2013.01.04 曇時々雪
http://www.youtube.com/watch?v=2jXQd7JWQM8
今朝は androp - End roll でスタート。“でもあなたを照らす光にただ光に光になりたい” が淡い願いであり、願わくば、つつがなくつながって続けば僥倖だ。それほどの贅沢はない。
少し先の未来がやってきた。「手帳に書かれた予定は未来ではない」と誰かが言った。たしか誰かだった。僕ではない、ことは確か。それにふれたとき妙になっとくした。フリーランスになったとき、手帳が真っ白になった。強烈な不安が身体を縛り付けた。「予定」という未来がない日々。
でも、いつしか「予定がないこと」があたりまえになって、あたりまえからから望む風景をゆっくりアーカイブしていく身体は、不安より安堵につつまれた。安堵につつまれた身体は理解した。「空白」はとても贅沢なことだ、と。
少し先の未来、たぶんやってくると期待していた未来。iCalに登録されているからホントは予定だ。今日ばかりは予定を待ち続けた。心待ちがぴったり。ドキドキしてソワソワして。何を話そう、何を着ようなんて仕草はなく、ただただドキドキとワクワクが交互に感情のボタンを押し続ける。
「嫌なことは長く感じるけれど楽しいことはあっという間だろ」って相対性理論を説明するセリフを何かの映画で聴いた。確かにセリフだった。僕ではない、ことは確かだし、こんなクールな説明は思いつくわけない。
あっという間だった。少し先の未来はあっという間に少しだけ過ぎ去った過去になり、未来から過去へ時空が駆け抜けていく様を味わった。今日ほど腕時計をしない習慣に感謝したことはない。携帯の時計を確認したときの驚き。体内時計を見事に狂わせたユニークな存在。
次はほんとに未来だ。予定ではない。いつ訪れるかわからない空白が僕の目の前にあり、iCal の更新は決まらない。予定は未来へ姿形を変え、さらに空白のなかに溶け込み見えなくする。
それでよい。でもやっぱり言葉だけでもとキモチはキータッチして、獅子座流星群を見られるような願いを送信したら、未来と予定の中間を彷徨えそうなポップライフテキストを夜に受信した。そのテキストを読んだワタシのスマイルはトールからグランデへ、いや、ベンティへ。
何が起こるかわからない、きまったカタチなんてない、アトとサキを切り離さないけれど、イマとココしかない不安を楽しめる精神が自己のなかで涵養されつつある私を実感できる。
さぁ、これで僕はいつ自分の end roll を迎えてもワクワクできる。大丈夫。不安と快楽を抱えて舞台を演じ続ける。