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不断

2011.02.19 晴れ

二十四節気の第二、雨水。するどい感覚を持っていたら寒さがほんの少し和らいでいることに気づくかもしれない。言葉が先か、感覚が先か。ナンセンスな質問でも誰かにぶつけたくなる。「二十四節気の雨水らしく…..」という言葉を聞いたから僕の身体は春をほんのり感じている。第四候、土脉潤起。しっとりした雨は冬の間に冷たくなって締まっていた土を潤す。

午前中、M先生のPRを練る。難しい。トリヴィアとコンセプトをリンクさせる。コンテンツを見た人は情報を見て喜ぶ。喜ぶだけではダメ。喜びから気づきを生む。気づきから焦りや心懸かりを誘い起こして動いてもらう。喜び、気づき、動く、という一連の流れを文章と数字と図で表現する。前提は信頼を売らない。信頼は訪れてから醸成される動的な様態であって、静的な交換可能品じゃない。正確な情報を地道に表現してブランドイメージを訴求する。

13:00すぎに三宮へ。15:00からO先生と打ち合わせ。ウェブサイトの更新とリスティング広告について。今回のリニューアルについて同業者の評価を伺った。大学の教授や大病院の先生方の好意的な評価を伺えて素直に嬉しい。だが、感情と数字の結果は別だから僕はやるべきことをやって数字を計上していかなければならない。とにかく来院してもらうこと。そのためのだけのサイトを制作する。

関西の歯科医院がサイトを運営して、サイトのアクセスがトップクラスであったとしよう。アクセスの内訳を調べると、75%が東日本からだったらどう評価する? 僕の基準では価値のないサイトだ。先生が満足しても僕は同意しない。アクセスアップのサービスは「そういうこと」を含んで検索ヒットを狙っている(すべてのサービスがそうではない)。目標は検索順位のアップで目的はアクセス数の増加だから正しい。

武富士元会長の長男に対する巨額追徴訴訟の最高裁判決が確定した。微税現場は衝撃を受けているだろう。その衝撃は甚大だと思う。

「相続」と耳にしたら今回のような「巨額な税金」や「税」を思い浮かべる。「相続」と「相続税」は違う。たとえば相続税の課税割合は平成20年分で4.2%。死亡者数1,142,407人に対して課税件数は48,016件。この数字からして大半の人が「相続税とは無縁」と言っても差し支えない。

でも、「相続」は納税じゃない。相続とは「“コト”を引き継ぐ」現象だと僕は勝手に定義している。“コト”の中には儀式や儀礼、縁があり、「物質」が含まれる。そして、今、物質を分けようとするから「相続」が「争続」へ変容しはじめた。

“コト”を引き継ぐにあたって、縁や儀式よりも物質へ関心が向けられる。たとえば平均的な家族構成の相続を考える。両親と子供二人の四人家族、持ち家が一軒。両親が亡くなった時、“コト”を引き継ぐ現象が発生する。どうしよう? 持ち家一軒を分けるにあたって「争い」が起きる。ありえない話で笑えかもね。でも「ある」話。欲深いわけじゃない。「そういうもの」なんだよね。

昨今なら認知症が要素に加えられる。相続を話し合う時、関係者の「内側」の感情と論理で解決できる場合と第三者が関与して解決される場合がある。たとえば、僕の父親が亡くなった後、もし母親に認知症が発症したと想像する。その時、母親の自宅を第三者へ売却して僕と同居しようとしても、すぐに売却できなくなる可能性がある。詳しく書いて間違っていたらいけないのでコトをボカして書いている。

抽象化すれば、「内側」から「外側」へ「物を動かす」時、そこには「法律」があって、その内容によっては、「内側の感情と論理」だけで「即座」に解決できないことがあるよって話なんだ。

「時間」の中には、「感情」を話し合う時間と「手続き」という実務を遂行する時間が含まれる。しばしば前者が優先される。間違えていないと思うし、良い悪いで判定される事象じゃない。ただ、「手続き」という実務を遂行する時間を優先しなければならない事態もあって、「内側」にいるとそういった判断がすんなりできない。判断する人が当事者だし、事態が複雑に絡み合っているから。

「相続」という事態を「税金」だけに焦点を当てるのじゃなく、“コト”を引き継ぐ、という現象に置き換えてみる。その”コト“っていったい何なんだって自分の頭でひとつひとつゆっくり思い巡らして考えみると、気づかなかった事柄や気づいていても避けていた思惑とかが浮かび上がってくる。

姉と弟。姉は結婚して弟は未婚。父は他界。残されたのは母。やがて弟が結婚して実家で母と同居するという。母が他界した。その時、“コト”を引き継げなかった、あるいは引き継がなかった、ひょっとして“コト”を引き継ぐ現象から少し距離を置いていた姉には帰る「場所」がなくなった。もちろん夫との「場所」がある。それで充分かもしれない。でも両親がいた「場所」はもうかつての「場所」ではなくなる。僕はこのフィクションを書きながら姉の複雑な気持を慮る。

「時間」と「場所」を引き継げるだろうか? 「時間」と「場所」と向き合えるだろうか?

「相続」という単語をたたき壊して自分で言葉をほぐせばいくつものフィクションが頭に浮かぶ。

“コト”を引き継ぐ。