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ブログをKindleで、遺言です

パーソナルデータを世紀単位で保存できるのでしょうか?

ネットがパーソナルデータを世紀単位で保存できる仕組みを提供できれば、ヒトは情報に対して新しい概念を構築するんじゃないか、実現すればヒトはネット上で進化できるんじゃない? って想像しました。

まず、話を書くにあって以下の3つを想定していません。

  • 一企業の事業を想定していない
  • 新旧技術の対決を取り上げない(紙か電子書籍か デジタルカメラか銀塩かなど)
  • 専門的知識と技術を知らない

AppleはiPadを発表して電子書籍のプラットフォームを用意しました。iPadを使う広告写真を見ると、Appleは日常のシーンでもっとインターネットを提案しているように僕は感じました。生活のタスクをもっとオンラインへの提案です。

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投げつける

蓮

考えるものは、そういった類のものであって、言葉ではもちろん、絵でも表現が難しい。模型を作ることもできないだろう。だからこそ、頭の中で取り扱われるのだ。それでも、いずれは頭の外に出さなくてはならない。そのときには、やむをえず次元を下げ、ほんの一部分が投影されることになる。そして、適当な近い意味を現有の言葉の中から見つけて、受け手の想像力に期待しつつ、投げつけるしかない。受け取れる者は限られている。世界に何人いるだろう。

『ηなのに夢のよう』 P.13

開いた扉をいつ閉じるのか

奈良で買ったパン

三人に共通しているのは、「オープンマインド」ということである。
いつもにこにこしている。
これは「たまたまそういう人だった」ということではない。
この方々は、人間は「理解しがたいこと」を受け容れ理解しようと願い、それを受け容れるために脳の容量を押し広げているときに脳の情報処理能力が最高速になることを体験的にも理論的にも熟知しているからである。
「心を開く」ときに、脳の演算能力は向上し、「心を閉ざす」ときに、脳の機能は劣化する。
怒ったり、憎んだり、嫉妬したりしているときに知性の機能が上がるということはない。

via: 河合塾でお話 (内田樹の研究室)

Kさんから話を伺っていて、ぼくの欠点を認識できた。それを内田樹先生がエントリーで表現してくださっていた。まさに、

自分と意見の違う人の頭の中ではどういう推論がなされているのかを想像的に追体験してみる

via: 河合塾でお話 (内田樹の研究室)

が、欠落している。ぼくはこのプロセスを体験していないから、他者との会話不全に陥っているんだな。理解できた。意識して行動しよう。追体験しよう。