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[Review]: 日本の行く道 - 錯覚すると恐ろしい言葉
- 2008-08-01 (Fri)
- Review
「自立」という言葉には、「自立を口にした途端、自分の自立は実現されたと思い込んでしまう」という錯覚が、その初めから隠されていたんだと、私は思っています。[...]「私は自立を宣言した=私の自立は実現した」という状況が現出してしまったのではなかろうかと。そういう錯覚が「自立」という言葉に紛れ込んで、あまり意識されぬまま、「自立」というその言葉だけが定着してしまったのではないかと、私は思っているのです。『日本の行く道』 P.114
幸いにも「どうすれば自立できますか?」と質問された経験をもっていない。「自立」は錯覚させる言葉。錯覚したまま大人は子供に「自立」を促す。「自分にとって自立というのはどういうことなのか?」と思いついたとき、面倒になる。マークシートのように選択できない。でも、さかんに使われる。「自分のことは自分でしなさい!」の代用に。「自分のことは自分でしなさい!」はあたりまえだ。だけど、あたりまえを実行できているかと自分に問えばおのずとどの面も下げられない。
『凶気の桜』に「消し屋」が登場する。なんでも「消す」。消し屋に「どうすれば消し屋になれるんすか?」と尋ねる。「明日から消し屋になりましたと(裏の社会に)伝えればいい」と。よく似た質問をプロの○○に尋ねる人がいる。「どうすればプロのカメラマンになれますか?」と。「名刺を作って明日から事務所に配ればいい」と答えるプロ。固有名詞は宣言すれば実現されてしまう(かもしれない)。あとは他者の評価の問題。対して普通名詞はやっかいだ。宣言すれば実現できるような事象じゃない。
「さっさと自立しなさい! 自立しろって言ったでしょ!」で子供が育てられてしまえば、子供は、「なんいも分からないまま」でも、「大人」になってしまうのです。世の中が、その程度の「促成栽培の大人」でもかまわないということになっていたから、これで通ったのでしょう。「さっさと大人になってしまった子供」に、「君は本当に、”大人”なのか?」と聞いても無駄でしょう。「自立しろと言ったでしょ!」は、「大人になれって言ったでしょ!」の同義でもあって、これに対して「はい」と言った瞬間、「自立」になり「大人であること」は達成されてしまうのです。『日本の行く道』 P.117
「さっさと大人になってしまった子供」が「大人」の年齢に達したとき、「本当に君は大人になったのか」を検証をする。検証するのは誰? 無駄だ。四方八方から飛び込んでくる情報を意識的に捨てればわかる。検証された「さっさと大人になってしまった子供」は不安に陥り心を病む。大人は子育てしたと宣言し、子供は自立したと宣言する。互いの宣言を受け取った途端、自分の宣言内容と違うことに気づき、「心の病」が全身を蝕む。心の病を抱えたさっさと大人になった子供たちが突然生まれたかのように大人は受け止める。自分たちが発した「錯覚すると恐ろしい言葉」を置き忘れて。
「大人」を日本、「さっさと大人になってしまった子供」を国民と置き換えれば、ほんの少しだけ「日本の行く道」が見えてくる。それは自分が歩く道。
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山男と海男
- 2008-07-17 (Thu)
- Diary
鎌倉を訪れたとき、カラダがかつてないほど軽やかになってココロが浮きだったのはなぜだろうとずっと片隅に置いている。たぶん答えはわかっている。山と海。生駒山がすぐの場所で育った。山が好きだった。小学生の5,6年の2年間、月に2回ほどのペースで生駒山に登ってわざと知らない道を選んで山を下りた。知らない道を通るたびに山の表情が違うようでワクワクした。大山 (鳥取県)、剣山 (徳島県)、茶臼山 (愛知県・長野県)、車山を登ったり上高地周辺の山を登ったとき、頂上から眺める景色より道々の表情にココロが動いた。時を経ていつしか山への関心が薄くなった。ほんとうに好きではなかったと思う。だけど好きと使いたがる。
