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[Review]: チーム・バチスタの栄光

チーム・バチスタの栄光(上) 「このミス」大賞シリーズ (宝島社文庫 599) (宝島社文庫 599)チーム・バチスタの栄光(下) 「このミス」大賞シリーズ (宝島社文庫 600) (宝島社文庫 (600))

ベストセラーなんて読まない、特にコレは読まないって決めていたのに。ちょっと興味本位で『チーム・バチスタの栄光(上)』『チーム・バチスタの栄光(下)』手にとってしまった意志の弱さ。ペラペラめくるやいなや、レジへ直行して布団のなか3時間ほどで読了。ナニも書きません。ただただひたすら読みましたとだけ。ネタバレするし。

海堂尊先生や帚木蓬生先生などが書く医療小説。いままでの医療小説と違う新ジャンル。それは現場の医師が書く点。取材の限界を超えた現場が書く「描写」。そして、もうひとつ。現場の声。チーム・バチスタの栄光にも現在の医療現場が抱える「問題」が記されている。その問題は、「問題」にすら取り上げられていない。だから読めばぞっとする。

あとはロジカルモンスターの白鳥が最高。

もっとも印象に残った言葉。

すべての事象をありのままに見つめること。「厚生労働大臣官房秘書課付 技官 白鳥圭輔」

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[Review]: 合気道とラグビーを貫くもの 次世代の身体論

合気道とラグビーを貫くもの 次世代の身体論 [朝日新書064] (朝日新書 64) (朝日新書 64)持病の腰が悲鳴をあげている。二週間ほどまえから痛みがましてきた。どうやら今までと違うみたい。今回はてごわい。ただここ数年、持病とのつき合い方がかわってきた。脳のシワのエントリーで紹介したように「全体」を意識するようになってきた。つまり、「腰」だけでなく、全体のバランスが何かおかしいのだろうと。もちろん専門医の先生方からすれば笑止千万。それでも自分の身体の悲鳴に耳をかたむけると部位ではなく全体に目がいくようになった。仕方がない。

そんな矢先、先週読み終えた『合気道とラグビーを貫くもの次世代の身体論』に興味深い一節に手が止まった。関心のある箇所を瞬時に読み分けたみたい。これがヒトの能力かと妙な気分。

違うよ、内田先生、あなたの右膝は性能が良すぎるの。あなたの体のなかでいちばん優秀な部位だから、ここで身体の全部の歪みを補正していたんです。全身の歪みを右膝ひとつで処理していたから、結果的にオーバーワークになって炎症を起こしているんだから、膝に感謝しなさい P.176

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[Review]: コトの本質

コトの本質

考えるということと、「わかる」、あるいは「理解する」ということは、まったく違うことです。「考える」というのは、 外界からの情報が入ってきたとき、脳の中の神経細胞が発生して、どうつながるか、その具体的なつながり方に関わることです。脳の中のプロセスそのものです。自然科学者が「わかる」というのは、二元論と要素還元主義に基づいて外界が脳の中に投影され、関連するあらゆることがらがきちっと整理された状態の内部モデルできることです。それが”わかる”ということ。ですから、考えるということとわかるということは、全然違います。「納得する」はこのような意味での「わかる」とは、またまったく違うことです。読者の方が普通にわかった思い込んでいるすべての「わかる」が「納得する」に相当すると思えばいいでしょう。『コトの本質』
P.181

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[Review]: 時間はどこで生まれるのか

時間はどこで生まれるのか (集英社新書)

無限は何を表すのか愚考していたとき手にとった。無限と時間をリンクさせ、「時間とはそもそも測定可能な物理的現象なのだろうか?」とさらなる愚考を重ねたのでAmazonで検索したところ本書がヒット。

「ミクロの世界に時間というものが仮にあるとしても、マクロの世界における時間と、ミクロの世界における時間は、同一のものではない。また、マクロの世界においても、物理学的時間と人間(生命)が感じる時間は、同一のものではない」 『時間はどこで生まれるのか』 P.19

古今東西、「時間論」は語り尽くされてきた。古くはアリストテレスの『自然学』、カントの『純粋理性批判』、そしてハイデガーは『存在と時間』のなかで、「時間性が人間(現存在)の存在論的意味だ」と結論づけた。なのに今になってなぜ「時間論」を語ろうとするのか?

筆者は、「目からウロコの落ちる時間論」に出会えていないからだと言う。その原因は、近代以降の哲学と科学の乖離にあると指摘する。

現代の哲学者が語る時間論は、現代物理学(おもに相対論と量子論)が明らかにした時間の本性を無視し、科学者による時間論は科学の枠から出てこない。今こそ現代物理学をふまえた哲学論的時間論を書いてみたいと切望し上梓した。

  • 第一章 なぜ今、時間論なのか
  • 第二章 相対論的時間と時間性
  • 第三章 量子論における時間の非実在性
  • 第四章 時間を逆行する反粒子
  • 第五章 マクロの世界を支配するエントロピーの法則
  • 第六章 主観的時間の創造
  • 第七章 時間の創造は宇宙の創造である

たとえば、「1秒」とは何を表すのか?

1秒や1時間は地球の自転公転をもとに決められている。1967年以降、1秒を以下のように厳密に定義している。

「一秒は、セシウム一三三原子の基底状態の二つの超微細エネルギー準位の間の遷移に対応する放射の九一億九二六三万一七七〇周期の継続時間」

しかし、これは「役所の公文書」のようなもので、ミクロの世界ではどうかというと、まったく現実にそぐわない。そもそも、我々は技術的に上のように測定できる手段をもちえない。定義は定義であって、時間の測定そのものとは関係ない。

時間を「ある」か「ない」かと考察すれば、現代物理学を無視した哲学的考察に終始する。だから、本書は「どこから生まれるのか」という表題をかかげている。

冒頭の引用は筆者が提起した命題である。ここから時間論を出発させて真偽を検証する。この命題から導き出される結論を最終章で読んだとき驚いた。なぜなら私が持っている「過去・現在・未来」という一直線の時間軸を覆してくれたから。

「過去・現在・未来」が一直線上ではないななら一体何なのか?

そこには「実在」が何であるのかを私に突きつける刹那があり、「意思」があり、「自由」がある。

「時間の創造は宇宙の創造であり、われわれはそれに参画しているのだ」

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