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こだわるに拘泥しない

先日、 天然染料のオーガニックコットンTシャツなどを作っている手染メ屋【京都】さんでTシャツを一枚買ってきた。次は白地のTシャツを購入して手染めを教えていただくつもり。お店で手染め講習を受けながら自分で染める。はじめてお店に伺い粗相をしてしまったけど、ご主人と奥様の応対に感銘を受けた。よいお店に出会えた。帰宅後、お礼のメールを書いた。

手染メ屋さんのTシャツ

こういうお店を紹介するとき、「こだわる」を頻用する。もうずいぶん前から指摘されている話。こだわるは「つまらないことに心がとらわれて、そのことに必要以上に気をつかう」という意味でマイナスの評価に使う単語。それが、「細かなことにまで気をつかって味覚などの価値を追求する」と意味が変わり、プラスの評価に用いられるようになった。年配の人に使うときは気をつけたほうがいいのかもしれない(とこだわっている)。

手染メ屋さんのTシャツ

天の邪鬼なので、「こだわる」を使わずに表現しようとこだわって、「拘泥する」を使ったりする。ところがで、「そういうところに拘泥すると」なんて言い回しを口にしたら、まれに相手は、鳩が豆鉄砲を食ったようになる。拘泥という漢字が思い浮かばないのかなと思い、そのままスルーする。漢字は絵画だと実感する瞬間。

この言葉ひとつとっても会話って難しい。書けば前後の文脈で理解してもらえるし、辞書を引けばおおよその意味は通じる。だけど、「こだわる」という単語を会話のなかで使うとき、発話する方は「マイナスの評価」で使ったとして、受け取る方は「プラスの評価」に受け取ることも想定できる。極端な会話かもしれないけど(笑)

誤解を回避するために今度は漢字を使うと、混乱を招き、事態はあにはからんや。

言葉に拘泥すると伝達の手段に使いにくくなるし制限されてしまう。かといって品のない言い回しは極力避けたいし、できれば最適な意味を選択できるような言葉にこだわりたい。アレ、なんだかよくわからなくなってきたのでおしまい。

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毎日新聞を解約しませんか?

ネットを賑わしている毎日新聞社のHENTAI記事問題。どうしてこんな記事を書いていたいのか、はたして騒ぎの根っこは何か、ネットの本当と嘘をこれからじっくり考えるとして、とりあえず脊髄反射しておきます。毎日新聞を購読していらっしゃる方は解約を一考されてはいかがでしょう。

毎日新聞社は27日、英文サイト「毎日デイリーニューズ」上のコラム「WaiWai」に不適切な記事が掲載された問題で、コラムを担当していた英文毎日編集部記者を懲戒休職3カ月にした。また、監督責任を問い高橋弘司英文毎日編集部長を役職停止2カ月、当時のデジタルメディア局次長の磯野彰彦デジタルメディア局長を役職停止1カ月の懲戒処分とした。このほか、当時のデジタルメディア局長の長谷川篤取締役デジタルメディア担当が役員報酬の20%(1カ月)、当時の常務デジタルメディア担当の朝比奈豊社長が役員報酬10%(1カ月)を返上する処分とした。

本社は、担当記者が国内の雑誌に掲載された風俗記事を英文サイトに引用する際、不適切な描写のまま英文に翻訳した結果、多くの読者に不快感を与え、インターネット上で批判を受けるなど信頼を損なったと判断した。上司については、記事のチェックを怠るなどの監督責任を問うた。WaiWaiは今月21日に閉鎖している。

via: 毎日新聞社:「WaiWai」問題で処分 - 毎日jp(毎日新聞)

さらっと書いてありますが、理解不能の釈明文。理由は以下に。

25日、毎日新聞社の株主総会が開かれ、役員人事が無事に可決された。デジタルメディア担当だった朝比奈豊氏は社長に就任し、デジタルメディア局長だった長谷川篤氏は取締役となった。毎日新聞のお詫びって一体何なのだろう?

