「どこへ行く?」って聞いてくるのかなって思ったら、何も言わずにいきなりアクセルオン。サングラスで見えなかったけど、いたずらっぽく笑っているような気がした。
琵琶湖が一望できるイタリアレストランでブランチしながら、お互い一生懸命おしゃべりした。音楽、映画、恋愛、ふだんの生活を次から次へととっかえひっかえ。なんてことナイ話を。なのに、今まで誰とも話したことがなかったような感覚が、とても新鮮だった。
なんだろ。センテンスのさばきかた?言葉の感性?それともあなたの声の温度?
少し苦めのホットコーヒーと深く濃い紅色のアップルティー。子供みたいにフウフウすると、あなたも無邪気にまねをした。いつものふるまいと違うその仕草に、思わず吹き出してしまった。
それから琵琶湖をひとしきり眺めたあと、『もう行こうよ』っていう目が、おもむろにアンティークチェアーから二人を立たせた。
今度こそ「どこへ行く?」って尋ねてくるかなって期待しながら助手席に乗り込むと、何も言わずにエンジンをかけ、勢いよくガレージから飛び出した。
そして、一つめの信号が赤になったとき、「初めての場所だけど」って一言だけつぶやいた。「いいよ」って答えた僕は、もう一度シートに身を沈めなおした。
左右に広がる田園風景。誰も聞かれていないのを尻目に、『Garden』を絶叫する二人。対向車線の車の人たちは、どんな顔をしていたんだろう。だって、向こうからやってくる車の中の二人は、前を見ずにお互いの顔を見ているんだから。あぶなっかしいにもほどがあるよって。
どれぐらい走ったのだろうか。土地勘がない僕には皆目見当がつかなかった。そして、車から降りて少し歩いたところに「初めての場所」があった。
それは、森の中に流れる小川だった。静寂しかない世界。聞こえてくるのはせせらぎの音、自然が奏でる和音。光と影がおりなす明と暗のコントラストが、森をはかない華やかさに彩っていった。
初めての場所で何を喋ればいいのかって思っていた僕の杞憂は、一瞬で消えてしまった。何も話さなくてよかった。何も聞く必要はなかった。ただ、眺めているだけで。
二人は、ゆったりと寝そべられる大きな岩にしゃがんで、やがて森の中に溶けこみはじめた。自分たちの声が静寂をやぶらないようにと祈って。
川の流れをみつめ、森の木々をみつめ、あなたの後ろ姿を見つめた。それをただひたすらくり返し、感謝した。初めての経験に。
どれぐらいの時間をすごしたのだろう。気がつくと、明と暗のコントラストが、闇に包まれようとしていた。そのとき、少し離れたところで立っていたあなたは、僕の方へふりかえった。またあの目だ。
『じゃぁ、行こうか』
昼間と違い、行きたくない寂しさと行かなくちゃいけない力強さのなかに、何かを待っていたような訴えかける瞳だった。
今度は薄暗くてはっきり見えなかったけど、心から笑っている、初めての笑顔だったような気がした。