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道を造る
- 2008-10-27 (Mon)
- Diary
「貴方は、言葉を駆使して、自分の歩いてきた道の舗装をされているだけよ」紅子は保呂草を真っ直ぐに見据えて言う。「貴方は、後ろ向きに掃除をしているだけ」
人間は言葉を駆使する。一本造りのように「形」を削り出す人や寄木造りのように「形」を造り出す人がいる。自己評価すれば、昔は、寄木造りでオリジナルを模倣していた。始末の悪いことに、寄木、それ自体すら自分で作ろうとせず、探し回って拾ってきた。いわば偽造品。躰を動かし木を削っていなかった。今も変わらない。だけど、少しでいいから一木造りのように削り出したいと、自分の歩いてきた道の舗装を止めた。後ろ向きに掃除をしなくなった。
ようやく削り方を理解できた。ほんの少し、ごくわずか。その理解も錯覚だろう。
シナプスのように接合されている今、ブラウザの窓に単語を入力すれば簡単にアスファルトが用意されている。アスファルトの上を一瞬で走り抜ける。自分が走ったように振る舞うことも可能だ。門外漢の事象ですら書ける。メールマガジンやブロゴスフィアの中にいる人からアスファルトを拝借して、それを自分の道に舗装し直せば立派な道路になる。その気になれば高速道路も造り出せるだろう。
一木造りや寄木造り、どちらであっても「形」を表さなければならない。「形」を表せない自分に気づき愕然とする。道具を持っていないからだ。万が一、形を想像できて、道具を持っていたとしても、伝えられない。
伝えられるほどの駆使できる言葉を僕は知らない。それでも言葉にして伝えなければならない。どれだけ莫迦と思われても。
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最近、桜の木を見たことがあるか?
- 2008-10-23 (Thu)
- Diary
「最近、桜の木を見たことがあるか?」
「いいえ」
「そうなんだよな、花が散った桜は世間からお払い箱なんだよ。せいぜい、葉っぱが若い五月くらいまでかな、見てもらえるのは。だがそのあとも桜は生きている。今も濃い緑の葉を茂らせている。そして、あともう少しすると紅葉だ」
「紅葉?」
『葉桜の季節に君を想うということ』 P.466
目に映っていない、あるいは見逃している。否、見えていない。見ようとしない。紅葉は美しい赤と黄で彩られる景色だ、という先入観。美が意識を誘惑し、沈んだ色を意識から奇麗に手際よく取りのぞく。意識は取りのぞかれたことを知覚しない。麻酔で微睡む間に脳を掬い取られたかのよう。遠くに望む美しい紅葉へ躰を近づける。一歩一歩。手に触れられるほど。一枚一枚の葉は、じっと見つめると汚れている。穴から空が見える。
一つ一つは汚れているのに全体になると美しい。錯覚かもしれない。不思議。だけど、沈んだ色をした葉桜の一枚一枚は、全体になっても認識されない。美しい全体のなかの一部となってしまって人々の目から隠れる。見ようとしない限り、見えない。
見えているものより見えていないもの。見る力をもたらす使者は想像と思考。目に映る範囲を広げる天使は行動。行動は躰を動かすだけじゃない。行動は頭の中にも存在する。
タグ: physical, talent, words「そうなんだよな、みんな、桜が紅葉すると知らないんだよ」
「赤いの?」
「赤もあれば黄色もある。楓や銀杏ほど鮮やかでなく、沈んだような色をしている。だから目に映らず、みんな見逃しているのかもしれないが、しかし花見の頃を思い出してみろ。日本に桜の木がどれだけある。どれだけ見て、どれだけ誉め称えた。なのに花が散ったら完全に無視だ。色が汚いとけなすならまだしも、紅葉している事実すら知らない。ちょっとひどくないか。君も桜にそんな仕打ちをしている一人だ。[...]」
『葉桜の季節に君を想うということ』 P.466-467
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論理的に破綻する効率的な文章
- 2008-07-08 (Tue)
- Diary
ITベンダーの営業担当者にはもっと、当社の業務を理解しようという姿勢を見せてもらいたい。提案書を見て、「使い回している」と感じることが多く、がっかりすることもある。
