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[Review]: 日本の行く道 - 錯覚すると恐ろしい言葉
- 2008-08-01 (Fri)
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「自立」という言葉には、「自立を口にした途端、自分の自立は実現されたと思い込んでしまう」という錯覚が、その初めから隠されていたんだと、私は思っています。[...]「私は自立を宣言した=私の自立は実現した」という状況が現出してしまったのではなかろうかと。そういう錯覚が「自立」という言葉に紛れ込んで、あまり意識されぬまま、「自立」というその言葉だけが定着してしまったのではないかと、私は思っているのです。『日本の行く道』 P.114
幸いにも「どうすれば自立できますか?」と質問された経験をもっていない。「自立」は錯覚させる言葉。錯覚したまま大人は子供に「自立」を促す。「自分にとって自立というのはどういうことなのか?」と思いついたとき、面倒になる。マークシートのように選択できない。でも、さかんに使われる。「自分のことは自分でしなさい!」の代用に。「自分のことは自分でしなさい!」はあたりまえだ。だけど、あたりまえを実行できているかと自分に問えばおのずとどの面も下げられない。
『凶気の桜』に「消し屋」が登場する。なんでも「消す」。消し屋に「どうすれば消し屋になれるんすか?」と尋ねる。「明日から消し屋になりましたと(裏の社会に)伝えればいい」と。よく似た質問をプロの○○に尋ねる人がいる。「どうすればプロのカメラマンになれますか?」と。「名刺を作って明日から事務所に配ればいい」と答えるプロ。固有名詞は宣言すれば実現されてしまう(かもしれない)。あとは他者の評価の問題。対して普通名詞はやっかいだ。宣言すれば実現できるような事象じゃない。
「さっさと自立しなさい! 自立しろって言ったでしょ!」で子供が育てられてしまえば、子供は、「なんいも分からないまま」でも、「大人」になってしまうのです。世の中が、その程度の「促成栽培の大人」でもかまわないということになっていたから、これで通ったのでしょう。「さっさと大人になってしまった子供」に、「君は本当に、”大人”なのか?」と聞いても無駄でしょう。「自立しろと言ったでしょ!」は、「大人になれって言ったでしょ!」の同義でもあって、これに対して「はい」と言った瞬間、「自立」になり「大人であること」は達成されてしまうのです。『日本の行く道』 P.117
「さっさと大人になってしまった子供」が「大人」の年齢に達したとき、「本当に君は大人になったのか」を検証をする。検証するのは誰? 無駄だ。四方八方から飛び込んでくる情報を意識的に捨てればわかる。検証された「さっさと大人になってしまった子供」は不安に陥り心を病む。大人は子育てしたと宣言し、子供は自立したと宣言する。互いの宣言を受け取った途端、自分の宣言内容と違うことに気づき、「心の病」が全身を蝕む。心の病を抱えたさっさと大人になった子供たちが突然生まれたかのように大人は受け止める。自分たちが発した「錯覚すると恐ろしい言葉」を置き忘れて。
「大人」を日本、「さっさと大人になってしまった子供」を国民と置き換えれば、ほんの少しだけ「日本の行く道」が見えてくる。それは自分が歩く道。
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[Review]: 無所属の時間で生きる
- 2008-07-03 (Thu)
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城山三郎先生は四十にさしかかるころ、仕事の上でのストレスから体重が47kgにまで落ちた。その頃、三種類の睡眠薬を飲んでも眠れなかったという。三十代半ばから筆一本。不安にかられると、「なぜ、退職したのか」との悔いが顔を出した。三十代最後の年、「耐えること、耐えること、耐えること」と、三度反復したメモ(ご本人は忘却の彼方のご様子)。会社勤めを一度も経験せずに経済モノを執筆なさった。周りには「岡目八目」と韜晦。「物事を過度に考える性格」と自己分析した先生。その三十代の風景を36歳の私は脳裏に描く。
戦後最大の財界人石坂泰三を調べていて、幾日か出張するとき、空白の一日の日程を組み込んでいることに、私は注目した。
旅先で好奇心の湧いた場所や人を訪ねるためもあるが、ただ風景の中に浸っていたり、街や浜辺を散歩したり。経団連会長や万博会長など、日本でいちばん忙しい男であるはずの時期でも、そうであった。
その空白の一日、石坂は二百とか三百とかの肩書きをふるい落とし、どこにも関係のない、どこにも属さない一人の人間として過ごした。私はそれを『もう、きみには頼まない』(毎日新聞社、のちに文春文庫)の中で、「無所属の時間」と叫び、その時間の大切さを、私なりに確認したつもりでいたのにーーーーー。『無所属の時間で生きる』 P.18
政官財界の偉人には、大病を患い入院生活を余儀なくされた時期を過ごした人がいる。無所属の時間と色合いが似ている。それら偉人や城山先生と比較する気は毛頭ない。私はといえばずいぶんとさもしい無所属の時間を手に入れた。いつまで続くかわからない。ただ自分なりに無所属の時間で生きている。 まったくなにもかも違う先生と私。ひとつだけ同じモノをすくい取れた。
もっとも無所属の身である以上、ふだんは話相手もなければ、叱られたり、励まされたりすることもないので、絶えず自分で自分を監視し、自分に檄をとばし、自分に声を掛ける他はない。
檄や掛声である以上、三度繰り返したり、また、毎年似たような文句を繰り返すことにもなる。
度し難い話だが、それが人間ということなのであろう。『無所属の時間で生きる』 P.127
度し難い話。うなづいた。絶えず自分で監視していると、過ぎてしまえば何ということもないモノに心配したり怯える。見えぬ姿に恐怖を先取りしたり。あらゆる方向から手をうたねばと思い、それがかえって己を惑わしたり。万事つつがなくは無縁。万事過ぎてしまって、のちに呵々大笑で呑めたら万々歳。それでいいと思っている。周りの草木がかわる景色を味わいつつ、自分は相変わらず自分に語りかけ、自分を叱る。
