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45年ぶりの悲願達成
- 2008-07-11 (Fri)
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1963年、サントリーはビール事業に参入した。それから45年、悲願達成の時が訪れた。今年1ー6月のビール類出荷量が発表され、サントリーは「万年4位」から脱出。創業者の次男佐治敬三氏は社名を「寿屋」から「サントリー」へ変更したタイミングでビール事業に参入した。参入理由は、「作ればなんぼでも売れるウイスキー全盛時代に慢心すれば会社がやがて傾く」との由。敬三氏の長男、父の事業を引き継いだ佐治信忠社長が選択した「価格戦略」。それが3位奪取の原動力となった。ビール各社が原材料価格の高騰に苦しむなか、サントリーだけが8月末まで価格を据え置く決定をくだした。最大の危機を最大の好機へ。信忠社長の判断を支えたものは何か?
市場参入から45年、赤字体質から一度も抜け出せなかったビール事業を手放さずに継続できた背景には、サントリーが株式を上場しない非公開企業であったことも大きい。企業価値の向上を求める株主に経営の自由度を制約される上場企業ならこうもいかない。SANKEI EXPRESS 2008.07.11./fri. 『初のシェア3位奪取 低価格志向が決め手』
信忠社長も「非公開だったから」とのコメント。いよいよ黒字転換も視野に入ってきた。3位の座を奪われたサッポロは、筆頭株主の米系投資ファンド、スティール社からの圧力を受けている。
非公開と上場の是非にと、この象徴的な転換を俎上に載せるのは短見。私は記事を一読したところ、非公開と公開のメリット・デメリット、それ以前の「そもそも」論すらわからなかった。ただひとつ、同じ制約を受けない個人もマネできることはなにか。
継続すること。そして考えること。両者を支えるのは情熱。
それを勝手に掬い取った。
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[Review]: 墜落遺体
- 2008-06-27 (Fri)
- Review
昨日、クライマーズ・ハイのレビューを書いた。横山秀夫氏が自身の記者時代に遭遇した日本航空123便墜落事故取材の体験をまとめた作品。ただ、「墜落現場」は描かれていない。事故そのものがテーマじゃないから『墜落遺体』も扱われていない。レビューで紹介した現場雑感、佐山は左手を失った女の子を抱える自衛官を書いた。実際の現場は凄惨を極めた。著者は事故当時、高崎署刑事官在職にて身元確認の班長につく。
完全遺体といっても、潰されて形を失った顔面。前頭部の飛んだ頭蓋。二つに切断された胴体。焼けただれて分解しつつある焼死体。手足がちぎれ、下顎骨がかろうじて首と繋がっている、といった遺体が多い。
そして脳髄は脱出して無い。眼球は飛びだすか、めりこんでいる。肋骨はバラバラに折れ、脊柱も潰れて体が円くなっている。
手足は多発骨折か切断か挫滅創。腰の安全ベルトのせいか、下腹部で切断されているか、大きく破れて内臓が噴出している。『墜落遺体―御巣鷹山の日航機123便』P.62
完全遺体がそうならば離断遺体、分離遺体となると絶句する。遺体(部位も含む)のひとつひとつを丹念に調べ身元を確認していく作業、作業に従事する人々の懸命な働きを克明に記録している。
遺体の状況
- 「何だこれは…..」毛布の中から取りだした塊を見て、検視官がつぶやく。塊様のものを少しずつ伸ばしたり、土を落としたりしていくうちに、頭髪、胸部の皮膚、耳、鼻、乳首二つ、右上顎骨、下顎骨の一部、上下数本の歯が現れてきた。
- 二歳くらいの幼児。顔の損傷が激しく、半分が欠損している。それなのに、かわいい腰部にはおむつがきちっとあてがわれている。
- 五二〇人という数字も大変だが、実際に回収される遺体は数千体にもなっている。
