻んだ言葉。私がいまところたどり着いた気持ちを言葉にした。単純は美しい。だけど表に映る単純は裏に想像を絶する複雑を抱えている。同じ酒を飲む6人が抱える複雑な背景。わかりようもない。わかりようもないからこそ言葉にすべくもがく。そのもがく姿を肴に酒を飲む。五臓六腑にしみわたる酒と声。今宵はぐっすり眠れる。
私はほんとうに幸せだ。
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[Review]: 日本という方法
- 2008-06-25 (Wed)
- Review
コメンテーターが「元来、日本という国は」なんて口にしたら「チープでシンプルなナラティヴ」の鋳型かもしれないと眉に唾をぬってみる。天皇制が日本史を仕切っていた歴史はなく、武士道は徳川初期や明治前期の所産とのこと。ならば、日本が単一民族国家である説にいかが答えようと問われれば、その説は『単一民族神話の起源―「日本人」の自画像の系譜』によって論破された(らしい)。なるほど日本の歴史の年表を眺めたとき、「○○時代」で区切られているだけで、縄文時代から現代まで一本道で描かれる。世界史に散見されるような国そのものが変わったり王朝の交代などない。驚くばかり。だからといって、一貫性を主張するのは早計だ。
そもそも日本の自信って何なのでしょうか。明治維新で得たもの? 徳川鎖国体制がしからしめたもの? 芭蕉のサビや近松の浄瑠璃? 武士道みたいなもの? 信長らしさ? 竜安寺の石庭? それともずっとさかのぼって藤原道長の王朝文化や聖徳太子あたりにあったもの? それなら、その自信はどういうものだったのか。説明してほしいものです。
私は、このような問答があるたびごとに、日本のよさやおもしろさというのは、必ずしも「自信」や「強さ」や「一貫性」にあるわけではないと話してきました。歴史のなかのどこかに強いナショナル・アイデンティティの軸の確率があったわけではなく、また数人の思想家や芸術家によって日本の代表するイデオロギーが確立されていたわけではないと私は思っているからです。『日本という方法―おもかげ・うつろいの文化』 P.9
いやいやそんなはずない。「一途」は確立されていないか。確かに一途ではある。同時にたいそう多様でもある。日本は「一途で多様な国」といえる。代表格は多神で多仏(ステレオタイプだけど)。天皇と将軍、関白と執権、仏教と神道、それに儒教と民俗信仰。それらがヨーロッパのように二項対立で語られない。二項同体。二極を消すように腐心した。「正」と「反」が止揚して「合」にいたる。失敗すれば二項は対立したまま残る。それはまずい。事象は根本に撞着があるからこそ次の発動をおこす原動力となる。根本撞着が新たなモノを産む。
私たちの祖先は実におもしろい。枯山水から水を抜いた。キャンバスにすべてを描き尽くす油絵と異なる日本画を編集した。水を感じたいから、墨を感じたいから「余白」を産んだ。極度に短い詩歌のスタイルをとった和歌や俳句、省略が効き過ぎた禅庭や数寄屋造りなど「静かな日本」という面影を残しているかと思うと、他方、歌舞伎や日光東照宮の装飾、派手な山車の華麗で過剰な装いなど「賑やかな日本」という顔を持つ。前者は引き算をいかし、後者は足し算をいかした。どちらが本当の日本ではなく両方とも日本だ。一見、「黒と金」や「侘びと黄金」のように対比されて説明することもあるけど、静かな日本と賑やかな日本には共通の方法が潜んでいる。主題を述語的につなげた。主語的につなげていないところがおもしろい。主語が見えにくい日本。
宗教や文化だけじゃない。東国では貫高制の金の決済、西国では石高制の銀の決済が江戸後期まで続いた。東は水田優位社会、西は畑作優位社会。道具や言葉遣いも多様だ。神主さんと禰宜さん、湯と風呂、いろりとかまど、オトトイとオトツイ。
松岡先生はそういった日本の方法を「日本の方法」ではなく「日本という方法」と表現する。
表題を『日本という方法』としました。日本が「方法の国」であってほしいと思っているからです。「日本の方法」ではなく、あくまで「方法の日本」というところが眼目です。
そんなこと、同じだろうと思ってもらっては困るのです。たとえば「映画の都市」と「都市の映画」、「仮説の作業」と「作業の仮説」はちがいますし、「数学の方法」と「方法の数学」はあきらかにちがうのです。私は、古代アジア社会から日本が自立したときすでに、東アジア的方法から日本が生まれてきたと見ているのです。第2章にその経緯に一端を詳しく書いておきました。その方法の記憶こそ母なる日本だと見ているのです。[...]
