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セカンドライフのテロ

あちら側の立ち居振る舞いについて、私は楽観的なんですけど、セカンドライフのなかで「核攻撃」まで登場したなんて目にすると、ちとフリーズしてしまう。

セカンドライフ解放軍(SLLA)は06年後半、マーシャル・ケーヒルを名乗るアバターを中心に結成された。SLLAのウェブサイトによれば、彼らの要求はシンプルだ。「すべてのアバターに参政権を与えよ」。セカンドライフは現在、開発企業であるリンデン・ラボの政治的独裁下にあり、「(独裁に対する)唯一の手段は戦うこと」などと主張している。

核攻撃以外にも性犯罪が激化。それに対して

「児童ポルノやレイプなど性的暴力の表現、その他、他人に多大な不快感を与えるコンテンツは決して許されない」

との声明を発表。確か「現実」の警察が出動するはず。 現実は難解、仮想は単純みたいな図式を望むほど石部金吉ではない。とはいえ、”希望”や”意志”っつうのですかね、プリミティブなワーディングの濃度が高くなってほしい。

「現実」の国内に目をむけて隠喩を振り絞ると、政治と報道、対立しているようでそうでもない。合わせ鏡のようにふるまう。

「現実」と「仮想」、願わくば合わせ鏡ではなく、未知の言葉が創造される空間であってほしい、ってか、ああ、わかんなくなってきた。

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見えちゃっている

前回レビューした想像のレッスンに、「見えちゃっている」へ苦言を呈する一節がある。

「見えちゃっている」というあの言葉には、<わたし>の生を編む偶然の出逢いとそれに由来する存在の特異性への予量が欠けている。ひとの生は、まっすぐな一本線でではなく、異なる出逢いの断続というかたちでしかイメージできないはずのものである。〈想像〉のレッスン NTT出版ライブラリーレゾナント015 P.159

「見えちゃっている」という一言で「定型化」された未来を語る。「定型にそって一生を紡ぐ」ことを不遜だと言うのではない。「見えちゃっている」という言葉には、決定的に欠けているものがある 。”それ”を不遜だと抵抗する。欠けているもの、それは「”偶然”をすべて欠落させて人生を語る」行為。

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そんな時代もあったね

YouTubeに投稿された政見放送が「法に抵触の可能性」とのこと :-p

利用者が急増しているインターネットの動画投稿サイトに、東京都知事選(8日投開票)の立候補者の政見放送や街頭演説の映像が投稿され、いつでも自由に見られる状態になっている。候補者の映像などの公開は、公職選挙法で決められた方法に限るのが原則だが、動画投稿サイトでの政見放送“放映”は想定外で、明確な定めはない。都選挙管理委員会は「公選法に抵触する可能性もある」としながらも、映像を前に手をこまぬいているのが実情だ。

「そんな時代もあったね」と嘲笑する時がくるんだろうな、選挙にかぎらず。領域を侵される人には脅威にしか映らない。

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