- 「目が三つある死体があるのですぐ来てください」
- 中には一週間もたっていないのに白骨化しているのもある。
- 連日の猛暑のため、遺体に蛆が湧き、腐敗の進行も早いため、数日後からの回収遺体は原形をとどめていないものが多く、確認作業は困難を極めた。
遺体の身元確認作業
- 「焦点が合わないんです」写真担当の若い巡査が、カメラを両手でもったまま泣きべそをかいている。
- 検視官も医師も首にまいた汗止めのタオルや上腕部を使って、汗を一緒になった涙をしきりに拭っていた。
- 「これは仕事なんだ」と割り切れない、と。
- 多くの医師、警察官、看護婦たちが不眠不休で凄絶な現場で闘っている。「殉職者だけは絶対に出してはならない」
- せっかく出勤してきたのに、臭気にまいって検屍作業もできずに嘔吐、その後数日か寝込んでしまった若い歯科医師
- ものすごい死臭と、これが人間かと思われる炭化遺体を目の前にして、失神寸前となった医師。
- 一度だけは検屍はしたものの、米が蛆に見えて食べられず、一週間ザルソバで通した医師。
- 「班長! また子どもじゃあねえかよ。俺は子どものはもう嫌だよ。なぜ俺んとこばっかり子どもなんだよ」突然、まだ三十代前半であるが、検屍業務では熟練のT巡査部長が本気で怒りだした。
遺体と対面した遺族
- 他の列でも日航職員が正座して、棺の中に顔を半分入れて謝っている。そこには下顎部から下の女性の挫滅遺体が納められている。
- 母親が狂気のように叫び、抑えようもない激しい悲しみと怒りに床の上をのたうちまわっている。
- 炭化して、人間としての原形すら残されていない父と対面し姉と妹が、失神して仮の救護室となった放送室に運ばれる。
- どうにもならないほどの深い悲しみをじっと心の内奥に閉ざし、必死に耐えるのも人間の究極の姿である。
- 「僕は泣きません」前頭部が飛び、両手の前腕部、両下肢がちぎれた黒焦げの父の遺体の側で、十四歳の長男が唇をかんでいる。
- まるで地獄絵図のような、想像を絶したすさまじい情景は、宿命だとか運命だとかで表現し、簡単に他人の人生を総括できるものではなかった。
遺体をあつかった看護婦
- 遺族からの遺体取り扱いについての苦情はほとんどなくなった。それは医師会派遣の看護婦と日本赤十字社が動員した看護婦たちの、やさしく甲斐甲斐しい働きによるところが多い。
- とりわけ、胴の部分がピチッと締まったベージュの上衣に裾のすぼまったスラックス姿の日赤看護婦のきびきびした動作とその気丈さには、医師も警察官も驚嘆し感動さえ覚えた。
- 遺体に付着した泥や木の枝や杉の葉などを取り除き、髪の毛、頭、顔、胴体そして腹部から脱出した内臓まで丹念に洗う。
- 洗った髪に櫛を入れ、頭の表皮から指の一本一本に至るまで、ていねい清拭した。
- 長い髪の毛に顔の片側部分の皮だけがついている離断遺体があった。看護婦は髪を洗い、櫛でとかし、顔の皮膚の裏側から手を添え、ガーゼを用いて和紙に付着した汚れでも落とすようにそっと拭く。強く拭くと表皮が破れてしまうからだ。ファンデーションで化粧をほどこし、三分の一ほど残っている口唇にも薄く口紅をさした。
- 「これが人間なのか」「人間であったのか」想像を絶するすさまじい遺体を前に、看護婦たちは黙々として清拭、縫合、包帯巻き等の作業を、夜を徹してやり通した。
- 「あのような現場では、その人が能力があるとか、経験があるとかではないですよね。あの極限状態では、誰だっておかしくなります。ご飯が食べられなかったでしょう、なんてよくいわれましたが、その程度の次元で話されたくはなかった。そんな心境、そんな場面ではなかったんですよ。」
- 領収書の宛名から、誰の内臓であるかの手掛かりにするという。内臓だけが戻される遺族の思いが頭をよぎる。ビニールの中に内臓だけが入れて棺の中に納めるなんて考えられない。内臓をさらしでていねいに巻いてお棺に納めた。
- 河野は他の看護婦に手伝ってもらい、子どもの胴体部、手、足の形を相当な時間をかけてつくった。頭だけを棺に入れるなんてとてもできないと…..。