方法は主題ではありませんが、主題を包摂する数々の可能性をもっています。たとえば茶碗のもちかた、測定のしくみ、板書の書きっぷり、交渉のやりかた、刺身の切り口、摺り足の運びには、茶や料理や能の、技術や教育や外交の本質があらわれることがあるのです。いや、以前も現在も、そのようなところにこそ、日本が日本自身を編集してきた特色が静かに発露しているのだと思われます。それが私が語ってみたかった「日本という方法」です。『日本という方法―おもかげ・うつろいの文化』 P.317
「日本という方法」を語るのに縄文時代まで遡り、そして昭和日本の「日本の失敗」まで駆け抜ける。まさに日本の歴史を「編集」した。編集された日本は「絶対矛盾的自己同一」の葛藤に向きあってきたと読み取った。矛盾を排除せず受け入れ、かといって矛盾のまま残さず同一しようと試みる。だから二項対立どころか多項対立も決めこまない。多項同体。矛盾を同一しようなんてできるわけがないと「わかっている」のに漸進していく。その過程で創造されるはたらきを矛盾と同一の相互作用として感じとる。その感性が「日本という方法」の国の母じゃないかな。
『Pirates of Silicon Valley』という映画に登場する言葉。Steven Paul Jobsが好んで使う言葉。
「Good Artists copy, Great Artists steal」(優れたアーティストは模倣するだけだが、偉大な芸術家は盗む)
パブロ・ピカソの名言。この言葉の意味が本書を読むと少しだけ理解できた。
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[Review]: 安楽病棟
- 2008-06-16 (Mon)
- Review
“ケア”という響きに強さと脆さを感じる。「ケアすることで自分がケアされる」強さと「非対称の力関係」の脆さ。理学療法士(PT)の三好春樹さんは、「「介護」現場の目標は「臨床」ではなく「離床」にあるのだ」という(『共生から』P.76)。離床の意味は文字どおりかな。安楽病棟の人たちに離床はもらされたりするんだろうか。ケアを囲む離床の有無。私は「介護」を知らない。介護とケアの関係も知らない。安楽病棟にいる看護師はケアと口にする。介護という集合に含まれる要素のケアなのか、はたまた二つの独立集合が交わっているのか。読みながらつらつら思う。
タグ: dialogue, health, issue, life, medical, philosophy, republic, Review一期一会、お招きした客人。主任さんが言ったその言葉は今でも耳に残っています。考えてみれば実にその通りです。旅先で人と巡り会ったり、あるいは仕事上で人と出会ったりするのと同じように、わたしたちは病棟で患者さんと出会うのです。まさしく一期一会に他なりません。それも頭ごなしに扱う患者さんではなく、招待する客人として接するのです。患者と思ってしまうと、もうそれ以上の何者でもない単色の人間になってしまいます。人であれば、色でたとえるなら赤黄青黒白という風に、ありとあらゆる色合いがあってしかるべきです。『安楽病棟』 P.460
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36歳になって数ヶ月
- 2008-04-07 (Mon)
- Diary
あと数ヶ月で35歳を読んで常住坐臥や運否天賦が頭によぎる。座って半畳、寝て一畳というか。私は2月に36歳になった。30歳すぎての5年間は同じくあっという間だった。仕事上の成長をまったく実感していない。「人並み以下の技術」で独立している。給料は結構上がるどころかいつでも廃業できる水準。というか、確定申告書を受け取った税務署員は「どうやってメシを喰っているのか調査しよう」と疑うだろう。「36歳のフリーター」のほうが得策かもしれない。(考えたこともないけど)この先、そうとう問題ありだなぁと薄々感じている。
タグ: cognition, decency, dialogue, egoism, life, philosophy月並みな感想だが30過ぎてからの5年間は本当にあっという間であったな。
この5年間で仕事上の成長は殆ど実感できず。給料は結構上がったけど。
今の仕事を続けることに疑問を持ち初めて数年になるけど未だに結論はでないまま。
仕事を辞めたからといって人並み以下の技術力の自分に別の選択肢など思い浮かばない。
転職するにも35を過ぎると求人は激減する。選択肢が減って良いことかもしれないな。
このまま、あと25年間今の会社でなんとなく流されていても
自分ひとりで食って行くぐらいのことは余裕でできそうだし。
via: あと数ヶ月で35歳
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[Review]: ひとりでは生きられないのも芸のうち
- 2008-03-17 (Mon)