最近、中野孝次『人生を励ます言葉』(講談社現代新書)を読んで、
「何方をも捨てじと心に取り持ちては、一事も成るべからず」(『徒然草』)
といったところに、マークをつけ、また、ある青年が、
「金を稼ぐつもりのものは左手で書いて、ぼくにとって大事なものは右手で書きますよ」
と言ったのに対して、ノサックが、
「その左は同じ身体についているのです。左手が触れた堕落の毒は、右手に感染するでしょう」
と答えたという話のところにも、マークをつけた。『無所属の時間で生きる』 P.128
マークをつけて自戒の日々。「今朝酒あらば 今朝酒を楽しみ 明日憂来らば 明日憂えん」を唱え、「一日を生きる」を大切にしようともがく毎日。ほど遠い。悶々として夜を明かしてしまうときも。翌日なにも考えずに外へ。数分歩けば歴史が現れる。歴史の場所から琵琶湖を望めばゆうに千年は変わらぬ景色を再認識。そしたら胸の渇きが薄れていく。周囲の景色に身を溶かし、五感が掬い取ってくれた水で胸の渇きを満たす。ときにはファインダーに。それだけで贅沢。
先生は言う、「人生の持ち時間に大差はない。問題はいかに深く生きるか、である」と。深く生きる、ステキな言葉だ。小林秀雄先生の逸話。たしか、どなたか同じ逸話を紹介していたはず、出てこない。まぁいい。これもまた深く生きた証、と私は思う。
たとえば小林秀雄さんは、ゴルフが終わった後のパーティーなどでは、ほとんど箸を手にされなかった。
一食たりとも不本意なものは口にせぬ、という主義で、空腹のまま鎌倉へ帰り、小町通りの天ぷら屋など、ひいきの店へ行くという習わしであった。『無所属の時間で生きる』 P.107
口腹の快。楽しみを知る人が通う店がおりなす街。その街も深い。深さは一日にして成らないけど、深くありたいがため一日を生きる。どれだけ深いか自身で知るよしもない。見えるわけでもない。やがて私を往来する人が気づけば幸、気づかずば修養を積めておらぬと自分を叱咤。浅学非才の身、そんな程度だろう。
城山先生は還暦にあたってメモを残された。私にはまるで五箇条の御誓文のよう。それを肝に銘じてまた無所属の時間を生きよう。
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[Review]: 死刑弁護人
- 2008-07-02 (Wed)
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来年、裁判員制度の運用がはじまる。先日、朝生でこのテーマを扱っていた。賛成側と反対側、それぞれに言い分がある。二項対立はテレビの意図だから折り合いをつけるような議論に向かわない。素人の私にはかえってよかった。成立までの背景と制度の概要、賛成側と反対側が俎上に載せる論点も理解できた。共通点もあった。それは、「司法の危機」らしい。法曹界に棲む人々はそうそうな危機感を抱いているようだ(ポジショントークもあると思うけど)。表現は違えど同書の著者安田好弘弁護士は「この国の司法はどこに向かっているのか」と舌鋒鋭く論ず。「司法の劣化」とも。
いろんな事件の裁判にかかわって、はっきりと感じることがある。
なんらかの形で犯罪に遭遇してしまい、結果として事件の加害者や被害者になるのは、たいていが「弱い人」たちなのである。
他方「強い人」たちは、その可能性が圧倒的に低くなる。
私のいう「強い人」とは、能力が高く、信頼できる友人がおり、相談相手がいて、決定的な局面に至る前に問題を解決していくことができる人たちである。
そして「弱い人」とは、その正反対の人、である。『死刑弁護人 生きるという権利』 P.3
「弱い人」が犯した罪のうち、同書に登場する事件は以下。
- 光市母子殺害事件(差し戻し控訴審の判決前まで)
- 新宿西口バス放火事件
- 山梨幼児誘拐殺人事件 (一審死刑、二審無期懲役)
- 名古屋女子大生誘拐殺人事件 (一審、二審、三審死刑 1995年12月死刑執行)
- 宮代事件 (加害者の兄弟にそれぞれ死刑と無期懲役 1998年最高裁で刑が確定)
- 北海道庁爆破事件
- 北海道連続婦女暴行事件 (1972年5月に事件が発生、 1990年9月に上告棄却により死刑確定 2004年6月4日札幌拘置所内にして病死)
- ダッカ日航機ハイジャック事件
- 山岳ベース事件
- オウム真理教事件
法曹界に多くの支持者を持つ反面、テレビからは蛇蝎の如く嫌われる。テレビの思惑が那辺にあるか知らない。一読したとき、「あたりまえだ。だけどやっぱりあたりまえだと納得できない」感情がふつふつと。胸中穏やかならず。罪を犯した人が弁護を受ける権利。刑事弁護人の使命。あたりまえのことだとわかっている(つもり)。私は本村洋さんのように論理的に反駁を加えられない。ひたすら情動のおもむくまま。テレビも同じかなぁ。同書に登場しない名古屋アベック殺人事件とYouTubeのインタビュー。
安田弁護士の弁護は想像を絶する量と時間。どうやったら膨大な量をこなせるのか、ほんとうに寝ているのと目を疑いたくなるほど。弁護士の職責を果たそうする、あるいは先生の信念にもとづいた行動に尊崇の念を抱く。だけど尊崇と書けば書くほど胡散臭いと自己嫌悪するのは、頭でわかっても身体が拒否するからだろう。インタビューに登場する宮台真司先生や安田弁護士も含め、ひとつの事件を「審問」するとき、ひとつの上の次数に視座をあげ全体を鳥瞰しなければならないのだと思う。そこは感情が排除された世界か。100%排除できなくてもできるかぎり。そうでなければ審問は私的制裁になりかねない。
裁判を私刑にしない原則は
- 無罪推定の原則
- 検察官の全面的な立証責任負担の原則
- 直接主義、口頭主義、公開主義の原則
であって、これが公平・公正な刑事裁判を支えてきた。 だけど、それがオウム事件をきっかけに放擲されてしまった。そうだと思う。森達也が指摘するようにオウム事件以降、三権分立どころか三権がそろい踏みで厳罰へと舵を切った。そして、光市母子殺害事件が起きた現在、過去の事件をググると「どうして死刑判決じゃないの」と首をかしげる(死刑廃止と存置の問題は別、念為)。すべて「今、起きたこと」から振りかえる。「今、起きたこと」を括弧に括るのはむずかしい。むずかしいから悟性よりも情意を前景化させる。賛同を得やすい。