私の目が雲っていなければ、毎日新聞はお詫びと告知をしたはずだ。「監督責任者であるデジタルメディア局長、同コーナーの担当部長、担当編集者を厳重に処分します。」と書いてある。厳重な処分とは昇格のことを言うのだろうか。

via: 毎日新聞、HENTAI記事の責任者が揃って昇格。処分は一体どこに? | デジタルマガジン

当時の責任者が社長になるという「処分」。毎日新聞がWaiWaiに掲載して世界に配信していた英文記事(HENTAI記事)の内容はYouTubeにも。怒りとかそんな問題じゃない。人間の尊厳を踏みにじる記事のオンパレード。売国奴やら売日とか非難囂々ですけど、日本を売ったという以前の問題。下の動画に関連した動画をたどれば見るに堪えない記事の内容が続く。

果ては売春指南まで(参照: 痛いニュース(ノ∀`):毎日新聞、「小額で日本の少女を買春する方法」を紹介。海外大手サイトに掲載)。

参照記事

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終身刑は判決じゃなく刑の運用では?

政治家は機会をうかがっている。裁判所も同じかなと穿ったり。光市母子殺害事件の上告審で主任弁護を担当した安田好弘氏に罰金50万円(求刑懲役2年)の逆転有罪を言い渡した(参照:NIKKEI NET: 安田弁護士に逆転有罪で罰金刑・東京高裁)。4月23日。光市母子殺害事件の差し戻し控訴審判決の次の日。逆転有罪かつ異例の罰金刑。そして今度は「終身刑」が出てきた。首をかしげる。

現行法では、死刑に次ぐ重い刑は無期懲役。しかし、法務省によると、平均25年程度で仮釈放されており、死刑より軽く無期懲役よりは重い刑として、終身刑の創設を求める声が少なくなかった。

平沢議員は議連の意義について「死刑廃止論とは相いれないが、終身刑の創設の部分では一致している。平行線の存廃論議と切り離し、裁判員制度で市民が悩むことになる前に解決しなければいけない」と強調する。参加予定者の中には、山口県光市で起きた母子殺害事件の死刑判決をめぐり、「終身刑の必要性を考えるきっかけになった」と話す議員もいるという。

via: asahi.com:死刑賛成派も反対派も「終身刑を」 超党派で議連発足へ - 政治

私のような市井の徒がいずれ司法に参加しなければならない。今の私は罰金を支払うつもりだけど。法律をまったく知らない。にもかかわらず、ちょっと本を調べれば、終身刑は「判決」ではなく「刑の運用」の問題を含むと理解できる。たとえば、現在でも「非転向」の政治犯は仮釈放を与えられにくい。日本赤軍がらみとか。なのに政治家は「判決」の問題として俎上に載せようとしている。政治家と司法は判決と刑の運用の峻別を丁寧に説明すること、それが求められているのでは?

以前、芸人やタレントがコメンテーターをしているテレビ番組で「終身刑にしたらええやん」みたいなコメントをしていた。感情を顕に正しいことを主張していると言わんばかりの顔で。そのコメントに対して、八代英輝氏が「判決と刑の運用の問題」をわかりやすく解説した。コメンテーターは沈黙。

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[Review]: 文章読本さん江

文章読本さん江 (ちくま文庫 さ 13-4)

ブログをはじめて5年目に突入した。裏ブログの最初の頃を読み返すとフルチンで町中を疾走しているような気分。ブログB.C.から「文章読本」なるジャンルに興味をいだき、『谷崎版文章読本』でデビューをはたし、『三島版文章読本』で打ちのめされ、論文の書き方で路頭に迷った。おお、斉藤美奈子氏が御三家と銘打つではないか!

「私は、文章に実用的と藝術的との区別はないと思います」を説き、世に衝撃を与え、1934年に刊行された谷崎本をもって「文章読本」の嚆矢とされる(って私が勝手に書いてるだけ)。衝撃。そ、そうなんだ、自分の云いたいことを明瞭に書けばそれでいいのか、バンザーイ。意気揚々とブログを書く。書けない。呆然。やや、これはマズイ。今度は三島本に手を出す。「観賞用の果物/実用的な果物」と比喩して谷崎本を痛罵しているのを読み、深い絶望の淵に立たされた。え〜い、だったら、観賞用文章と実用的文章やら自分の云いたいことを明瞭に書くとかに惑わされず、論理的に書いたらどっちつかずでイイだろ!と思い清水本へ逝った。ここから冥想、いや迷走がはじまる。

