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[Review]: モードの迷宮
- 2008-04-04 (Fri)
- Review
一昨日、NHK 番組たまご 東京カワイイ★TVを視た。オモシロイ。「カワイイ」は世界中で”そのまま”使えるらしい。P.ヒルトンを世界のセレブが東京へやってきては、「カワイイ」を連発していた。こういう現象は、言葉と意味が対にならないときに生じると思う。「カワイイ」という概念を表現する言葉がないのかなぁと思いながら視ていた。
不思議な気分。衣服の機能性を大きくかけ離れたり、本来の役割を果たしていない布に惹かれるひとたち。驚いたのは男性が購入したパーカー。沢村一樹さんはパーカーのキャラクターを指さし「サメ?」と尋ねた。私にもそう見えた。違った。パンダらしい。それが29,400円。番組によると、このブランドに若者は列をなすだって。20代以下の新車離れを映像から納得できた気分。
衣服の多くは布で仕立てられている。衣服は身にまとうものであり、さらに身体はたえまなく動くものだから、衣服の素材としては、軽くて伸縮性があり、身体の動きに合わせてそのつどシルエットを変化させることのできる布地がもっとも適している。これは機能性という観点からしえ自明のことだ。布地が裁断され縫い合わされてひとつの衣服に仕立てられ、それをいざみにつける段になれば、ある程度の遊びをのこしながらもだぶつかないようにまとめ、絞り込み、ずり落ちないようにどこかで留め、固定しなければならないというのも、これまた当然のことだ。そしてその場所は、首や腰など身体のくびれた部分が適しているということも。『モードの迷宮 』 P.33
自明であるずがどうやらそうでもない。ネクタイやベルトは衣服をまとめて留める機能から逸脱して、「縛る」といった働きへと転換している。衣服の領域を超えて身体へと及んできた。テレビの前に映る若者も。機能性を無視した衣服。顔のいたるところに穴があいている。果ては携帯電話に「衣服」をまとわせている。それを「カワイイ」という。携帯電話と衣服。まるで携帯電話を自分の身体の一部と化しているかのように。
とはいえ、モードの「身体への攻撃」は今に始まったことではない。19世紀には、体中を雁字搦めに拘束して、包み隠した。歪めた。異様に細い腰。肋骨が変形してまでも流行したコルセット。それが当時の美。
日本も同じ。吉原の太夫。花魁道中でえがくハの字に人々は見せられる。太夫は「オリジナル」の八の字を描くべく探求する。視線が注がれる先にあるのは八の字を描く「高下駄」。異様なまでに高い下駄。30cmにも及んだ。介添人なしでは歩けない。ゆっくりとゆっくりと、その姿が痛々しい。悲痛と凜、それが太夫の美をきわだたせる。
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歪み醜く狂う
- 2007-04-10 (Tue)
- Diary
私と周りのバランスを大切にする。そのために「正しいバランス」を求める。でも正しくなければ釣り合わないのか。世情に通じずいびつな我であっても実はそれで釣り合っていることもある。
世に対しすすんで背をむけるでもなく、勇ましく飛び込むでもない。ただ控え目に醜く生きたい。でも受けるがままの首輪を拒否する。
まずは己が一歩踏み出さなければ何もはじまらないし何も終わらない。
「できるからやる」は「できないことはやらない」と同義。「やらなければできない」と選択する意志でありたい。その先に何があるかわからない。わからないと思い込む自分に陶酔する。それを私は忌み嫌う。わからないことをわかろうとする欲と凜がつり合うための糧となる。
バランスとは正しくつり合うことではなく、極度のゆがみから生じる唯一の居場所。偶然に誕生し偶然に生き延び偶然に死ぬ。それが必然。
多くの者がつり合う方法を知りたがり訊く。しかし、「なぜその方法なのか?」と意味を問う者は少ない。
バランスを大切にするから一日一日を狂う。
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