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ブログをKindleで、遺言です

パーソナルデータを世紀単位で保存できるのでしょうか?

ネットがパーソナルデータを世紀単位で保存できる仕組みを提供できれば、ヒトは情報に対して新しい概念を構築するんじゃないか、実現すればヒトはネット上で進化できるんじゃない? って想像しました。

まず、話を書くにあって以下の3つを想定していません。

  • 一企業の事業を想定していない
  • 新旧技術の対決を取り上げない(紙か電子書籍か デジタルカメラか銀塩かなど)
  • 専門的知識と技術を知らない

AppleはiPadを発表して電子書籍のプラットフォームを用意しました。iPadを使う広告写真を見ると、Appleは日常のシーンでもっとインターネットを提案しているように僕は感じました。生活のタスクをもっとオンラインへの提案です。

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音楽と記憶の仕組みを知りたい

ここのところYouTubeから音楽を聴いている。データ通信料が多いユーザーは規制されるのでこれも今のうちかもしれない。ついにキタという感じです。ただあんまりよくわかっていませんが。

ところでYouTubeで音楽を聴いていると、突然過去の記憶が音楽とリンクして鮮明に甦る。脳裏に映像と台詞が駆けめぐり、目の前のPVを観ているようで過去に足を踏み入れている自分に気づきヒヤリ。たとえば、マドンナを旅していて、

に出逢ったりすると、一瞬で中学時代がやってくる。といっても、物語になっていない。時々のシーンが脈絡もなく表出しては消失。映像と言葉が断片なのに鮮明。こんな感じで。

記憶とは何だろう。

音を覚えていれば、言葉をとどめている。ときにそれが融合されていたり。マドンナのようにその時代、私のトレンドだっただけで、なぜかリンクしている。material girlを聴くと同時に思いうかぶ人たちがいて、その人たちは一人のときもあれば大勢も。

しかも、それがほぼ自動的というか意識しているのだろうけど、あまり自覚せずに記憶が到来する。

私にとって音楽は聴くのも好きなんだけど、どちらかというと記憶をたぐりよせる道具であって、記憶の宮殿に誘ってくれる道標なのだろう。だから、悲しい部屋に足を運べば、音楽を聴きながら泣き、楽しい部屋にたたずむと笑顔がこぼれる。

同時に、記憶のなかで息づいている人たちは、時間と空間のなかで何をしているのかが現在と過去に交差する。でも、自分のなかの映像はそのときで止まっていて、現実の<顔>は違っているのだろう。

裏を返すと、記憶をたぐり寄せられない、引き出すことのできない、入ることのできない部屋が存在すると認知したとき、恐怖に震え上がる。後悔する。思い出せない怖さ。ほんとうに今の記憶が正しいのかどうかわからない。<顔>は正確か、声は間違っていないか、それすらも思い起こせないとき愕然。いやだ。

不思議。音楽と記憶の仕組みを知りたい。