なるほど。毛色の違う話をひとつ。文章を書くとき、自分の言葉を大切にしたい。ただし、自分の言葉とは”オリジナル”じゃない。私には書けない。私が言う「自分の言葉」とは自分で考えて書く文章。じゃぁ、「自分で考える」の意味がのしかかる。
自分の言葉で書かない人に、「論理的に破綻する効率的な文章」を書く人がいる。おかしな言い回しだけど。「効率的」というのは、崩せばコピー&ペースト。おかしい、コピー&ペーストなら「論理的に破綻する」わけない。にもかかわらず論理的に破綻するのは、前後の脈絡をとばして文章をつなぐ由。その文章は、豊富な知識と専門的な単語が配列され、ときおりカタカナが混じってトレンドの単語がちりばめられている。最初はウンウンとうなづけるけど、数行、数ページほど読み進めると、混乱する。一体、ナニが言いたいのかと。部分は論理的にコピー&ペーストされている。ところが前後の文脈が欠落しているから、部分が全体になったとき破綻している。
テンプレートは情報と流行の量で書かれた文章。量を否定しない。ただ、「量」の書き手はその「量」を上回る読み手の出現によって退場を命じられる。もしくは、常に自分より「量」の少ない読み手を探す旅に出る。その量が顧客から受け入れられているのであれば、それでいい。それだけの話なので。
自分の言葉で書く人に、「論理的に破綻した非効率的な文章」を書く人がいる。おかしな言い回しだけど。「非効率的」というのは、崩せば難産の文章。一行書くのに一日かかることもある。おかしい、そんなに時間をかけるなら「論理的に破綻する」わけない。にもかかわらず論理的に破綻するのはなぜか。それがわからない。わからないから、読んでいるとワクワクする。最初は一体ナニを言っているのかわからないけど、数行、数ページほど読み進めると、ウンウンとうなづける。「わかった」までいかないけれど。
テンプレートは情報と流行の質で書かれた文章。流行の質とは、トレンドをスルーした構え。質の書き手は質を上回る読み手の出現によって、「創る」。量に左右されず、時代の濾過に耐えようと苦しむ。
最後に天才。天才は論理を破綻させずに一切の無駄を省いて文章をつづる。一分の隙もない。「天才」の判断基準と定義を私は持ってないので巡り会えず。この先もお目にかかることもないだろうし。ただ想像で書いている。天才が綴るそぎ落とされた言葉。その言葉が描く矛盾を超越した世界。そんな妄想を抱く。
「意味不明」は拒否するけど、「わからない」には感謝したい。「論理的に破綻する効率的な文章」に解多し、「論理的に破綻した非効率的な文章」に問多し。
天才の文章にはナニが棲んでいるのだろう。
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患者の言葉を引き出す
- 2008-04-14 (Mon)
- Diary
日野原重明先生がSMAP×SMAPで語っている。
患者の言葉を引き出すと、それは診断を語っている事になる
96歳の言葉。大切にしよう。そして、わたしが大好きなF先生のスタッフのみんなといっしょに考えよう。
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[Review]: 今日の芸術
- 2008-04-11 (Fri)
- Review
一昨年だったか昨年だったか、F先生にイタリア料理をごちそうになったとき、尋ねられた。「芸術と芸能の違いは何ですか?」と。ドキリとした。あれから芸術と芸能の違いが頭の片隅に定住し、意識と無意識を往来しているように思う。
漢字からアタリはつけていた。芸を支える「術」と「能」。だけど漢和辞典を調べると混乱する。術は「昔からそれにくっついて離れないやり方、つまり伝統的な方法のこと」で、能は「ねばり強い力を備えて働くこと」と解字されている。なんだか逆のように受け止められる。
芸術は創造です。これは、けっして既成の型を写したり、同じことをくり返してはならないものです。他人のものはもちろんですし、たとえ自分自身の仕事でも、二度と同じくり返してはならない。昨日すでにやったことと同じことをやるのでは、意味がないのです。[...]芸術の技術は、つねに革命的に、永遠の創造として発展するのです。これが芸術の本質です。『今日の芸術―時代を創造するものは誰か』 P.206
芸術と芸ごとをごっちゃにしちゃダメと力説。芸ごとを芸能に置換するのは短見かもしれない。だけど、そう読むと得心。では、芸ごとは?