いま、そんな過渡期なのかもしれない。中庸は目に見えない。目に見えやすい両極へと振り子を振るとわかりやすい。支持も集まる。私はまだまだ情動で判断している。それではだめだと論理に傾こうとする。その狭間を往来している。読了後、無性に胸がかわいた。
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[Review]: 演劇入門
- 2008-07-01 (Tue)
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演技と演出の違いを知らない。そんな浅学も演出家の仕事を読んで感銘を受けた。だけど肌で感じるような理解に至っていない。なのに平気で「演出」と口にする。これは変わらない。「演劇は誰でもそこに参加できる表現形態」であり「戯曲というものは誰もが書けるもの」だと同書は言う。ただし趣味に興ずるならばだろう。そうはいっても趣味に興ずるほど演劇は近いか。誰でもそこに参加でき、誰でも戯曲を書けるほどなのか。なぜ演劇は少なからず「離れて」いるのだろう。そのヒントは平田オリザ先生が指摘する「演劇の技術」にあるのかな。「演劇が技術ってナニ?!」って感じだ。技術なら伝えられるのか。
演劇の技術とは、「自分の妄想を他者に伝える」技術である。それが技術として確かなものであるならば、それは、ある程度の部分まで言語化できるはずなのだ。本書でまず初めに試みたいのは、これまで言語化されることが少なかった演劇の技術、劇作の技術を、できるだけ解りやすい言葉で書き記すことである。『演劇入門 (講談社現代新書)』 P.5
これまで言語化されることが少なかった演劇の技術、劇作の技術と断ずるのに驚いた。Wikipediaに助け船を出す。そうなんだ、得心。人が棲む「位置」を思い浮かべる。第一線の人から無名の戦士まで、誰もが世に棲む分野に「位置」を持つ(と私は思う)。位置は自分が定めても、たいてい他者が評価する。その位置のズレに一喜一憂。そう思うと、平田オリザ先生の「演劇の技術」を演劇界の標準値だと誤解してはならない。
リアルな台詞とは何か?
これは、相当に難しい問いかけだ。だが確かに、リアルでない台詞、説明的な台詞、もっと簡単に言ってしまえば「ダメな台詞」というものがある。『演劇入門 (講談社現代新書)』 P.12
舞台は美術館。主人公がいきなり入ってきて、いきなり、「あぁ、美術館はいいなぁ」と台詞をしゃべる。一見、極端な事例だと思った。そうでもないらしい。案外、この手の「ダメな台詞」は多い。物語を無造作に切り取ってしまう台詞。観客の想像力を奪う台詞。ドキリ。実生活でもそんな台詞をはいているかも。同書が問うとおり、「演劇のリアル」と「現実のリアル」は位相が異なる。現実の私が彼女と美術館に訪れて、「あぁ、美術館はいいなぁ」と口にしても周りの想像力を奪わない。微妙な空気が二人の間をほんのりと漂うだけ。他方、演劇で私が同じ台詞を口にしたらそこで終わる。ただし、同じ台詞をもう少し後、すなわち「遠いイメージ」から入ってだんだん「近づいた」ときに発話すれば、観客は「確かに」とシンクロする。言葉の不思議。コンテクストの魔力。
「あぁ、美術館はいいなぁ」の台詞をダメにしてしまうのは「リアル」の喪失。それは、「現実のリアル」と「演劇のリアル」の位相を重ね合わせる点を見いだそうとしない対話の欠如。位相を重ねるあわせるために先生は三つの問題を提起した。
- 現実世界の「リアル」と、演劇世界のリアルは、一見違うもののように思える。それはどうしてか?
- 演劇世界の「リアル」とは何だろう? また、それがあるとすれば、演劇の「リアル」は、どのように獲得されるものだろうか?
- なぜ、人は、「リアル」な演劇、「リアル」な台詞が書けないのだろう? 人間を「リアル」から遠ざけるものは何だろう?
他者とのコンテクストの摺り合わせが課題。演劇では「観るー観られる」の関係性に固定される。現実世界は「観るー観られる」の関係性が固定されていない。と、私が思っているにすぎない。現実世界だからという理由ですべてを無前提に受け入れているのではなく、無意識に世界の文脈を瞬息の間に捉え直し続けているだけだ。現実世界の「あぁ、美術館はいいなぁ」には時間と空間と発話のコンテクストが無数に存在する。その存在を他者とキャッチボールしている。演劇世界の「あぁ、美術館はいいなぁ」は、限定されたコミュニケーションに存在する。限定と非限定の差異が二つの「リアル」を引き離す。
演劇世界では、表現者と鑑賞者の間には、現実世界で行われるような、発語行為を伴う対話は成立しない。だとすれば、表現者と鑑賞者の間での、コンテクストの摺り合わせは不可能だということになってしまう。『演劇入門 (講談社現代新書) P.190
不可能を可能する「内的対話」。同書が打ち立てた仮説。「内的対話」は言葉なき無限の反復。現実世界は混沌に満ちている。それを演劇世界が解りやすく省略した図式で描こうとすれば内的対話は失敗する。演劇が求められているのは二つ。ひとつは、混沌を混沌のまま受け入れること。もうひとつは内的対話によって混沌の解像度を上げる作業。あとは観客がそれぞれの知性と照合して他者や外界との交点を探っていくだろう。
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[Review]: 墜落遺体
- 2008-06-27 (Fri)
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昨日、クライマーズ・ハイのレビューを書いた。横山秀夫氏が自身の記者時代に遭遇した日本航空123便墜落事故取材の体験をまとめた作品。ただ、「墜落現場」は描かれていない。事故そのものがテーマじゃないから『墜落遺体』も扱われていない。レビューで紹介した現場雑感、佐山は左手を失った女の子を抱える自衛官を書いた。実際の現場は凄惨を極めた。著者は事故当時、高崎署刑事官在職にて身元確認の班長につく。
