2012.05.24 晴れ
今朝は Fun. - SOME NIGHTS でスタート。ボーカルの声と曲のリズムがクイーンとかぶって聞こえてくる。思い込みというか、先入観って手強いな。何かを聞いたら何に似ているかやどんなパターンかを詮索してしまっている。せっかくのステキなナンバが台なし。もっと素直に聞かないとね。
終日横臥と起立をくり返す。ストレッチ。身近な事象をなるべく考えない。不安と向き合わなければならないけれど、不安をリストしてカタログにしない。抽象的事象や死生学の概要を読んだ死の輪郭について映像を脳裏に描く。
夕方、メールを受信する。簡潔なテキスト。思い巡らす。巡らしても思いつくわけでもない。思い巡らせる我を認知して悦に入る自己満足である。自己認識してもやめない。巡らせなければならない大切なメールだから。テキストの行間を歩き回る。彷徨う。
どうした? をこらえる。どうした? を発するのはたやすい。昔の僕は根掘り葉掘り聞いた。聞けば相手は満足してくれると思っていた。そんなスタイルがフェイクだと感じはじめた。傾聴が相手を満足させるのでない。自分が陶酔しているにすぎない。ただ聞くのとしゃべるように聞くのは違う。しゃべるように聞いている人を目の当たりにして感動した。
僕もしゃべるように聞きたい。そのための試行錯誤。
もちろん、接点のある人すべてに対してしゃべるように聞くつもりはない。近ごろ思う、「フィジカルに存在している無存在」は僕へ影響を与えない。最小限のコミットメントを提供する。そういう人と仮に接点があったら単語を入力する。そして自分がその場でひらめいた言葉を出力する。
思い続けられる人からしゃべるように聞きたい。続けられるか途絶えるかの選択。価値基準が選択を決定する。自分だけの価値基準。それは特権であり傲慢だろう。特権と傲慢が選択する生の充実を体感するために日常が過ぎていくんだろうな。