タグ: cognition, depict, dialogue, emotion, philosophy, Review, think, words芸ごとはどうでしょうか。これは芸術とは正反対です。つねに古い型を受けつぎ、それをみがきみがいて達するものなのです。芸術が過去をふり捨てて新しさに賭けてゆくのに、芸道はあくまで保持しようとつとめます。何々流の開祖、家元というのがあって、だれでもがそれと同じ型をまねて、その芸風が師匠に近くなればなるほど上達です。やがて「免許皆伝」、「奥義のゆるし」となり、定める形式のなかに完成をみるのです。『今日の芸術―時代を創造するものは誰か』 P.207
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クレームと潜水艦
- 2008-03-21 (Fri)
- Diary
午前中、クライアントとウェブサイトの打ち合わせ。その最中、関連企業のクレーム対応力に嘆いておられた。対応力がなきに等しいと喉から出かけている。要はクレームに対応する「判断」を備えていない。判断できない状態。もしくは「判断」を知らない。
私は話を聞き相づちを打ちつつ、頭のなかで「潜水艦」を思い浮かべた。潜水艦、とりわけ原子力潜水艦 はサイレントサービスの別称をもつように、秘匿性の高い運用と行動で知られる。その艦長は「世界で最も力のある3人」と指摘する映画のセリフもある(合衆国大統領、ロシア大領、そして戦略核を搭載した合衆国原子力潜水艦の艦長)。
潜水艦の内部は、映画や小説の描写のとおり、いくつも区画から構成される。区画と区画を連結する扉がハッチ。(技術的説明をすっとばすと)家のなかにいくつも部屋があるといったイメージ。部屋は扉で仕切られ、開閉できる。
なぜハッチで区切られるのか? もし艦内がひとつの空間だとしたら?
言うまでもなく致命的。敵対する潜水艦から攻撃を受けたとき、潜水艦内に浸水すれば、あっというまに艦は沈む。だからハッチで区画する。ある区画に浸水しても、そのハッチを閉じれば、浸水はそこで終わる。
ある区画に魚雷が被弾
その区画には戦闘員が3人配置。見えない敵から発射された魚雷が被弾、浸水。艦長の判断やいかに。映画や小説の風景。このままいけば艦が沈没する。全力の救助活動、それがかなわぬ場合、ハッチを閉じる。それが艦長の「判断」かと。
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最後のニュース
- 2008-03-03 (Mon)
- Diary
暑い国の象や広い海の鯨 滅びゆくかどうか誰が調べるの 原子力と水と石油達の為に 私達は何をしてあげられるの 薬漬けにされて治るあてをなくし 痩せた体合わせどんな恋をしているの 地球上のサンソ チッソ フロンガスは 森の花の園にどんな風を送ってるの
この二人にとって「意味」は何をもたらすのだろうなんて。「意味」を与えたり伝えたりするのじゃなく。「意味」は解き放たれた瞬間から自分の境界の外にある。そんな言葉を紡ぎたい。
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[Review]: 文章読本さん江
- 2008-02-18 (Mon)
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ブログをはじめて5年目に突入した。裏ブログの最初の頃を読み返すとフルチンで町中を疾走しているような気分。ブログB.C.から「文章読本」なるジャンルに興味をいだき、『谷崎版文章読本』でデビューをはたし、『三島版文章読本』で打ちのめされ、論文の書き方で路頭に迷った。おお、斉藤美奈子氏が御三家と銘打つではないか!