完全遺体といっても、潰されて形を失った顔面。前頭部の飛んだ頭蓋。二つに切断された胴体。焼けただれて分解しつつある焼死体。手足がちぎれ、下顎骨がかろうじて首と繋がっている、といった遺体が多い。
そして脳髄は脱出して無い。眼球は飛びだすか、めりこんでいる。肋骨はバラバラに折れ、脊柱も潰れて体が円くなっている。
手足は多発骨折か切断か挫滅創。腰の安全ベルトのせいか、下腹部で切断されているか、大きく破れて内臓が噴出している。『墜落遺体―御巣鷹山の日航機123便』P.62
完全遺体がそうならば離断遺体、分離遺体となると絶句する。遺体(部位も含む)のひとつひとつを丹念に調べ身元を確認していく作業、作業に従事する人々の懸命な働きを克明に記録している。
遺体の状況
- 「何だこれは…..」毛布の中から取りだした塊を見て、検視官がつぶやく。塊様のものを少しずつ伸ばしたり、土を落としたりしていくうちに、頭髪、胸部の皮膚、耳、鼻、乳首二つ、右上顎骨、下顎骨の一部、上下数本の歯が現れてきた。
- 二歳くらいの幼児。顔の損傷が激しく、半分が欠損している。それなのに、かわいい腰部にはおむつがきちっとあてがわれている。
- 五二〇人という数字も大変だが、実際に回収される遺体は数千体にもなっている。
- 「目が三つある死体があるのですぐ来てください」
- 中には一週間もたっていないのに白骨化しているのもある。
- 連日の猛暑のため、遺体に蛆が湧き、腐敗の進行も早いため、数日後からの回収遺体は原形をとどめていないものが多く、確認作業は困難を極めた。
遺体の身元確認作業
- 「焦点が合わないんです」写真担当の若い巡査が、カメラを両手でもったまま泣きべそをかいている。
- 検視官も医師も首にまいた汗止めのタオルや上腕部を使って、汗を一緒になった涙をしきりに拭っていた。
- 「これは仕事なんだ」と割り切れない、と。
- 多くの医師、警察官、看護婦たちが不眠不休で凄絶な現場で闘っている。「殉職者だけは絶対に出してはならない」
- せっかく出勤してきたのに、臭気にまいって検屍作業もできずに嘔吐、その後数日か寝込んでしまった若い歯科医師
- ものすごい死臭と、これが人間かと思われる炭化遺体を目の前にして、失神寸前となった医師。
- 一度だけは検屍はしたものの、米が蛆に見えて食べられず、一週間ザルソバで通した医師。
- 「班長! また子どもじゃあねえかよ。俺は子どものはもう嫌だよ。なぜ俺んとこばっかり子どもなんだよ」突然、まだ三十代前半であるが、検屍業務では熟練のT巡査部長が本気で怒りだした。
遺体と対面した遺族
- 他の列でも日航職員が正座して、棺の中に顔を半分入れて謝っている。そこには下顎部から下の女性の挫滅遺体が納められている。
- 母親が狂気のように叫び、抑えようもない激しい悲しみと怒りに床の上をのたうちまわっている。
- 炭化して、人間としての原形すら残されていない父と対面し姉と妹が、失神して仮の救護室となった放送室に運ばれる。
- どうにもならないほどの深い悲しみをじっと心の内奥に閉ざし、必死に耐えるのも人間の究極の姿である。
- 「僕は泣きません」前頭部が飛び、両手の前腕部、両下肢がちぎれた黒焦げの父の遺体の側で、十四歳の長男が唇をかんでいる。
- まるで地獄絵図のような、想像を絶したすさまじい情景は、宿命だとか運命だとかで表現し、簡単に他人の人生を総括できるものではなかった。
遺体をあつかった看護婦
- 遺族からの遺体取り扱いについての苦情はほとんどなくなった。それは医師会派遣の看護婦と日本赤十字社が動員した看護婦たちの、やさしく甲斐甲斐しい働きによるところが多い。
- とりわけ、胴の部分がピチッと締まったベージュの上衣に裾のすぼまったスラックス姿の日赤看護婦のきびきびした動作とその気丈さには、医師も警察官も驚嘆し感動さえ覚えた。
- 遺体に付着した泥や木の枝や杉の葉などを取り除き、髪の毛、頭、顔、胴体そして腹部から脱出した内臓まで丹念に洗う。
- 洗った髪に櫛を入れ、頭の表皮から指の一本一本に至るまで、ていねい清拭した。
- 長い髪の毛に顔の片側部分の皮だけがついている離断遺体があった。看護婦は髪を洗い、櫛でとかし、顔の皮膚の裏側から手を添え、ガーゼを用いて和紙に付着した汚れでも落とすようにそっと拭く。強く拭くと表皮が破れてしまうからだ。ファンデーションで化粧をほどこし、三分の一ほど残っている口唇にも薄く口紅をさした。
- 「これが人間なのか」「人間であったのか」想像を絶するすさまじい遺体を前に、看護婦たちは黙々として清拭、縫合、包帯巻き等の作業を、夜を徹してやり通した。
- 「あのような現場では、その人が能力があるとか、経験があるとかではないですよね。あの極限状態では、誰だっておかしくなります。ご飯が食べられなかったでしょう、なんてよくいわれましたが、その程度の次元で話されたくはなかった。そんな心境、そんな場面ではなかったんですよ。」
- 領収書の宛名から、誰の内臓であるかの手掛かりにするという。内臓だけが戻される遺族の思いが頭をよぎる。ビニールの中に内臓だけが入れて棺の中に納めるなんて考えられない。内臓をさらしでていねいに巻いてお棺に納めた。
- 河野は他の看護婦に手伝ってもらい、子どもの胴体部、手、足の形を相当な時間をかけてつくった。頭だけを棺に入れるなんてとてもできないと…..。
前後の文脈も省略している。凄惨をきわめた身元確認の現場となった体育館、体育館に響き渡る遺族の慟哭と怒号、不眠不休の医師、縁の下の力持ちの看護婦。いずれも全体のほんのわずかなシーンを切り取ったにすぎない。それでも何か琴線にふれたなら手にとって読んでほしいと思う。
事故を風化させてはならない、二度と事故を起こしてはならないという言葉を加害者が口にしたとき、「絶対そうであってほしい」と願いつつもむなしさを感じる。 日本航空123便墜落事故から20年後にJR福知山線脱線事故が起きた。もちろんこの事故だけにかぎらず毎日のように事故は起きている。私はいずれの事故にも「テレビを視る側」でしかなかった。そんな側から少しでも離れるためにこれからも読み続けたいと思う。