海。海は身近になかった。表情を感じとれない。よくわからない。身近にないから旅行で海を訪れた。伊豆、白浜、若狭、福井、北九州、小豆島、淡路島、高知、徳島、沖縄、宮古島…..それ以上は思い出せない。印象に残っているのは宮古島と伊豆。といっても、好きと言わない。好きを使わない。
この違いは何だろう? それが問題。
山男か海男、そんな言い方を耳にする。山型か海型かとも。分類という人間の癖のひとつだろう。主観。概念すら定義できない。だけど、それがあれば測りやすいから自分も身を委ねる。いままで山男だと納得していたけど違うようだ。旅行で訪れる海にカラダがあってるみたい。どうも周りが指摘する。海にいる私はイキイキしていると。泳げないのにイキイキしているのが不思議だと。だったら海男なんだな。ちょっとまて、イキイキと性格の指標に関連はないだろとツッコミ。いや、自分ではわからなくなってきた。
気づく。山男か海男かと分類しているけど、そもそも山と海はどうやって生まれたのだろうと。
山は、大陸移動(プレート移動)に伴う褶曲や断層運動、隆起、火山活動、堆積、浸食などの地理的要因により形成される。山 - Wikipedia
単語は理解できるけど原理を理解できない。
地球は46億年前にたくさんの微惑星が集まって誕生した。誕生直後の地球の表面は、微惑星の衝突エネルギーによる熱で岩石が溶けたマグマの海(マグマオーシャンと呼ばれる)に覆われていた。地表はマグマの熱と大気中に大量に存在した二酸化炭素による温室効果で非常な高温となっており、水は全て水蒸気として大気中にあった。その後地球が徐々に冷やされると、水蒸気として存在していた水が雨となって大量に降り続け海が誕生した。海 - Wikipedia
山と同じ。
私は、情報に興味が薄れていく自分と日常にあふれる原理に猛烈に興味がわいている自分の狭間を往来している。往来は混沌。混沌から秩序へかわるときがやってくるのかなんてわからない。なすがまま。ありのまま。そんな私にとって、山と海が両方ある鎌倉は福音。理屈の探求と理屈じゃない自然の両方を目の前にできたから。
山男か海男かという分類を自己決定する自分の馬鹿さ加減に嫌気がさす。自分の語彙から山男と海男を消した。二つの単語を消した代わりに、二つの新しい単語を手に入れたい。それは山と海。まだまだ先だ。
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堺雅人の徳川家定 実像と虚像
- 2008-07-13 (Sun)
- Diary
猫猫先生もやばいぞとおっしゃる篤姫 (NHK大河ドラマ)。たしかにやばい。以下、敬称略。
何といっても、「実は賢君」だというフィクションの将軍がまずかったね。原作とも史実とも違うのだが、うまい。宮崎あおいまで最近かわいく見えてきて、大変やばい。フィクションと割り切って考えれば、シナリオの質は高いのである。
山南敬助のイメージを確定させてしまったように第13代将軍徳川家定の虚像を構築したと思う。フィクションの家定はとかく震撼たらしめる。うつけを演じている時と賢君を演じているとき、両方を視聴者が見分けられるように堺雅人は演じる。演技の演技。視聴者が「暗愚か賢君か」の見分けが今日までつかなかったとしたら今ほど盛り上がらなかったのでは。支持される理由のひとつに、「わかりやすい」があるのではと(夫婦愛もふくめて)。
徳川将軍家を論じるとき、医学(科学)と歴史学を峻別して論じないと誤解をまねく。あとは闇の部分。前回、「長年毒を飲まされ続けたわしの身体はもうボロボロじゃ」と徳川家定は吐露した。日の目をみない事実もあったと思う。それは歴史じゃないとも。歴史は連続しているように錯覚してしまうけど、日常に埋もれた膨大な事実の断片をつなぎあわせた認識でしかない。認識を歪めるのは観察者。歴史学の実像や医学の仮説は、子孫が続く家の場合、ありのままに描写しづらいのではと穿ったり。差別や不快用語の範囲がひろがり、建前の倫理が表現を制限する「テレビ」をやるならNHKでも視聴率を看過できないわけで。そのへんの配慮が原作から差異を生じさせたのでは。
