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どこにいる

琵琶湖

現実は、おれの気高い性格にとってあまりにもとげとげしいのだが、ーそれでもおれは、青灰色の大鳥となってわが奥方の館にいて、天井の刳り型めがけて飛び立ったり、夕闇のなかで翼を引きずったりしていた。

『ランボー全詩集』 アルチュール ランボー P.376 イリュミナシオン ボトム

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医療は政治に迎合しない

琵琶湖

不幸中の幸いというべきか、毒性は強くありません。しかし、持病のある場合や妊婦では重症化するおそれもあります。また、秋以降に強毒化する可能性も懸念されています。

 このインフルエンザに効くワクチンは当分ありません。発症してしまった人はちょっと辛いのですが、これで免疫を獲得して今後同じタイプのインフルエンザにはかかりにくくなることが期待できますし、公衆衛生的観点からは集団免疫の成立にも貢献することになります。賢く行動してやり過ごしましょう。

via: 保健管理センター:新型インフルエンザに関する緊急情報(第2報) — 京都大学

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[Review]: 七回死んだ男

七回死んだ男 (講談社文庫)

科白の内容は妹に向けられていたが、舞姉さんの涙に濡れた双眸は最初から明白に冨士高兄さんに据えられていた。それでいて舞姉さんはこの場の誰にも実は語りかけていないのだった。完全な独り言だった。自分の世界に閉じ籠もり外の世界を認識する情性が完全に欠如してしまっているかのような危うさが漂っている。それが誰の眼にも明らかなだけに不気味というか鬼気迫る情念が伝わってくるのであった。

『七回死んだ男』 P.146

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誰も視なくなったゴールデン

少なくとも98年度下半期以降でNHKが同時間帯1位になったデータはなく、NHKも「これまで、半年間の平均でゴールデンタイム1位ということは聞いたことがない」。民放の在京キー局の幹部は「我々は社会の空気の変化についていくのが遅れてしまったのかもしれない」と話した。

via: asahi.com(朝日新聞社):NHK、視聴率トップに 上半期ゴールデンタイム – 文化

あえてのタイトルにしてみました。第一印象は、自分の生活と合致している。19:00から22:00までの間、Wiiの番組表をテレビ画面に映しても、視たい番組はない。奥さまは、コナン君やヤッターマンが好きなので、画面に映っているのを上の空で視ている。一人なら19:00か21:00のニュースを視る。それも最近では少なくなってきた。

この記事に便乗すると、今年に入って、SANKEI EXPRESSに掲載されている週間視聴率ランキング(TOP20)の変化が、気になっていた。NHKニュース(19:00)のランクインが、多くなった。それも、●●日付けとわかれてランクインしている。最初は、その日に災害や重大ニュースでもあったのかなぁと思い出すけど、そうでもない。ほんとうに「ニュース」を視ているんだと実感した。この記事を読んで、SANKEI EXPRESSのランキングは、脚色されていなかったんだと納得。

想像するに、ニュースと情報番組を融合させたような民放の手法に辟易しているのじゃないかな。あと、キャスターやコメンテーターのポジショニングトークが、耳障りな雑音に変わった。キャスターは、政治家や公的機関を糾弾したり、事件を批判したり、世情を憂えたりする。コメンテーターも同じ。視聴率が前提だから、分布図のもっとも集中している地点(=倫理や理解)へ、ポジショニングトークは着地する。言い換えれば、その地点の水準に合わせた番組を制作している。

分布図の中の大衆は、いままでテレビを視ていた。もっとも集中した地点からはずれた人も視ていた。分布図の外の人は、はじめからテレビを視ない。今、分布図の中の人が、テレビから離れつつあるか、あるいは、情報番組に価値を見出さなくなったんだと思う。そして、キャスターとコメンテーターの言動に疑問を抱きはじめた。

今ならネットで調べれば、おおよその事実関係を把握できる。大勢のブロガーがそれらについて書いている。優れたブロガーの思考は、たいてい尖っている。データを揃えて反論したり、対偶で世の中を観察していたり、倫理で価値を評価せずに論理で冷静に説こうと挑戦していたり、とさまざま。視聴率は関係ないから、対話できる(したい)相手へ言葉が届く。思考が尖っているから、読み手は、テレビにない情報を発見する。ライフハックな情報でも、テレビにないから重宝する。