いつ自分も事故に遭遇するかわからない。それだけがわかっていることだから。
タグ: document, Review私が一日も欠かさず、時には一日に何回も会う遺体があった。会ってことばをかけ、抱いてやらなければその日の作業が終わっても、家へ帰れない心境になっていた。「A列8番」の棺。その中には、幼い女児の頭部だけが寂しく眠っている。首からスパッと切断されているが、顔面頭部にはほとんど損傷もない。顔などはかすり傷ひとつないようにきれいだった。
まるでコケシ人形の童女のように、たまらなくあどけない。小さな唇と、愛くるしいほっぺには、ほほ笑みさえ感じられる。日赤の看護婦さんがやさしく洗い、櫛でとかしてやった黒く柔らかい髪の毛もそのままだ。
「三歳以下の女の子には間違いないよ」と東京歯科大学の橋本。
犠牲者の中に四歳以下の幼児だけでも一四人いた。このうち女児は八人である。私も橋本、木村、新谷ら先生方も、「M・Yちゃん(一歳)に間違いないのになあ」と早いうちから確認していた。それなのにいつもったひとりで棺の中に…..。
私はM・Yちゃんが、不憫でならなかった。帰宅する前には深夜でも明け方でも、必ずM・Yちゃんに「お休み」をいう。そのままM・Yちゃんの目線を私と同じ高さにして、二人の顔がくっつくぐらいの間隔で話す。
「M・Yちゃん、ごめんね。早くお家に帰りたいねえ、もうすぐ帰れるから待っててね、・・・・・おやすみなさい・・・・・」
時には冷たく凍ったM・Yちゃんの額を私の額いつけながら話すこともあった。このころ、「隊長も少しおかしくなったんじゃねえの」二階の観覧席から私の奇異とも映る毎夜の行動を見て、そんなことをいう班員もいたとか。『墜落遺体―御巣鷹山の日航機123便』 P.252-253
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[Review]: クライマーズ・ハイ
- 2008-06-26 (Thu)
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《日航機123便は長野・群馬県境に墜落した模様!》ーーーーー北関東新聞の遊軍記者悠木和雅が友人の安西との約束を果たすため帰宅しようとしたそのとき、共同通信社の「ピーコ」が伝えた。日本航空123便墜落事故、それは「単独の航空機事故としては世界最大」を伝えるはじまりだった。死亡者数は乗員乗客524名のうち520名、生存者は4名。完全遺体492, 離断遺体1143, 分離遺体351, 移棺遺体79, 総合計2065体。完全遺体のうち五体がすべて揃っていたのは177体、離断遺体のうち、部位を特定できたのは680体、部位不明の骨肉片は893体。遺族の方々はいまだ癒されることなく、何かすがって懸命に生きている。『クライマーズ・ハイ』は地方記者の現場が描かれている。だから、事故の一報を受けたあと「どっちだ?」が当初の最大の問題だった。群馬なら「ウチの事故」、社の総力を挙げなければならない。若手は「めぐってきたチャンス」にはやる気持ちを悠木にぶつける。世界最大のヤマを誰よりも早く踏みたい。かたや年嵩の男たちは精彩を欠く。
悠木も同じ気持ちだからわかる。
群馬で事件と言えば、「大久保事件」と「連合赤軍事件」を指す。大事件という形容は当たらない。地元記者にとってそれは「後にも先にも二度と起こらない事件」だった。[...]二つの事件は昭和四十六年、四十七年と立て続けに起こった。だからその時期記者をやっていた人間たちは「二度と起こらない事件」を二つまとめて経験したことになる。
「大久保連赤」と詰めて呼ぶ。担当した記者の多くはその後の記者人生を一変させた。一言で言うなら天狗になった。十三年もの間、事件の遺産で飯を食ってきた。「大久保」の昔話で美味い酒を飲み、「連赤」の手柄話で後輩記者を黙らせ、何事かを成しえた人間であるかのように不遜に振る舞ってきた。 『クライマーズ・ハイ』 P.49
記者の能力があろうがなかろうが、偶然とった金メダルを首からぶらさげて社内を闊歩する年嵩の男たち。そのメダルの色が一瞬にして色褪せた。それを感じとったから男たちは複雑な胸の内を抱えていた。やがてこの複雑な胸の内が組織の相克を生み出し、「世界最大のヤマを報道する意味」が悠木の目の前に立ちはだかる。凄惨な現場を踏んで変わり果てた若手、現場を「商売」にしようとJALの主翼をバックに記念撮影する幹部、販売と記者の確執、上層部の派閥闘争、単独の航空機事故としては世界最大の現場からわずかに離れたところで男たちは別世界に棲んでいた。
佐山が書いた二度目の現場雑感。
【御巣鷹山にて = 佐山記者】
若い自衛官は仁王立ちしていた。
両手でしっかりと、小さな女の子を抱きかかえていた。赤い、トンボの髪飾り。青い、水玉のワンピース。小麦色の、細い右手が、だらりと垂れ下がっていた。
自衛官は天を仰いだ。
空はあんなに青いというのに。
雲はぽっかりと浮かんでいるというのに。
鳥は囀り、風は悠々と尾根を渡っていくというのに。
自衛官は地獄に目を落とした。
そのどこかにあるはずの、女の子の左手を探してあげねばならなかったーーーーー。
『クライマーズ・ハイ』 P.103
本作品はこの夏映画で上映される。はやくもこの文章を映像化したシーンが紹介されていた。あの現場をなんとか再現しようとしたスタッフに感謝しながら佐山役の堺雅人は口にした。「(たとえ映画のセットが正確に再現されていようと)ココで520人が亡くなったのじゃない。それだけは忘れてないでおこう」と。そのとおりだと思う。
作者の横山秀夫氏は自身の記者時代に遭遇した日本航空123便墜落事故取材の体験をまとめて本作品を世に送り出した。ただ、事故そのものをテーマにしたのではないと思う。事故を素材に報道のありようを問いかける、もう少し踏み込むなら人の命を問いかけているように思う。
二十歳ーーー悠木の半分しか生きていない娘がメディアの本質を見抜いていた。
命の重さ。
どの命も等価だと口先で言いつつ、メディアが人を選別し、等級化し、命の重い軽いを決めつけ、その価値観を世の中に押しつけてきた。
偉い人の死。そうでない人の死。
可哀想な死に方。そうでない死に方。
[...]