伝えられているように、天璋院篤姫が終生処女だったかもしれず(当時の女性としては悲劇)、島津斉彬の幕政への参画や大奥との確執、側室の妨害なんかの変数を将軍家と幕末の方程式に算入すると、(今の価値基準に参照すれば)解は不幸。四面楚歌の篤姫は徳川家定と画面で見受けられるような仲睦まじい夫婦であったかどうか、「おわ(あ)たり」がどれほどあったのか(数えるほどではと)なんて慮る。側室をあんまり全面に出すのも憚れる。じゃぁ、なんであんなにも徳川家のために奔走したのかというギモンが。そういった現代の価値基準を括弧に括って、論理だけで割り切れない、置換すれば、「画面に映らない」部分を自分で調べていくところに大河ドラマの虚像に対する好奇心がわいてくる。
それにしても、今回の配役を構想した人に拍手。いやぁ高橋英樹(島津斉彬役)が時代劇に必須と再認識。というのも、宮崎あおいや瑛太をはじめとする若い俳優が発話する「声」を聞いていると、どこか「ためらい」があるのかなぁと思う。自分たちが使わない言葉を発話する声が自分の耳に届く。それを確認しながら演じると、日常の自分と演技の自分に、普段の俳優以上の差異を身体が感じとってしまうからと考えてみたり。
ところが島津斉彬はもう成りきっているというか、外連味のない芸に達しているような印象。まるで日常生活のときからそんな言葉遣いをしているかのようで。違和感を自分のなかで抱いていない。「自分」と「自分」の間にズレがない、と勝手に私は楽しんでいる。
そのなかでやっぱり堺雅人が秀でている、ずば抜けていると勝手に唸って勝手に喜んでいる。だって大ファンなので(笑)
いや、ホント、強烈だよ、あの暗愚か賢君かの演じ方は。ときおり現代風なコミカルなふるまいをまじえて楽しませたり。
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45年ぶりの悲願達成
- 2008-07-11 (Fri)
- Article
1963年、サントリーはビール事業に参入した。それから45年、悲願達成の時が訪れた。今年1ー6月のビール類出荷量が発表され、サントリーは「万年4位」から脱出。創業者の次男佐治敬三氏は社名を「寿屋」から「サントリー」へ変更したタイミングでビール事業に参入した。参入理由は、「作ればなんぼでも売れるウイスキー全盛時代に慢心すれば会社がやがて傾く」との由。敬三氏の長男、父の事業を引き継いだ佐治信忠社長が選択した「価格戦略」。それが3位奪取の原動力となった。ビール各社が原材料価格の高騰に苦しむなか、サントリーだけが8月末まで価格を据え置く決定をくだした。最大の危機を最大の好機へ。信忠社長の判断を支えたものは何か?
市場参入から45年、赤字体質から一度も抜け出せなかったビール事業を手放さずに継続できた背景には、サントリーが株式を上場しない非公開企業であったことも大きい。企業価値の向上を求める株主に経営の自由度を制約される上場企業ならこうもいかない。SANKEI EXPRESS 2008.07.11./fri. 『初のシェア3位奪取 低価格志向が決め手』
信忠社長も「非公開だったから」とのコメント。いよいよ黒字転換も視野に入ってきた。3位の座を奪われたサッポロは、筆頭株主の米系投資ファンド、スティール社からの圧力を受けている。
非公開と上場の是非にと、この象徴的な転換を俎上に載せるのは短見。私は記事を一読したところ、非公開と公開のメリット・デメリット、それ以前の「そもそも」論すらわからなかった。ただひとつ、同じ制約を受けない個人もマネできることはなにか。
継続すること。そして考えること。両者を支えるのは情熱。
それを勝手に掬い取った。
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雨降って地固まる
- 2008-07-10 (Thu)
- Article
こういうときに使うのが正しいのかわかんないけど。パッと思いついたので。禍を転じて福となすのほうかな。
大聖堂の事務局長は「謝罪訪問という勇気ある行動に感銘を受けた。寄付金で落書きを消した個所に、学校名入りのタグ(銘板)を作りたい」との意向を示したという。
6人の学生は3月、すでに文書で謝罪し、許しを得ていた。直接謝りたいという全員の意向を踏まえ、学生の代表1人と学長らが私費で現地に赴いたのは9日。大聖堂の事務局長とともに面会に応じたフィレンツェ市の副市長は「文化を大切にする日本人の意思と厳しい態度に考えさせられた」と話したという。