「私は、文章に実用的と藝術的との区別はないと思います」を説き、世に衝撃を与え、1934年に刊行された谷崎本をもって「文章読本」の嚆矢とされる(って私が勝手に書いてるだけ)。衝撃。そ、そうなんだ、自分の云いたいことを明瞭に書けばそれでいいのか、バンザーイ。意気揚々とブログを書く。書けない。呆然。やや、これはマズイ。今度は三島本に手を出す。「観賞用の果物/実用的な果物」と比喩して谷崎本を痛罵しているのを読み、深い絶望の淵に立たされた。え〜い、だったら、観賞用文章と実用的文章やら自分の云いたいことを明瞭に書くとかに惑わされず、論理的に書いたらどっちつかずでイイだろ!と思い清水本へ逝った。ここから冥想、いや迷走がはじまる。
まるで「食品本」のように。
殊勝な態度で文章読本を読んでいた時期が、かつては私にもありました。
それがいつ、どんな事情で「もう降りた」になったのか、具体的には思い出せません。[...]いずれにしても、いまの私は「上手な文章」などに何の興味も未練もなく、おかげで文章読本も無責任な野次馬の立場で鑑賞できるになりました。外野席から眺めると、ありがたいはずの文章作法が、あら不思議、滑稽なドタバタ喜劇にも見えてくる。名文家をめざすみなさまには、くれぐれも私の轍を踏まないようにと注意を促しておきましょう。『文章読本さん江(ちくま文庫 さ 13-4)』 P.339
ブログ全盛の時代、「文章読本」は姿を消したけど、「文章の書き方」系は次から次へと出版される。もう、ガチな文章読本は拒絶されるから、「こうやったら文章って書けるよ」みたいなライフハック系でライトな感じで。ついには魂の文章術―書くことから始めようなんてタイトルが登場してスビリチュアルへきたかと遠くに目をやり気づいたらアマゾンでポチ。とにかく書けだと。悟りだ。
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きっかけ
- 2007-12-21 (Fri)
- Diary
今日はちょっと特別の日。というわけで「言葉」をつなげてみる。
「幸福は幸福の中にあるのではなく、幸福を手に入れた瞬間にある」けど「最大の幸福は、幸福など必要ないと知ることにある」のかもしれない。
妄想が糧、寂しさと豊かさの臨界に精神の深淵が棲む。
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[Review]: バカにならない読書術
- 2007-11-28 (Wed)
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「他人は本をどうやって読むのだろう?」ってふとよぎったことありません? 本を読む人なら一度は抱くギモン。いや、そんな経験ナイよって人はスルーしてください。”読書術”の背表紙が所狭しと本棚にならぶ。速読から耽読まで。テクニカルな記述もあれば心構えも。そんな本を二桁も読めば一回りしてだいたいわかってくる。『バカにならない読書術』が目にとびこむ。余計なお世話だと心中でつぶやきながら手にとってしまった。バカな自分。性だな。
人間は一人ひとり違うという前提から入ると、本を一生懸命読むんです。人間は同じだという前提から入ると、違っているのが気にいらないわけです。[...]要するに、気に入らないものを消してすべてを同じにしたがる。そうじゃなくて、人間ってこんなに違っていて話が通じないものなんだな、ということを感じている人ほど、人のことを知りたがるはずなんです。そこで本を読む。『バカにならない読書術』 P.70
「わかってくれる」という前提から入ると言葉を失う。阿吽の呼吸とは違う。「わかってくれる」はわかってもらおうという努力を怠らせる。みな同じだ、わかってくれると判断。思考停止。「ああ、また”アノ”事件と同じだ」と推測で報道し、それを眺める人たちは自分の推理と一致した報道に一喜一憂。右を向けば賞味期限と偽装、左を向けばメタボリックとグルメ。雀の涙の語彙と同じ映像の繰り返し。
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