まるで「食品本」のように。

殊勝な態度で文章読本を読んでいた時期が、かつては私にもありました。

それがいつ、どんな事情で「もう降りた」になったのか、具体的には思い出せません。[...]いずれにしても、いまの私は「上手な文章」などに何の興味も未練もなく、おかげで文章読本も無責任な野次馬の立場で鑑賞できるになりました。外野席から眺めると、ありがたいはずの文章作法が、あら不思議、滑稽なドタバタ喜劇にも見えてくる。名文家をめざすみなさまには、くれぐれも私の轍を踏まないようにと注意を促しておきましょう。『文章読本さん江(ちくま文庫 さ 13-4)』 P.339

ブログ全盛の時代、「文章読本」は姿を消したけど、「文章の書き方」系は次から次へと出版される。もう、ガチな文章読本は拒絶されるから、「こうやったら文章って書けるよ」みたいなライフハック系でライトな感じで。ついには魂の文章術―書くことから始めようなんてタイトルが登場してスビリチュアルへきたかと遠くに目をやり気づいたらアマゾンでポチ。とにかく書けだと。悟りだ。

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沈黙のCM

世界で最も効果なスーパーボウルのCM。30秒で220〜250万ドルとも。そのCMに60秒のCMを流す企業。内容は「沈黙」

すてき。想像力と欲望がなせる技。狡知と英知、両方を融解させる度量。

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クレイジーなヤツら

クレージーな人たちがいる。

反逆者、厄介者と呼ばれる人たち。

四角い穴に丸い杭を打ち込むように

物事をまるで違う目で見る人たち。

彼らは規則を嫌う。

彼らは現状を肯定しない。

彼らの言葉に心をうたれる人がいる、

反対する人も、賞賛する人も、けなす人もいる。

しかし、彼らを無視することは、誰にも出来ない。 なぜなら彼らは物事を変えたからだ。

彼らは人間を前進させた。

彼らをクレージーと言う人もいるが、

私たちは天才だと思う。

自分が世界を変えられると本気で信じる人たちこそが、

本当に世界を変えているのだから。

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エド・はるみさんってステキだなぁ

昨年、エド・はるみさんをYouTubeで知った。で、それ以来、YouTubeの映像をおっかけ。絶倒。そしてリスペクト。ブログもおっかけ。

エド・はるみ

頃、表現の方向を転換。お笑いを志す。このことについて、本人は「ふつふつと湧き上がる笑いに対する情熱を抑えきれず」と話している。事務所に所属していないアマチュアとして芸人コンクールのR-1ぐらんぷり2005に出場、2回戦で敗退。その後、本格的にお笑いの勉強をするため、吉本興業の養成学校である東京NSCに、11期生最年長として入学。2006年4月に卒業。同年5月17日に東京都新宿区のルミネtheよしもとで芸人デビューをした。

お笑いをせずそのまま仕事をしていたとしても十分にご活躍されていたのだろうと勝手に思う。でも、表現を方向転換した(Wikipediaが正しければ)。

それがなによりもリスペクト。ほんとうにすばらしいと思う。

できる理由よりできない理由を無意識に探して「やろうとしていない自分」に気づかない。こぼれるのは愚痴。

エド・はるみさんは「やる」を選択した。

まずは手をうごかせ。考えろ。ただし、「できない理由」を探しているなら何もするな。考えるのは「やる」ため。

時間や年齢、お金や環境を理由にしているならそこから抜け出せない。いや、抜け出す必要もない。できない理由を論理的に説明する人は多い。でも「やる」理由を明快に説明する人は少ない。そんな説明をする前にすでにやっている。

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視聴率は低迷した紅白でもコメントの出汁に使える

今日のSankei EXPRESSのコラムにピピっと。お題は『紅白と2ちゃんねる』。

大みそか、紅白歌合戦を見た。例年と違うのは、テレビのチャンネルをNHKへ合わせると同時に、パソコンを開いたこと。ネット掲示板「2ちゃんねる」にアクセス。視聴率低迷が続く紅白に対する反応を知りたかった。

