2012.08.18 大雨洪水警報
今朝は SoulHead - YOU CAN DO THAT でスタート。アルバムを2枚持っている。アップテンポに身体をフラフラさせていたらうっかり歌詞を聞き漏らしてしまうので注意。しっとりしたぐっとくる歌詞が好き。
親戚筋の所用で石川県で一泊。初老の自分にはなじみやすい風景がひろがる。年を重ねて身体の融通は利かなくなるが、気持ちは若くなりたがり人工物の少ない景色へ引き寄せられる。
同じ初老の親戚が早朝からゴルフに出発し、午後から「預金講」 へ出かけるという。前日は九つ半頃までホテルのカラオケにいたらしいので同い年のパワーに舌を巻いた。
預金講の話を聞き、いまだにそんな互助組織が機能していることにびっくりした。かつてほどではないという。たしかに親父さんが初老をむかえたときの話と比較したらずいぶんこじんまりとしているが、それでもいまの東京や大阪の人が聞いたら、まっさきに「お金」がと絶句しそうだ。「お金」だ。「交換」や「互助」の価値は「お金」で勘定され、「お金」自身の価値が上回りつつある。価値をお金で勘定しはじめて形態の規模は縮小されやがておとろえくずれていくだろう。
60数年、平等を求めて全国各地を土木してきた。何処に行ってもアスファルトで舗装され、電信柱から電線がはりめぐらされ、コンビニがあり、大型店舗とチェーン店の外食店がある。世界の街を知らないので決めつけてはいけないが、日本のようなインフラを持つ国は少数だろうなぁと思う。
どこに言っても同じ景色だ。一見、街並みが揃った古風な風景は「人が手を加えた」復元の構図であり、不便と危険を知りながら受け継ぎ保って守っている空間とは異なる。
大手資本が参入している大きな旅館は地域の雇用に貢献している。建物やサービス、食事のどれもが平等でかたよらずえこひきがない。ひょっとしたら、このまま自分の身体を数百キロメートル離れた日本海へ瞬間移動させたら、同じようなコンテンツを体感できる錯覚に襲われる。
車から見える空き家や空き地、手入れの行き届いた古民家と手入れされていない古家の差異。その風景を眺めながら、「もっとも小さい単位の旅館」がこれから受け入れられるだろうなぁと思った。空き家や古民家を再生か復元し、家族やグループに貸し出す。
いま公共空間が削減され公共の中にもプライベートな空間がつくられはじめていると思う。そんな生活に慣れた人々は「もっとも小さい単位の旅館」へのニーズがあるんじゃないかしら。
別荘やコンドミニアムを持つほどでもないし、定宿を利用するわけでもない。でも、旅行へ行ったときにはなるべく他の旅行者と接触しないですむ空間でプライベートを楽しみたい、そんな欲求。
時に何も手をつけられていない空間、ただじっとこらえて不便を受け入れて危険と共存してきた空間、そんな空間が人を引き寄せることもある。
過去と現代の落差に目を奪われる。落差は時の濾過の跡。