《私の父や従兄弟の死に泣いてくれなかった人のために、私は泣きません。たとえそれが、世界最大の悲惨な事故で亡くなった方々のためであっても》
『クライマーズ・ハイ』 P.411
二十歳の娘が書いた投書にある”従兄弟”はかつての悠木の部下。その死がいまだ悠木の背に重くのしかかっていた。この作品が日本航空123便墜落事故だけに焦点をあてず、何か冗長的な感覚を抱かせるのは、この娘を登場させるためじゃないかな。そして、この娘の言葉がすべてだと思う。
悠木が全権デスクを指名されたにもかからず、組織の相克に巻き込まれていくなかで、随所で「判断」が迫られる。だけど、その判断は決して論理で導き出されなかった。どちらかといえば叙情であり、情動が論理を押しのけ意志を決定してきた。そしてその決定は周囲をさらに沸き立たせる。だけど、最後に佐山から発せられる言葉も情動だ。その言葉に悠木は落涙する。
論理か情動かじゃなく、人が判断するとき、大きく占める要素は何か? 見誤ってはいけない。
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[Review]: 日本という方法
- 2008-06-25 (Wed)
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コメンテーターが「元来、日本という国は」なんて口にしたら「チープでシンプルなナラティヴ」の鋳型かもしれないと眉に唾をぬってみる。天皇制が日本史を仕切っていた歴史はなく、武士道は徳川初期や明治前期の所産とのこと。ならば、日本が単一民族国家である説にいかが答えようと問われれば、その説は『単一民族神話の起源―「日本人」の自画像の系譜』によって論破された(らしい)。なるほど日本の歴史の年表を眺めたとき、「○○時代」で区切られているだけで、縄文時代から現代まで一本道で描かれる。世界史に散見されるような国そのものが変わったり王朝の交代などない。驚くばかり。だからといって、一貫性を主張するのは早計だ。
そもそも日本の自信って何なのでしょうか。明治維新で得たもの? 徳川鎖国体制がしからしめたもの? 芭蕉のサビや近松の浄瑠璃? 武士道みたいなもの? 信長らしさ? 竜安寺の石庭? それともずっとさかのぼって藤原道長の王朝文化や聖徳太子あたりにあったもの? それなら、その自信はどういうものだったのか。説明してほしいものです。
私は、このような問答があるたびごとに、日本のよさやおもしろさというのは、必ずしも「自信」や「強さ」や「一貫性」にあるわけではないと話してきました。歴史のなかのどこかに強いナショナル・アイデンティティの軸の確率があったわけではなく、また数人の思想家や芸術家によって日本の代表するイデオロギーが確立されていたわけではないと私は思っているからです。『日本という方法―おもかげ・うつろいの文化』 P.9
いやいやそんなはずない。「一途」は確立されていないか。確かに一途ではある。同時にたいそう多様でもある。日本は「一途で多様な国」といえる。代表格は多神で多仏(ステレオタイプだけど)。天皇と将軍、関白と執権、仏教と神道、それに儒教と民俗信仰。それらがヨーロッパのように二項対立で語られない。二項同体。二極を消すように腐心した。「正」と「反」が止揚して「合」にいたる。失敗すれば二項は対立したまま残る。それはまずい。事象は根本に撞着があるからこそ次の発動をおこす原動力となる。根本撞着が新たなモノを産む。
私たちの祖先は実におもしろい。枯山水から水を抜いた。キャンバスにすべてを描き尽くす油絵と異なる日本画を編集した。水を感じたいから、墨を感じたいから「余白」を産んだ。極度に短い詩歌のスタイルをとった和歌や俳句、省略が効き過ぎた禅庭や数寄屋造りなど「静かな日本」という面影を残しているかと思うと、他方、歌舞伎や日光東照宮の装飾、派手な山車の華麗で過剰な装いなど「賑やかな日本」という顔を持つ。前者は引き算をいかし、後者は足し算をいかした。どちらが本当の日本ではなく両方とも日本だ。一見、「黒と金」や「侘びと黄金」のように対比されて説明することもあるけど、静かな日本と賑やかな日本には共通の方法が潜んでいる。主題を述語的につなげた。主語的につなげていないところがおもしろい。主語が見えにくい日本。
宗教や文化だけじゃない。東国では貫高制の金の決済、西国では石高制の銀の決済が江戸後期まで続いた。東は水田優位社会、西は畑作優位社会。道具や言葉遣いも多様だ。神主さんと禰宜さん、湯と風呂、いろりとかまど、オトトイとオトツイ。
松岡先生はそういった日本の方法を「日本の方法」ではなく「日本という方法」と表現する。
表題を『日本という方法』としました。日本が「方法の国」であってほしいと思っているからです。「日本の方法」ではなく、あくまで「方法の日本」というところが眼目です。
そんなこと、同じだろうと思ってもらっては困るのです。たとえば「映画の都市」と「都市の映画」、「仮説の作業」と「作業の仮説」はちがいますし、「数学の方法」と「方法の数学」はあきらかにちがうのです。私は、古代アジア社会から日本が自立したときすでに、東アジア的方法から日本が生まれてきたと見ているのです。第2章にその経緯に一端を詳しく書いておきました。その方法の記憶こそ母なる日本だと見ているのです。[...]