普段はこの手の寄付は受付ないけど、今回は受け取って修繕費にあてるらしく、じゃぁ修繕するならと、大聖堂が提案。そういえば、この大学が学生に下した処分に甘いと苦情があったと聞いた。数百とも。苦情を放擲した人たちは、学長の行動をサキヨミしていたのだろうか。サキヨミなんて蠢動するのは脊髄反射にヒットさせたい思惑もあるのかな。話がそれた。とにかく咀嚼する術をなくしてきたのだろうなぁと実感。私も反応してしまいましたけど…..orz
「刈り」の報道が終熄することを願う。瑣末な出来事といい、それを取り上げる狂騒に失笑する人もいれば、直接謝罪に穿った見方を呈する人もいる。ほんといろいろだ。刈りといえば、こんなCMは日本なら狩られるのかな。
落書き、「落書」の重箱読み。おもに権力(者)への揶揄・風刺を書いた文を人目のつきやすい場所へ落として人に拾わせるから故。己を誇示するために書く行為と峻別しないとダメかもなんて頭によぎる。言葉と行為、難しい。そういえば、「沈黙と内緒の違いは?」なんて問いかけを目にした。答えを読んでなるほど。
学長の判断と行動に指導者の姿を学ぶ。
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[Review]: クライマーズ・ハイ
- 2008-06-26 (Thu)
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《日航機123便は長野・群馬県境に墜落した模様!》ーーーーー北関東新聞の遊軍記者悠木和雅が友人の安西との約束を果たすため帰宅しようとしたそのとき、共同通信社の「ピーコ」が伝えた。日本航空123便墜落事故、それは「単独の航空機事故としては世界最大」を伝えるはじまりだった。死亡者数は乗員乗客524名のうち520名、生存者は4名。完全遺体492, 離断遺体1143, 分離遺体351, 移棺遺体79, 総合計2065体。完全遺体のうち五体がすべて揃っていたのは177体、離断遺体のうち、部位を特定できたのは680体、部位不明の骨肉片は893体。遺族の方々はいまだ癒されることなく、何かすがって懸命に生きている。『クライマーズ・ハイ』は地方記者の現場が描かれている。だから、事故の一報を受けたあと「どっちだ?」が当初の最大の問題だった。群馬なら「ウチの事故」、社の総力を挙げなければならない。若手は「めぐってきたチャンス」にはやる気持ちを悠木にぶつける。世界最大のヤマを誰よりも早く踏みたい。かたや年嵩の男たちは精彩を欠く。
悠木も同じ気持ちだからわかる。
群馬で事件と言えば、「大久保事件」と「連合赤軍事件」を指す。大事件という形容は当たらない。地元記者にとってそれは「後にも先にも二度と起こらない事件」だった。[...]二つの事件は昭和四十六年、四十七年と立て続けに起こった。だからその時期記者をやっていた人間たちは「二度と起こらない事件」を二つまとめて経験したことになる。
「大久保連赤」と詰めて呼ぶ。担当した記者の多くはその後の記者人生を一変させた。一言で言うなら天狗になった。十三年もの間、事件の遺産で飯を食ってきた。「大久保」の昔話で美味い酒を飲み、「連赤」の手柄話で後輩記者を黙らせ、何事かを成しえた人間であるかのように不遜に振る舞ってきた。 『クライマーズ・ハイ』 P.49
記者の能力があろうがなかろうが、偶然とった金メダルを首からぶらさげて社内を闊歩する年嵩の男たち。そのメダルの色が一瞬にして色褪せた。それを感じとったから男たちは複雑な胸の内を抱えていた。やがてこの複雑な胸の内が組織の相克を生み出し、「世界最大のヤマを報道する意味」が悠木の目の前に立ちはだかる。凄惨な現場を踏んで変わり果てた若手、現場を「商売」にしようとJALの主翼をバックに記念撮影する幹部、販売と記者の確執、上層部の派閥闘争、単独の航空機事故としては世界最大の現場からわずかに離れたところで男たちは別世界に棲んでいた。
佐山が書いた二度目の現場雑感。
【御巣鷹山にて = 佐山記者】
若い自衛官は仁王立ちしていた。
両手でしっかりと、小さな女の子を抱きかかえていた。赤い、トンボの髪飾り。青い、水玉のワンピース。小麦色の、細い右手が、だらりと垂れ下がっていた。
自衛官は天を仰いだ。
空はあんなに青いというのに。
雲はぽっかりと浮かんでいるというのに。
鳥は囀り、風は悠々と尾根を渡っていくというのに。
