来来数字の魔力

皇子山公園の梅

03/20、お客さまと会う。開口一番、「最近の歯科医院のホームページは酷いですね」とおっしゃった。そのとおり。先生の言葉を拝借すると、「めちゃくちゃ」であり、「とんでもない」のである。まさに何が「ほんとう」か。数字は信用の代名詞になった。

歯科医院のウェブサイトを制作するようになって、歯科の写真を拝見する機会は増えた。その上、解説までしてくださる。今の歯科医院のホームページに掲載されている写真を閲覧するとき、その蓄積された表面的な見方は、役に立っている。あくまで表面だ。僕は自分の判断を客観的に吟味できないので、いい加減な主観にすぎない。それも承知。

で、見る。ひどい。で、読む。酷い。

久しぶりに先生とお会いすると、Carl Zeissの文字。世界最高峰のレンズ会社だ、と僕は独断している。Carl Zeissで撮影すると、素人の僕でも上達したと莫迦になる。先生の医院に置いてあったCarl Zeissはもちろんカメラのレンズじゃない。桁が違う機械。

それを50インチ超のモニターへ映し出し、手術や歯内療法の様子を解説してくださる。何がめちゃくちゃで、何がとんでもないか、素人が理解できる。わかるまで到達しないけど、「違い」を認識できる。

こう書けば、歯科医師以外の人は、「やっぱり機械か」と読むかもしれない。そうだとしたら僕の伝え方が拙い。機械じゃない。日本以外でも活躍される先生が、自分の治療を実現するために必要不可欠な手段を獲得したにすぎない。テクネーが道具を探し始める。

僕がCarl Zeissのレンズを装着して上手になったと錯覚する。そんなホームページが氾濫している。写真を撮影したにすぎないのに、「できた」と書く。そして、僕は撮影した枚数を数え、たとえそれらがピンぼけであっても「本数」と「症例数」にカウントする。「今まで一眼レフで1万枚撮影しました」と自慢する。毎日何枚撮って、年間撮影枚数に満足。

何が酷くて何がめちゃくちゃかをうまく書けない。虎の尾を踏みたくない気持ちと自分の表面的な見方に自信がないから。かなりボカして書いている。

ホームページを閲覧する人は、「何本」「何症例」「なんぼ」を探し、「ホームページがこぎれいかどうか」で判断する。

数字は魅力、数字は魔力、数字は活力、数字は無力。数字は嘘をつかない、数字を書く人間が嘘をつく。