2ちゃんねるには、実況板(正しい2ちゃんねる用語かどうかはご容赦を)といって目の前で放映されている番組について「リアルタイムに書き込む」板がある。たまにのぞいてみるけどおもしろい。含蓄に富む文章が散見。

そこにはたわいない発言のようにみえて、実は視聴者の意見が如実に現れるのが面白い。2007年最後の夜は、紅白への書き込みで盛り上がっていた。実力がおぼつかないと思われる歌手には、容赦ない批判が相次ぐ。しかし、歌唱力のある歌手、優れた演出には素直な賞賛の声。

今年の板ではGacktが話題をさらったらしい。紅白が終わらぬうちに動画サイトへ投稿されていたとのこと。

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視聴率を上げようとすれば下がる

NHK総合26年ぶり2位浮上 上半期ゴールデン視聴率

テレビ各局がしのぎを削るゴールデンタイム(午後7時-同10時)の視聴率争いで、本年度上半期(4月-9月)は、東京キー局でNHK総合がフジテレビに次いで2位になったことが、21日までのビデオリサーチの集計(関東地区)で分かった。上半期にNHKが2位に浮上したのは1981年以来、26年ぶりという。

各局の上半期の視聴率平均値は、

  1. フジ 13.5%
  2. NHK総合 12.2%
  3. TBS 12.0%
  4. 日本テレビ 11.6%
  5. テレビ朝日 11.2%
  6. テレビ東京 8.3%

だって。NHKの勝因は地震や台風などの災害報道や政局関連報道などでニュース番組がよく視聴されたこと。そうでしょうね。民放のニュースは災害報道ですらワイドショーみたいになってる。それを視る人は減ったとしても違和感ナシだな。2位以下テレビ朝日までダンゴ状態(と思うけど)、コンマの世界だから大騒ぎでしょう。日本テレビも往年の面影ナシ。

自分はと言えば、民放を視る機会がめっきり減った。バラエティーは歳を重ねるにつれ笑いについていけなくなってしんどい。ガマンしても、「ああ、予定調和やな」となんだか透けて見えてくるようで、乾いた笑いしかナイ。あと、どうも「身内」で盛り上がっているようでこれまたついていけない。

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堂入りを下界へ引きずり下ろさないでほしい

荒行住職いきなりお勤め…「人間業じゃない」ガッツ氏大絶賛

ただ9日間に及ぶ断食のため「かなり薄めたスポーツ飲料やおかゆ」で胃腸の回復をはかっているという。「体調が完全に元に戻るのには半月くらいかかるだろう」(関係者)。延暦寺には報道各社などから問い合わせが殺到しているが、来月中旬まで一切の取材を断り、星野さんの回復を静かに見守る考えだ。

妄想デス。このニュース、朝の情報番組で報じていた。たしかフジ。そのときの女性アナウンサーの声のトーンがやけに気になった。ものすごく軽かった。というか、アンポンタンな放言すれば、「わ〜、スゴ〜い」と幻聴した。明るく伝えるのは番組の性質上やむを得ない。でも、一瞬でも厳格に伝えるというか、静かに事実をありのまま伝える姿勢をほんの少しでも見せてほしかった。

星野円道さんが「堂入り」を終えたのは午前3時ごろ。約600人の信者が不動真言を唱える中、自分で歩くこともままならない状態で、両脇を僧侶に支えてもらいながら堂を後にした。信者の方々の目にはどう映ったのだろう。生身の不動明王に見えたのだろうか。

とにかくまったく想像すらできない断食断水断眠の行を満行した。そこに理解を超越した”何か”がある。それは私にはまったくわからない。わからないままでいい。分析や判断、評論なんかしなくていい。とにかく大阿闍梨が誕生した。それだけだけいい。

なのに、どうして「自分がわかるよう」に下界へ引き下ろそうとするのだろう。自分がわからないことをわかろうせず、わかることだけを自分の経験値に等価させようとする。わかりやすい平均値へと引っ張るエネルギーに悪寒。

“何か”を知る時、わかるから知るのでない。目と耳で情報を得た程度でわかるのでもない。わからないことがいたるところにあるという焦燥感と好奇心と絶望が”何か”を感じる原動力なのではないだろうか。

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