ただし、情報と知性を峻別する判断は難しい。その難しさに気づき始めた。自分の言葉で伝えようとするブロガーの文字列と出会って、情報と知性を峻別する基準を持っていない自分に気づいたとき、テレビのくだらなさに驚く。そして、いままでテレビを視ていた「時間」を再考する。そうなると、テレビの前にもう座ってられない。情報を獲得する手段と割り切っても、効率は最悪、ノイズも多い。検索もできない。

「時間」に目覚めた人は、視聴者の分布図から外れて、事実を淡々と読み上げるNHKのニュースへなだれ込む。ブログのネタや書くきっかけがほしいから。NHKのニュースは、ノイズが少ない(公正や中立という意味じゃない)。30分ほど視て、あとはネットの扉を開くか、読書をするか、趣味の部屋に棲むか、ずっと仕事をしているか。いままで視聴率の一翼を担っていた10代は、携帯電話を片時も離さないし、それで視たいシーンだけ視たり、小説を読んだり、ネットにアクセする。音楽も聴ける。

って、長々と書いてきたけど、ほんとうは一言ですむ。それをさもブログ風に書きたかっただけ。一言は、「つぶやき」に書いとこ。

コンテンツを持ちたい

昨日は京都のM先生とウェブサイトの打ち合わせ。その後、食事へ連れて行ってくださった。お疲れのところ申し訳ないと恐縮しつつお言葉に甘える。お店は、四条高瀬川にある葱や平吉。初めてのお店。格子戸を開けてお店に入ると、2階の座敷席に案内された。12畳ほど(もないかな、いやもっと広いのか、空間認識能力が著しく欠如)の座敷にちゃぶ台が5、6つあり、座布団に座る。町屋を楽しめる造りで、部屋の明かりの色相は赤と黄色を混ぜた感じ、彩度と明度を低くしている。薄暗いほどじゃない。幕末なら武士たちが口角泡を飛ばしたのかなぁと思いつつ、腰をかけた。隣は年配の女性が5人。右斜め向かいは男女5人の年配の方々(2人は若かったかも、後ろ姿のみ)。真正面は男女2人。他にもお客さんがいたように思う。いずれにせよ、平日なのに賑わっていた。

テナント募集

最近、外食産業の業績が芳しくないと何かで読んだ。ファミリーレストランの不振が顕著だそうだ。原油の高騰や食材の不安など、外部要因が取り沙汰されている。専門家が指摘するから間違いないのだろう。ファミリーレストランという形態が曲がり角を迎えている、と思う。家で食べるのと何が違うのかよくわからないし、ファミリーなんて耳にすると空々しい。大通りを走れば、店(メディア)がどこにでもあるだけで、店の内容(コンテンツ)は同じ。

ファミリーレストランの苦戦と本を重ねてしまう。(仕掛けの要素が多分に含まれていると推察するけど)10代の女性が「ケータイ小説を書いている」らしい。 ケータイで小説を読めるのか、とびっくりするけど、10代には小さい画面は関係ないのだろう。それに、あの画面にあわせた文体や表現も登場していると推測している。なのに、本はハードカバーから文庫(ときには間にノベルズ)という流れをかたくなに守っている。まったく理解できない。本の中身ではなく、ハードか文庫か、新書といったメディアを売っているのかなぁと首をかしげる。

ひとつの種類の花にも色がある

自分の観察が頓珍漢だと認識している。けど、不思議だ。「同じ食事(ファミリーレストランのメニュー)」を出す「外見が違うお店(すかいらーく、デニーズ、ロイヤルホスト…..)」が至る所にあることが豊かなのかな。豊かさとはどれだけ選べるかだ、と思う。もちろん、いい悪いじゃないし、デニーズのガーリックトースト(今もあるのか不安)は絶品だし(笑)

アレ、他人を観察しているけど、自分はというと、コンテンツを作っていないなと落ち込む。それは昨日の打ち合わせでも感じた。自分のコンテンツを持てるようにほんとうに褌を締めてかからないと、地デジが登場するころには、いないだろう。というか、その頃には、僕の仕事の半分はなくなっているだろう。

こだわるに拘泥しない

手染メ屋さんのTシャツ

先日、 天然染料のオーガニックコットンTシャツなどを作っている手染メ屋【京都】さんでTシャツを一枚買ってきた。次は白地のTシャツを購入して手染めを教えていただくつもり。お店で手染め講習を受けながら自分で染める。はじめてお店に伺い粗相をしてしまったけど、ご主人と奥様の応対に感銘を受けた。よいお店に出会えた。帰宅後、お礼のメールを書いた。

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