[Reivew]: 無限論の教室

無限論の教室 (講談社現代新書)

「我思うゆえに我あり」と考えた人は「無限」をどう解釈したのだろうと立ち止まり、それから「無限とは何を表現しているのだろう」と泥沼にはまりかけたので手をとった。「やっぱり、”無限”を考える資格のある人とそうでない人に峻別されるな」と得心。私は後者。だって、そもそも「無限とは何を表現しているのだろう」という問いが問いですらなく、そこから解へ導く「仕方」を身にまとえていない。これでは堂々巡り。

舞台は大学。もっとも人気のない無限論の講義を受講する男女の学生。教室にはその二人しかおらず、そこから話が始まる。登場人物は3人。先生と男女の学生。「無限とは何か?」を小説のようにすすめていく。

「無限は数でも量でもない」

と言われたときびっくりした。数学も哲学も無知な私には、数学が証明する「無限」も哲学が論考する「無限」もどちらも到底理解できない。以下の目次、各タイトルだけで「クラクラする」人もいれば「よだれがでそうな」人も。私は、第七・八週あたりがきつかった。まったくわからなかった。

  • 第一週 学生が二人しかいなかったこと・教室変更
  • 第二週 気まずい時間・アキレスと亀・自然数は数えつくせない
  • 第三週 チョコレートケーキ・パラドクスへの解答・可能無限と実無限
  • 第四週 全体と部分・キリンとカバ・次元の崩壊
  • 第五週 実数・独身製作器としての対角線論法・喫茶店のネコ進法講義
  • 第六週 実数とは何か・ピタゴラスと豆大福・余興
  • 第七週 マジタ・ベキ集合と概念実在論・羊羹の思い出
  • 第八週 一般対角線論法・無限の無限系列・カントールのパラドクス
  • 第九週 土手の散歩・ラッセルのパラドクス・嘘つき・自己意識の幻想
  • 第一〇週 直観主義・パラドクス断罪・虚構と排中律・ブラウアーの手段
  • 第一一週 暑い部屋・形式主義はいかにして排中律を取り戻そうとしたか
  • 第一二週 ゲーデルの不完全性定理・G・インドのとら狩り

「自然数は定義上数え尽くせないものである」と言われたらどう反応します?

「線分が無限個の点の集まりでできている」と答えたら、「それ、すばらしく愚劣な答えです」とユーモアたっぷりに返答されたり、「自然数と偶数はどちらが多くあると思いますか」と質問される。息つく間もなく、「多く」ではなく、集合には「濃度」の概念が存在する。

濃度って一体何だ(数学に濃度って…..)?!

こんな感じで読み手を引っ張っていってくれる。部分集合・全体集合からやがてラッセル集合へと進み、自己言及のパラドクスが織り交ぜられ、やがて終章、ゲーデルの不完全性定理へと到達。

いやはや、二千年以上前から地層のように重なってきた叡智がしたためられている。可能無限と実無限を最初に区別したのはアリストテレスのようで、人はひょんなことから「考える」を身にまとった瞬間から「神様のチェス」を横から覗く運命にあったのかと感じた。

いや、まったくわからない本もすがすがしい。でも一つだけわかったことは、いくつになっても勉強しつづける気力を失いたくないし、現に勉強できる環境へ感謝。