方法は主題ではありませんが、主題を包摂する数々の可能性をもっています。たとえば茶碗のもちかた、測定のしくみ、板書の書きっぷり、交渉のやりかた、刺身の切り口、摺り足の運びには、茶や料理や能の、技術や教育や外交の本質があらわれることがあるのです。いや、以前も現在も、そのようなところにこそ、日本が日本自身を編集してきた特色が静かに発露しているのだと思われます。それが私が語ってみたかった「日本という方法」です。『日本という方法―おもかげ・うつろいの文化』 P.317
「日本という方法」を語るのに縄文時代まで遡り、そして昭和日本の「日本の失敗」まで駆け抜ける。まさに日本の歴史を「編集」した。編集された日本は「絶対矛盾的自己同一」の葛藤に向きあってきたと読み取った。矛盾を排除せず受け入れ、かといって矛盾のまま残さず同一しようと試みる。だから二項対立どころか多項対立も決めこまない。多項同体。矛盾を同一しようなんてできるわけがないと「わかっている」のに漸進していく。その過程で創造されるはたらきを矛盾と同一の相互作用として感じとる。その感性が「日本という方法」の国の母じゃないかな。
『Pirates of Silicon Valley』という映画に登場する言葉。Steven Paul Jobsが好んで使う言葉。
「Good Artists copy, Great Artists steal」(優れたアーティストは模倣するだけだが、偉大な芸術家は盗む)
パブロ・ピカソの名言。この言葉の意味が本書を読むと少しだけ理解できた。
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[Review]: 幽霊人命救助隊
- 2008-06-19 (Thu)
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2007年度の自殺者は33,093人で10年連続30,000人を超えた。03年度の34,427人に次ぐ多さ。年代別では60歳以上の高齢者が8.9%(12,107人)と最も多く、次に30代が6.0%(4,767人)。両世代は統計をとりはじめた1978年度以降で最多の人数(参照: 自殺者:10年連続で3万人台 高齢者と30歳代増加 - 毎日jp)。1日に90人が自殺する。日本の文化と自殺の関係を報じる海外や先進国のなかで突出した自殺者数である点などについて議論が展開されている(参照: 日本の自殺 -Wikipedia)。わたしはよくわからない。今年に入って急増している硫化水素による自殺とかを耳目すると連鎖も否めないと思う。ただ、手段は何にせよ自殺したいという目的を持つ人がいる点に着目するとわからなくなる。
人が生きていることには意味も目的もないのではないか。人はただこの世に居るだけではないか。そう考えたほうが気が楽だ。そもそも命の意味とか目的とかを言い出したら、それに当てはまらない人間は生きるに値しないことになってしまう。『幽霊人命救助隊』P.446
幽霊が自殺しようとする人を助ける。幽霊は4人。浪人生の裕一、老ヤクザ、気弱な中年男、アンニュイな若い女。4人は自殺して幽霊になった。なぜ幽霊が地上に戻って人を助けるのって思って読み始めた。
奇想天外なプロットとほんのちょっぴり気の利いたユーモアで、自殺に向きあおうとする。冗長な感もある物語も、3万人の自殺者の背景を十把一絡げにしようとしなければしょうがないかなぁと思う。
- 自殺者の揺れ動く心情
- 自殺しようとするきっかけ
- 自殺する人の思い込み
- 自殺する人の鬱
- 自殺する人と周囲の誤解
約600頁に及ぶ物語も、自殺を考えるには絶対足りないよ言いたげなほど、「自殺」に向きあう。なんていうのかな、理想論をふりかざすのじゃなく、「現実」っていうのか、「自殺」した人が自分の自殺を語るシーンは突き刺さった。幽霊人命救助隊のひとりアンニュイな若い女が語る。
「それでビルの屋上から飛び降りたの。ちょうどここくらいの高さから」と言って、美晴は十階下の路上を見下ろした。「でもね、やめときゃよかったって、すぐに思ったわ」
「空中を飛んでる最中に?」美晴はうなずいた。死を目前にした取り返しのつかない後悔を想像して、裕一の身の毛がよだった。自分が全体重をロープにかけた瞬間と同じではないか。
「もっと美味しいものを食べておけばよかったとか、遊びまくるべきだったとか、短い時間にいろいろ考えたわ。でも体は落ち続けた。もう助からないと思ったら、今度は生まれてからの出来事が全部見えた。迫ってくる時地面もね。で、激突。グシャって」
その先は聞きたくなかったが美晴は続けた。『幽霊人命救助隊』 P.374
私も聞きたくなかった。だけどすぐ隣の行に裕一が聞いた美晴の言葉が続いた。グシャの情景。目をそむけた。裕一と同じように絶句した。美晴が語った飛び降りている最中の心理や飛び降りたあとの人体について、「心理学」や「医学」の見地から適切かどうかを検証することもでできるはず。だけどそういった知識を持ち合わせていない私には、ひたすら生々しかった。
1986年4月8日、ひとりの女性が飛び降り自殺した。アイドルだった彼女は芸能界への頂点へと一気に駆け上がっていくところだった。そんな矢先の自殺。その自殺が与えた衝撃は若者へ。若者たちはあとへ続いて自殺した。この連鎖反応も本書に登場する。実名こそ出てこないけどほぼ同じ設定で。
政府が認めるように有効な手段をなかなか打てない。不景気に連動している(失業率)という指摘もあれば、鬱病が原因という識者もいる。なんとか食い止めようと医学や科学は欧米の研究を援用してサポートする。私はほんとうにわからないけど、できるだけ形而上へと昇華させずに、こういった小説からゆっくりコミットメントしていきたいと感じた一冊。
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[Review]: 3分間コーチ
- 2008-06-19 (Thu)
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コミュニケーション、コミュニケーションと口にするけど、コミュニケーションが免罪符になっていたり。「コミュニケーションって言っておけば問題意識を持っていると思ってもらえる」という気持ちもなきにしもあらずかな。評価制度や人事制度のサービスを眺めていると、案外、提供している側に人事や評価がなかったりする。あるいは、人が人を評価することの不可能性を評価する人が自覚しているかどうかをスルーして「制度」に萌えだったり。でないと「商品」にならないからあたりまえですが。評価する側になると、「神」になったかのように「人を錯覚する」人になる。そういう人は評価のパラドックスに気づいているのかなぁと興味津々。
<三分間コーチ>は、今すぐ可能なマネジメント手法として考えられました。一回に三分ぐらい、コーチとして部下と話す、というマネジャーにも部下にも負荷のかからない関わり方、そして、お互いに効果の上がる方法として考案され、実際に試され、効果を上げている方法です。[...]<三分間コーチ>は、次の<二つの時間>をとることを最優先させた、きわめてシンプルなマネジメント手法です。『ひとりでも部下のいる人のための世界一シンプルなマネジメント術 3分間コーチ』 P.4
二つの時間とは、
- 部下について考える時間
- 部下と的を絞った短い会話をするための時間
であって、この二つの時間をとることを最優先にするマネジメント手法が3分間コーチ。なるほどと感じたのは、3分間コーチでなくて、3分間コーチと3分間コーチの「間」。3分間コーチのイメージは、駅のプラットフォーム。たとえば、電車が来るまでの待ち時間、あなたと部下が駅のプラットフォームで会話する。そんなイメージ。やがて電車がやってくる。乗車は仕事の実践に例えられる。そして、次の駅で降りる。乗り換えの電車や次の電車が来るまでまた会話をする。じゃぁ「間」は?
