終身刑は判決じゃなく刑の運用では?

政治家は機会をうかがっている。裁判所も同じかなと穿ったり。光市母子殺害事件の上告審で主任弁護を担当した安田好弘氏に罰金50万円(求刑懲役2年)の逆転有罪を言い渡した(参照:NIKKEI NET: 安田弁護士に逆転有罪で罰金刑・東京高裁)。4月23日。光市母子殺害事件の差し戻し控訴審判決の次の日。逆転有罪かつ異例の罰金刑。そして今度は「終身刑」が出てきた。首をかしげる。

現行法では、死刑に次ぐ重い刑は無期懲役。しかし、法務省によると、平均25年程度で仮釈放されており、死刑より軽く無期懲役よりは重い刑として、終身刑の創設を求める声が少なくなかった。

平沢議員は議連の意義について「死刑廃止論とは相いれないが、終身刑の創設の部分では一致している。平行線の存廃論議と切り離し、裁判員制度で市民が悩むことになる前に解決しなければいけない」と強調する。参加予定者の中には、山口県光市で起きた母子殺害事件の死刑判決をめぐり、「終身刑の必要性を考えるきっかけになった」と話す議員もいるという。

via: asahi.com:死刑賛成派も反対派も「終身刑を」 超党派で議連発足へ – 政治

私のような市井の徒がいずれ司法に参加しなければならない。今の私は罰金を支払うつもりだけど。法律をまったく知らない。にもかかわらず、ちょっと本を調べれば、終身刑は「判決」ではなく「刑の運用」の問題を含むと理解できる。たとえば、現在でも「非転向」の政治犯は仮釈放を与えられにくい。日本赤軍がらみとか。なのに政治家は「判決」の問題として俎上に載せようとしている。政治家と司法は判決と刑の運用の峻別を丁寧に説明すること、それが求められているのでは?

以前、芸人やタレントがコメンテーターをしているテレビ番組で「終身刑にしたらええやん」みたいなコメントをしていた。感情を顕に正しいことを主張していると言わんばかりの顔で。そのコメントに対して、八代英輝氏が「判決と刑の運用の問題」をわかりやすく解説した。コメンテーターは沈黙。

元刑務官が明かす死刑のすべての著者は次のように書いている。

二〇〇三年一月、超党派の国会議員による終身刑の導入と死刑執行停止の法案上程の動きがあった。

裁判のいい加減さ、刑務所の実情、長期受刑者の処遇、死刑囚、それらを知らない学者、弁護士、人権活動をしている人たち、国会議員…..こうした人々に「終身刑」などという無責任なことは絶対に言って欲しくない。

確かに凶悪事件を繰り返す恐れのある受刑者もいるし、被害者感情からしてみれば許せない受刑者もいる。私は、無期懲役という刑の運用によって終身刑の役割は十分に果たせると思っている。仮釈放を許可する事由を、今以上に具体的に定め、厳格に運用するのである。現在も無期懲役囚が必ず二十年前後で社会に帰されているかというとそうではない。四十数年獄中にいる無期懲役囚もいるし、毎年百人以上の高齢受刑者が獄中で病死している。既に事実上、終身刑と同じ機能を、無期刑は持っているのである。『元刑務官が明かす死刑のすべて』 P.246

筆者によると、終身刑を導入したらどうなるか?

  1. 今の裁判官たちは終身刑を濫発
  2. 日本の刑務所人口は10〜20万人にふくれあがる
  3. 7万人でパンク状態の刑務所がさらなる刑務所の建設へ

では、刑務所の新設費用と維持予算はいくらになるか?

  1. 刑務所建設費: 100億円で1千人収容の刑務所が一つ建つ
  2. 毎年必要な収容費: 1人当たり年間60万円だから1000人で6億円
  3. 毎年必要な人件費: しょくいんは300人、平均年俸を低めに600万円と見積もっても18億円

『元刑務官が明かす死刑のすべて』は、「これだけの金を使うのなら発想を転換し、将来を見据えて日本をよくするために使えばよい」と断じる。もちろん金で解決できないことも多いだろう。

終身刑を無期懲役の運用でコントロールする。では死刑は。本書のあとがきで引用されたある論文を孫引き。

死刑制度は人類と獣類とを区別するレフリー、分岐点として存在するものとの認識にあり、たとえ千年、万年凶悪犯罪が起こらぬとも、人類自身の戒めとして、錘しとして、法として掲げつづけて置くことが、人類の叡知であり、見識であり、人間の尊厳と考えるからに他ならない。

[…]人類はいまだ神のごとく円熟し、適切な自己制禦(セルフコントロール)に到達していないという認識にあるからである

死刑制度は人類にのみ課せられた、人間の自律性を問う永遠の課題なのである。『元刑務官が明かす死刑のすべて』 P.274

法は存在すること、適用せずとも厳然とあることに意味がある。この理論に感銘をうけ、「死刑制度は存続させ、処刑に反対」という結論に至った。私はまだそこまで至っていない。いまだわからない。ただ、冒頭の事件の遺族である本村さんのメッセージを受けて、死刑制度の集合に入ろうとするのは、一市井人として想像力が欠如しているしおこがましいのではと疑いはじめた。そのメッセージ。

「これで終わるのではなく、どうすれば加害者も被害者も出ない平和で安全な社会を作れるのかということを考える契機になれば」

報道は「死刑制度」に焦点をあてている。だけど、本村さんのメッセージを吟味しているメディアは少ないように思う。

参考記事: 「死刑廃止して終身刑を導入せよ」 – OhmyNews:オーマイニュース