自衛官は地獄に目を落とした。
そのどこかにあるはずの、女の子の左手を探してあげねばならなかったーーーーー。
『クライマーズ・ハイ』 P.103
本作品はこの夏映画で上映される。はやくもこの文章を映像化したシーンが紹介されていた。あの現場をなんとか再現しようとしたスタッフに感謝しながら佐山役の堺雅人は口にした。「(たとえ映画のセットが正確に再現されていようと)ココで520人が亡くなったのじゃない。それだけは忘れてないでおこう」と。そのとおりだと思う。
作者の横山秀夫氏は自身の記者時代に遭遇した日本航空123便墜落事故取材の体験をまとめて本作品を世に送り出した。ただ、事故そのものをテーマにしたのではないと思う。事故を素材に報道のありようを問いかける、もう少し踏み込むなら人の命を問いかけているように思う。
二十歳ーーー悠木の半分しか生きていない娘がメディアの本質を見抜いていた。
命の重さ。
どの命も等価だと口先で言いつつ、メディアが人を選別し、等級化し、命の重い軽いを決めつけ、その価値観を世の中に押しつけてきた。
偉い人の死。そうでない人の死。
可哀想な死に方。そうでない死に方。
[...]
《私の父や従兄弟の死に泣いてくれなかった人のために、私は泣きません。たとえそれが、世界最大の悲惨な事故で亡くなった方々のためであっても》
『クライマーズ・ハイ』 P.411
二十歳の娘が書いた投書にある”従兄弟”はかつての悠木の部下。その死がいまだ悠木の背に重くのしかかっていた。この作品が日本航空123便墜落事故だけに焦点をあてず、何か冗長的な感覚を抱かせるのは、この娘を登場させるためじゃないかな。そして、この娘の言葉がすべてだと思う。
悠木が全権デスクを指名されたにもかからず、組織の相克に巻き込まれていくなかで、随所で「判断」が迫られる。だけど、その判断は決して論理で導き出されなかった。どちらかといえば叙情であり、情動が論理を押しのけ意志を決定してきた。そしてその決定は周囲をさらに沸き立たせる。だけど、最後に佐山から発せられる言葉も情動だ。その言葉に悠木は落涙する。
論理か情動かじゃなく、人が判断するとき、大きく占める要素は何か? 見誤ってはいけない。
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[Review]: 日本という方法
- 2008-06-25 (Wed)
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コメンテーターが「元来、日本という国は」なんて口にしたら「チープでシンプルなナラティヴ」の鋳型かもしれないと眉に唾をぬってみる。天皇制が日本史を仕切っていた歴史はなく、武士道は徳川初期や明治前期の所産とのこと。ならば、日本が単一民族国家である説にいかが答えようと問われれば、その説は『単一民族神話の起源―「日本人」の自画像の系譜』によって論破された(らしい)。なるほど日本の歴史の年表を眺めたとき、「○○時代」で区切られているだけで、縄文時代から現代まで一本道で描かれる。世界史に散見されるような国そのものが変わったり王朝の交代などない。驚くばかり。だからといって、一貫性を主張するのは早計だ。
そもそも日本の自信って何なのでしょうか。明治維新で得たもの? 徳川鎖国体制がしからしめたもの? 芭蕉のサビや近松の浄瑠璃? 武士道みたいなもの? 信長らしさ? 竜安寺の石庭? それともずっとさかのぼって藤原道長の王朝文化や聖徳太子あたりにあったもの? それなら、その自信はどういうものだったのか。説明してほしいものです。
私は、このような問答があるたびごとに、日本のよさやおもしろさというのは、必ずしも「自信」や「強さ」や「一貫性」にあるわけではないと話してきました。歴史のなかのどこかに強いナショナル・アイデンティティの軸の確率があったわけではなく、また数人の思想家や芸術家によって日本の代表するイデオロギーが確立されていたわけではないと私は思っているからです。『日本という方法―おもかげ・うつろいの文化』 P.9