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少し前、書店へ足を運ぶと、「ひとり」が目についた。『おひとりさまの老後』が平積みされ、となりに『老後がこわい』が置いてあったり。あと、『恐くないシングルの老後』とか。筆者は「何を書いているのか」よりも「誰が書いたのか」で論評されやすい人たち。先日、ブラウン管は「ひとりで暮らす老人」の特集を流していた。「高級」マンション、「なんでも」サービス、「ひとり」の仲間たち、三つがそろった居心地のよい空間らしい。その空間に住んでいるひとりの老女がインタビューに答えていた。
「家族と一緒に住んでいても、老人は別の部屋をあてがわれ、そこで食事をして一日すごす。そっちのほうがよほどさびいしい」みたいなことを言っていた。ブラウン管はおおむね好意的に受け止めていて、「あなたも将来こんな暮らし方をしてみては?」と言外にこめているように受け止めた。
「現行の社会秩序を円滑に機能させ、批判を受け止めてこれを改善することが自分の本務である」と考えている人たちをどのように一定数確保するか、私がこの本を通じて達成しようとしている政治的目標はそういうことです。
辛辣。内田樹先生が掲げる「一定数」は五人に一人。その一人が「まっとうな大人」であればあとは「子ども」でもなんとか動かせるように私たちの社会は設計されているという。五人に三人が子どもなら動かせないようなシステムは制度設計自体にエラーがあると。
パレートの法則みたいとほくそ笑みつつ、考える。「まっとうな大人」は「ひとりで生きられない芸」を身につけている。背理法の導出。
ひとりでは生きられないのも芸のうちとは、「ひとりでは生きられない」からこそコミュニケーション能力の開発に自分のリソースを注ぐ。それは他者との共生。
冒頭の「ひとり」本も「ひとり」老人も私にはわからない。老後はもとより先のことを私は考えない。だからタイトルでもうお腹がいっぱいになるし、ひとり老人の言葉は「赤信号みんなで渡ればこわくない」を「誰と」とわたるかに置き換えたように聞こえる。ひねくれているなぁと自戒。
関係とひとり
私にはパートナーがいるので「ひとり」ではない。でも、やっぱり私のなかは「ひとり」だと思う。ただ、一人で生活しているのと違う点は、同じ空間と時間に「誰か」がいるという事実。そこに「関係」が生じる。空間に誰もいなければ関係は生じない。その状態を寂しいと判断する否かは、他人ではない。その人自身。「関係」のなかに「ひとり」を置いたとき、そこにまた「関係」が生まれる。その関係のなかには「ひとり」の私もいれば、パートナーとすごす私もいるし、パートナー自身もいる。そうやって、「関係」のなかに身を置いたとき、あらためて、「ああ、ひとりなんだなぁ」と「関係」が教えてくれる。
ふと、思う。(無茶なたとえだけど)外の世界との関係を断ち切り、毎日同じ場所で一日食事をしてすごす。それを一ヶ月ほど経験したら、その状態を「ひとり」というのだろうかと。誰もいない、0か1の世界。ひょっとするとデジタルな世界なの?って妄想したり。でも、0と1でどうやって「関係」を生むのか想像できない。屁理屈だけど、「ひとり」は生まれたときからもつ「属性」みたいなものだろうと思う。「ひとり」以外が存在しているから「ひとり」という属性をもつ。「生まれてから死ぬまで」ひとり。だから「一人で生きろ」とじゃない。あっ、べつに生きてもいいわけで。
どうして「家族」との関係は拒絶できて、「ひとり」同士の関係は受け入れられるのか? これがわからないので冒頭の「ひとり」本と「ひとり」老人に興味を抱く。
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[Review]: キッチン
- 2008-02-05 (Tue)
- Review
「自分は実はひとり」って感じた瞬間、目の前の景色の輝度とコントラストが高くなって、色彩があざやかになったかな。アンニュイの質もポジティブに。ときにネガティブも。ゆらゆら。時間はスローに空間は無に近づいて。「ひとり」ってフィジカルじゃなくてメンタル。そんな日常を掬いとっているのは私だけと思わない。でも、「自分は実はひとり」と感じた瞬間、ぜんぶわからなくなった。コミットメントとインディファレンスを往来しているような。
“私、桜井みかげ“は文字どおり「ひとり」。どんな感じかな。
タグ: cognition, dialogue, drama, life, narrative, philosophy, plot, Review, think彼女たちは幸せに生きている。どんなに学んでもその幸せの域を出ないように教育されている。たぶん、あたたかな両親に。そして本当に楽しいことを、知りはしない。どちらがいいのかなんて、人は選べない。その人はその人を生きるようにできている。幸福とは、自分が実はひとりだということを、なるべく感じなくていい人生だ。私も、そういうのいいな、と思う。『キッチン』 P.82
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