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意味はそれを見る人それぞれの目の中にある

個人と同様、集団にも寿命がある。集団は、結成され、拡大し、分裂し、そしていつかは、たとえ外部からの攻撃がなくても、内部から崩壊する。そしてまた、新たな共同幻想にもとづいて再生したり、別の新たな集団がつくられたりするであろう。外敵の侵略はなかったのに滅亡した文明は多々あるが、それはその文明を支えていた共同幻想の崩壊のゆえであると考えられる。

『ものぐさ精神分析』 岸田 秀 P.67

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[Review]: ひとつ上のプレゼン

ひとつ上のプレゼン。

私はプレゼンとういものは伝達が難しい抽象知を、わかりやすい具象知に変えてみせる、一種の「知の錬金術」ではないかと考える。
この「知の錬金術」を自在にあやつり、プレゼンが終わると同時にクライアントがハタと膝を打って、感涙のうちに採用決定になる。
これが私の理想のプレゼンだが、なかなか実現は難しい。

“ひとつ上のプレゼン。”眞木 準 P.13

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右肩上がりの予算

昨日、JR KYOTO ISETANの10Fにある京都拉麺小路で打ち合わせ。カフェの席。17:00頃に伊勢丹のエスカレーターから上がっていき、19:30頃に降りた。深刻に近いニュアンスがあてはまるのかな。平日を差し引いてもちょっとなって感じ。

1Fでは接客できない従業員が何人も立っている。正社員か派遣社員か判別できないけど、目の前の人たちだけなら微々たるコストだろう。だけど、計算を全店舗に展開すれば、利益を痛打するコストまででないにしろ、椎間板ヘルニアのような痛みを患うかもしれない。

雇用の数字や権利の問題で解決できない事態が、現場に生じていると観察できる。だけど、それを伝える人は少ない。大部分の人が目にするメディアは、すでに位置が違う。新聞は労働者を守るために報道しているのではなく、政権を交代させてたい一心で解雇を報道しているな、と僕は勘ぐってしまう。目的は政権交代、手段は解雇。

たぶん解決はない。というか、解決として提示される政治性のメッセージは、ぶっちゃけ幻影なんだ、自分は自分でどう働くか考えようという自立しか結局個人に残されないように思える。とてもつらいし、個人にかかる圧力は不均衡があるから、潰れる人も多い。でも、たぶん、どうしようもない。

via: 日経社説 この際、定額給付より雇用対策の充実を – finalventの日記

指摘のとおりだ。「かなり保護された労働者と、保護されていない労働者の亀裂」がある。保護された労働者が享受している事実を伝えられない。それらが集まって組織が形成されれば、こうなる。

良いか悪いかに関心を持っていない。衆を頼めば、こうなる。システムがそうなっている。保護されていない労働者は、保護された組織へ加入できるよう頼むか、あるいは、自分たちが行動するか。どちらの選択も、メッセージは政治。保護された組織は、加入を積極的に働きかけるか。消極的か。「政治家と労働者」の構図は成立しても、「労働者と労働者」の構図は描けない。否、描かない。意識的か。誰も虎の尾を踏みたくない。

同じことは、最近の雇用情勢
にも言えるのであって、
ぼくは、「正社員」とか、「派遣社員」
とか、そのような区別のような
ものがある社会のあり方を、
感情の根底において受け入れていない
というか、何を意味しているのか
よくわからないでいるところがある。

極端なことを言えば、全員がフリーランス
であるような、そのようなものとして
社会を見ているらしい。

via: 茂木健一郎 クオリア日記: わからない

昨日の、打ち合わせをしているとき、帰り際、相手の方が口にした。「来年度の予算は右肩上がりです」と。驚いた。数秒間、単語をリピートした。その間に、過去の自分を呼び出し、思考をトレースして、ようやく理解した。

前年対比で増収する予算、違う世界で活動する組織の現実は、まだ右肩上がりなのだろう。それは、労働者と労働者の中にも潜んでいるのかもしれない。

[Review]: 狂気という隣人

狂気という隣人―精神科医の現場報告 (新潮文庫)

先日、名古屋地裁である事件の論告求刑公判が開かれた(参照)。2005年2月、犯人は生後11ヶ月の男の子の頭部にナイフを突き刺し殺害した。男の子は頭部にナイフが突き刺さったまま夥しい血を流しており、母親が抱きかかえて絶叫していたという。検察側は「あまりに凄惨。誰もが計り知れない恐怖を覚えた」と指摘しつつ、「無期懲役が相当だが、被告は当時、心神耗弱だった。遺族の被害感情を考えると断腸の思い」として有期刑で最長の懲役30年を求刑した。

私たちの周囲には数多くのスキゾフレニック・キラー(統合失調症の殺人者)が存在しています。彼らの多くは検挙されても不起訴になり、裁判で事実が明らかにされることもなく、精神病に入院した後何年かすると再び社会の中に戻ってきているのです。

『狂気という隣人―精神科医の現場報告』 岩波 明 P.106

統合失調症の発症率は人口1%。これは全世界で変わらない。スキゾフレニックと呼称される予備軍はその数十倍ともいわれる。本書の物語は「向こう側」の出来事ではない。登場人物はみな”隣人”である。なのに実感がともなわない。いやそれどころか、私が「彼ら」になるとはつゆほども疑っていない。

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[Review]: そして殺人者は野に放たれる

そして殺人者は野に放たれる (新潮文庫)

昨今、凶悪事件が増加していると耳にする。それが事実なのかどうかわからない。むかしから凶悪犯は存在する。それが”マス”と相乗してクローズアップされているかもしれない。もし凶悪犯たちが私たちの「範疇」を越えたとき、野に放たれる(可能性が高まる)。昨年、私が住む滋賀県でふたりの園児が惨殺された(個人的には刺殺ではなく惨殺と受け止めている)。事件の概要は 滋賀県長浜市園児殺害事件 を参照していただくとして、容疑者はその後起訴され裁判中。「心神耗弱」を争っている。事件当初の衝撃にくらべ全国報道の時間が極端に減った。ゆえに地元新聞やメディアをとおして事態の推移を私は見守っている。

凶悪犯罪が、一〇〇%の理性によってなされるという発想も、一〇〇%の異常性によってなされるという発想も、私は間違っていると思う。しかし、こんなあたりまえのことが、専門家たちには承服できない。だから未だ日本には、凶悪犯罪者を心神喪失により無罪にする法(刑法三九条一項)はあっても、心神喪失により不起訴あるいは無罪にした凶悪犯罪者を処遇する施設が一つもない。

『そして殺人者は野に放たれる』 日垣 隆 P.67

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