いやいやそんなはずない。「一途」は確立されていないか。確かに一途ではある。同時にたいそう多様でもある。日本は「一途で多様な国」といえる。代表格は多神で多仏(ステレオタイプだけど)。天皇と将軍、関白と執権、仏教と神道、それに儒教と民俗信仰。それらがヨーロッパのように二項対立で語られない。二項同体。二極を消すように腐心した。「正」と「反」が止揚して「合」にいたる。失敗すれば二項は対立したまま残る。それはまずい。事象は根本に撞着があるからこそ次の発動をおこす原動力となる。根本撞着が新たなモノを産む。
私たちの祖先は実におもしろい。枯山水から水を抜いた。キャンバスにすべてを描き尽くす油絵と異なる日本画を編集した。水を感じたいから、墨を感じたいから「余白」を産んだ。極度に短い詩歌のスタイルをとった和歌や俳句、省略が効き過ぎた禅庭や数寄屋造りなど「静かな日本」という面影を残しているかと思うと、他方、歌舞伎や日光東照宮の装飾、派手な山車の華麗で過剰な装いなど「賑やかな日本」という顔を持つ。前者は引き算をいかし、後者は足し算をいかした。どちらが本当の日本ではなく両方とも日本だ。一見、「黒と金」や「侘びと黄金」のように対比されて説明することもあるけど、静かな日本と賑やかな日本には共通の方法が潜んでいる。主題を述語的につなげた。主語的につなげていないところがおもしろい。主語が見えにくい日本。
宗教や文化だけじゃない。東国では貫高制の金の決済、西国では石高制の銀の決済が江戸後期まで続いた。東は水田優位社会、西は畑作優位社会。道具や言葉遣いも多様だ。神主さんと禰宜さん、湯と風呂、いろりとかまど、オトトイとオトツイ。
松岡先生はそういった日本の方法を「日本の方法」ではなく「日本という方法」と表現する。
表題を『日本という方法』としました。日本が「方法の国」であってほしいと思っているからです。「日本の方法」ではなく、あくまで「方法の日本」というところが眼目です。
そんなこと、同じだろうと思ってもらっては困るのです。たとえば「映画の都市」と「都市の映画」、「仮説の作業」と「作業の仮説」はちがいますし、「数学の方法」と「方法の数学」はあきらかにちがうのです。私は、古代アジア社会から日本が自立したときすでに、東アジア的方法から日本が生まれてきたと見ているのです。第2章にその経緯に一端を詳しく書いておきました。その方法の記憶こそ母なる日本だと見ているのです。[...]
方法は主題ではありませんが、主題を包摂する数々の可能性をもっています。たとえば茶碗のもちかた、測定のしくみ、板書の書きっぷり、交渉のやりかた、刺身の切り口、摺り足の運びには、茶や料理や能の、技術や教育や外交の本質があらわれることがあるのです。いや、以前も現在も、そのようなところにこそ、日本が日本自身を編集してきた特色が静かに発露しているのだと思われます。それが私が語ってみたかった「日本という方法」です。『日本という方法―おもかげ・うつろいの文化』 P.317
「日本という方法」を語るのに縄文時代まで遡り、そして昭和日本の「日本の失敗」まで駆け抜ける。まさに日本の歴史を「編集」した。編集された日本は「絶対矛盾的自己同一」の葛藤に向きあってきたと読み取った。矛盾を排除せず受け入れ、かといって矛盾のまま残さず同一しようと試みる。だから二項対立どころか多項対立も決めこまない。多項同体。矛盾を同一しようなんてできるわけがないと「わかっている」のに漸進していく。その過程で創造されるはたらきを矛盾と同一の相互作用として感じとる。その感性が「日本という方法」の国の母じゃないかな。
『Pirates of Silicon Valley』という映画に登場する言葉。Steven Paul Jobsが好んで使う言葉。
「Good Artists copy, Great Artists steal」(優れたアーティストは模倣するだけだが、偉大な芸術家は盗む)
パブロ・ピカソの名言。この言葉の意味が本書を読むと少しだけ理解できた。
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[Review]: 近江から日本史を読み直す
- 2007-12-10 (Mon)
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先週の土曜日、近くの皇子山公園へ散歩に。紅葉はもう終わり。いよいよ冬がやってきたなぁとそぞろ歩く。そのまま大津市役所-三井寺方面へ。道中、市役所の裏側にある弘文天皇陵に足を踏み入れる。