待ち時間と待ち時間の「間」、いわば乗車しているとき(=仕事の実践)に私たちは<自分の内側の会話(=セルフトーク)>を経験する。自問自答という形。プラットフォームで交わした会話のなかで反応できなかったけど頭に残っている要素がある。セルフトークは要素を問いに変換して答えを探し続けたり、要素をアイデアに育む展開に必要不可欠。答えを探し続けるプロセスや会話の内容を咀嚼するプロセスはセルフトークで生成される。セルフトークは行動に影響をもたらす。
よく、気づけば行動は変わると思われるようですが、気づいただけでは行動は変わりません。<気づき>には、いわば暗闇をサーチライトで照らすような働きがあり、それは貴重なものですが、サーチライトで暗闇を照らしただけで行動が起こるわけではないのです。ライトに映し出されたものを見て、熟考し、選択する時間が必要です。<熟考>し、次に<選択>してはじめて行動に移すことができます。『ひとりでも部下のいる人のための世界一シンプルなマネジメント術 3分間コーチ』P.46
私は「気づき」を大切にする。だけど、それだけじゃ足りないと反省。
- 「気づき」→「行動」は虫がいい話
- 「気づき」→「熟考」→「選択」→「行動」のプロセス
「気づき」は視座を変える。視点や視座の変化は解釈の幅に広がりをもたらし時間軸を長くさせる。それらの変容が行動に影響を与える。だから「気づき」が行動の原初だと私は確信しているけど、行動までの「間」を待ったり寄り添ったりする会話ができていなかったわけだ。気づきと行動の関係は上司と部下にとどまらない。ジョークのような実話を耳にすることもしばしば。たとえば、コンサルタントを入れて事業計画を作成したけど、数年経つとまるで予定が違う。で、また新しい事業計画を立てる。新しい計画は役員全員が関与して納得した。そして蓋を開けると、「途中でいろいろ予定外のことが起こった」から計画にムリがあったとあきらめる。事業計画は立派だけど実行されない組織。おしゃべりだけど会話していない上司と部下。
ほんとうの会話とは、創造以外の何ものでもありません。『ひとりでも部下のいる人のための世界一シンプルなマネジメント術 3分間コーチ』 P.46
ほんとうの会話は「気づき」を産み、「間」を経て「行動」へ導く。だけど、そもそも気づきを生み出す「きっかけ」は何だろう? もちろん会話の量と質、ココで言うなら「3分間コーチ」の頻度と内容だ。だとしたら頻度を上げて、内容を濃くしていけば「きっかけ」が掬い取れるのかな。そのあたり根っこが気になる。
コミュニケーションが活性化するには、それなりの環境が必要です。その環境とは、談話室ではなく、イントラネットでもなく、<問いの共有>です。会社全体で、部や課で、上司部下の関係で、<問いが共有>されていることです。それによって、コミュニケーションを始める動機が生まれます。
<問いが共有>されていればこそ、問いかけに対して、自分はどのような行動をとるべきか、どのような判断を求められているのか、また、自分はどの位置にいるのか、そられを知るために、コミュニケーションを交わす必要が出てくるでしょう。いっっしょに仕事をしている人たちとの間でコンセンサスをとる必要も感じてくるでしょう。『ひとりでも部下のいる人のための世界一シンプルなマネジメント術 3分間コーチ』 P.150
<問いの共有>のための問いが問われる。ああ、ややこしい。ややこしいけどとても大切だと思う。一見、「問い」のようで「非生産的な問い」は山ほどある。あるいは、「自分は問うている」けど「相手が問うてこない」という錯覚。そもそもコミュニケーションが大切かと問われれば、YESと答えるのにコミュニケーションが放置されている。放置されていないくても、コミュニケーションが組織を疲弊させる。「関わりをつくり出せない」コミュニケーションだから。不思議な点は、コミュニケーションの質問をしたとき、「自分のコミュニケーションに問題がない」と答える人が7割以上にのぼる。いったいどうして?
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[Review]: 安楽病棟
- 2008-06-16 (Mon)
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“ケア”という響きに強さと脆さを感じる。「ケアすることで自分がケアされる」強さと「非対称の力関係」の脆さ。理学療法士(PT)の三好春樹さんは、「「介護」現場の目標は「臨床」ではなく「離床」にあるのだ」という(『共生から』P.76)。離床の意味は文字どおりかな。安楽病棟の人たちに離床はもらされたりするんだろうか。ケアを囲む離床の有無。私は「介護」を知らない。介護とケアの関係も知らない。安楽病棟にいる看護師はケアと口にする。介護という集合に含まれる要素のケアなのか、はたまた二つの独立集合が交わっているのか。読みながらつらつら思う。
タグ: dialogue, health, issue, life, medical, philosophy, republic, Review一期一会、お招きした客人。主任さんが言ったその言葉は今でも耳に残っています。考えてみれば実にその通りです。旅先で人と巡り会ったり、あるいは仕事上で人と出会ったりするのと同じように、わたしたちは病棟で患者さんと出会うのです。まさしく一期一会に他なりません。それも頭ごなしに扱う患者さんではなく、招待する客人として接するのです。患者と思ってしまうと、もうそれ以上の何者でもない単色の人間になってしまいます。人であれば、色でたとえるなら赤黄青黒白という風に、ありとあらゆる色合いがあってしかるべきです。『安楽病棟』 P.460
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