大友皇子はのち「弘文天皇」と諡され、その御陵は大津市役所の西側にある。江戸時代までは天皇の扱いではなかったが、明治初年に至り、承久の乱(一二二一年)で廃立された仲恭天皇(九条廃帝、懐成王)とともに天皇として皇統譜に記入された。ただ、これは水戸学的な名分論による立場からのもので、疑問視する学者も少なくない。『近江から日本史を読み直す』 P.38
静寂な陵と大津市役所の建物はみごとなディスプロポーションを演出。なぜここに永眠しようと決めたのか、周囲に飛び込んでくる景色を排除する。今立つ場所から琵琶湖を望めるか空想。ほんとうに不思議。天皇陵が自宅のすぐ近くにあるなんて。そんな環境だけど気づかないと素通りしてしまう。
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[Review]: 官僚とメディア
- 2007-05-10 (Thu)
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事件記者たちが 当局の捜査を批判する記事のスタイルを持っていないのは、日本のメディアの報道が「客観報道主義」に基づいているからだ。記事のスタイルはこの客観報道主義に基づいて交通事故や窃盗事件から誘拐殺人のような大事件にいたるまでそれぞれに応じて決められており、新人記者はそれを覚え込まされる。『官僚とメディア P.116
新聞原稿にはスタイルがあり、それは学生時代に書いてきた文章とはまったく違う。火事には火事の 、殺しには殺しのスタイルがあるという。このスタイルにそって記事を書かなければならない。
記者の「主観」は排除される。徹底して主観の視点が排除され、官庁が集めたデータや、官庁の見方に依拠する。だから「誤報」はあり得ない。当局発の情報に依拠しているから間違えないという論法だ。
ただし、その姿勢が時に「官庁の広報」と化す。
さらに日本のメディアの特質を形成している要因がひとつある。それが、記者クラブ制度。
新聞やテレビが流す情報の七・八割(私の実感に基づく推測値)は各種の官庁から供給されている。記者たちの多くが官庁のなかに設けられた、閉鎖的な記者クラブに所属し、そこで役人のレクを受けたり、役人宅に夜討ち朝駆けをかけたりして情報をとる。記者たちに要求されるのは官庁情報をいち早く簡潔に、しかも正確に記事化することだ。それができる記者は優秀とされ、そうでない者には「ダメ記者」の烙印が押される。同P.120
風邪薬に中国産毒性物質混入されていた海外ニュースがどうして報じられず、ペットフードの記事も旧聞になってから朝日が報じる程度。その理由も本書によって氷解した。
「メディアは情報幕僚の一役を担ってもらいたい」———-そんな官僚の算段が見え隠れするし、メディアも確信犯的ふるまいに終始していないか。そこに”なれあい”が生まれ、批判を排除された客観的事実が流される。
しかし、それは果たして客観的事実なのか。主観/客観を形而上学的に論じれば甲論乙駁となる。それを捨象したとして、マスコミが報道する記事は、官庁が編集した主観的事実のように私には映った。
本書には「耐震偽装問題」が登場する。人心を惑乱させるかのように飛び交ったメディアの報道はいったい何だったのか。当初から政財官のトライアングルを報じようとした。しかし、蓋をあければ姉歯の個人犯罪だと裁かれている。「姉歯の個人犯罪 」という見解の一部始終が本書で述べられている。
私は新聞も読むし、ニュースも視聴する。とはいえここ数年、それに割く時間が激減した。メディアリテラシーという単語で片付けるのではなく、じっくりと立ち止まって考える時間と空間が必要だと思う。
ジレンマは事件の一次情報を自ら取得できないということ。こればかりはマスコミの「広報」に頼らざるを得ない。そこに「気づいた」とき、ジレンマを抱えたが、今は違う。
もう新聞やテレビから自らを遠ざけていけば、痛痒を感じない。無関心ではなく、何を取捨選択するのかを、日々の事件や事故から吟味するのではなく、ひとつ次数をあげた視座から掬い取れるようになりたい。それを再認識させてもらった一冊。
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