前後の文脈も省略している。凄惨をきわめた身元確認の現場となった体育館、体育館に響き渡る遺族の慟哭と怒号、不眠不休の医師、縁の下の力持ちの看護婦。いずれも全体のほんのわずかなシーンを切り取ったにすぎない。それでも何か琴線にふれたなら手にとって読んでほしいと思う。
事故を風化させてはならない、二度と事故を起こしてはならないという言葉を加害者が口にしたとき、「絶対そうであってほしい」と願いつつもむなしさを感じる。 日本航空123便墜落事故から20年後にJR福知山線脱線事故が起きた。もちろんこの事故だけにかぎらず毎日のように事故は起きている。私はいずれの事故にも「テレビを視る側」でしかなかった。そんな側から少しでも離れるためにこれからも読み続けたいと思う。
いつ自分も事故に遭遇するかわからない。それだけがわかっていることだから。
タグ: document, Review私が一日も欠かさず、時には一日に何回も会う遺体があった。会ってことばをかけ、抱いてやらなければその日の作業が終わっても、家へ帰れない心境になっていた。「A列8番」の棺。その中には、幼い女児の頭部だけが寂しく眠っている。首からスパッと切断されているが、顔面頭部にはほとんど損傷もない。顔などはかすり傷ひとつないようにきれいだった。
まるでコケシ人形の童女のように、たまらなくあどけない。小さな唇と、愛くるしいほっぺには、ほほ笑みさえ感じられる。日赤の看護婦さんがやさしく洗い、櫛でとかしてやった黒く柔らかい髪の毛もそのままだ。
「三歳以下の女の子には間違いないよ」と東京歯科大学の橋本。
犠牲者の中に四歳以下の幼児だけでも一四人いた。このうち女児は八人である。私も橋本、木村、新谷ら先生方も、「M・Yちゃん(一歳)に間違いないのになあ」と早いうちから確認していた。それなのにいつもったひとりで棺の中に…..。
私はM・Yちゃんが、不憫でならなかった。帰宅する前には深夜でも明け方でも、必ずM・Yちゃんに「お休み」をいう。そのままM・Yちゃんの目線を私と同じ高さにして、二人の顔がくっつくぐらいの間隔で話す。
「M・Yちゃん、ごめんね。早くお家に帰りたいねえ、もうすぐ帰れるから待っててね、・・・・・おやすみなさい・・・・・」
時には冷たく凍ったM・Yちゃんの額を私の額いつけながら話すこともあった。このころ、「隊長も少しおかしくなったんじゃねえの」二階の観覧席から私の奇異とも映る毎夜の行動を見て、そんなことをいう班員もいたとか。『墜落遺体―御巣鷹山の日航機123便』 P.252-253
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[Review]: 日本という方法
- 2008-06-25 (Wed)
- Review
コメンテーターが「元来、日本という国は」なんて口にしたら「チープでシンプルなナラティヴ」の鋳型かもしれないと眉に唾をぬってみる。天皇制が日本史を仕切っていた歴史はなく、武士道は徳川初期や明治前期の所産とのこと。ならば、日本が単一民族国家である説にいかが答えようと問われれば、その説は『単一民族神話の起源―「日本人」の自画像の系譜』によって論破された(らしい)。なるほど日本の歴史の年表を眺めたとき、「○○時代」で区切られているだけで、縄文時代から現代まで一本道で描かれる。世界史に散見されるような国そのものが変わったり王朝の交代などない。驚くばかり。だからといって、一貫性を主張するのは早計だ。
そもそも日本の自信って何なのでしょうか。明治維新で得たもの? 徳川鎖国体制がしからしめたもの? 芭蕉のサビや近松の浄瑠璃? 武士道みたいなもの? 信長らしさ? 竜安寺の石庭? それともずっとさかのぼって藤原道長の王朝文化や聖徳太子あたりにあったもの? それなら、その自信はどういうものだったのか。説明してほしいものです。
私は、このような問答があるたびごとに、日本のよさやおもしろさというのは、必ずしも「自信」や「強さ」や「一貫性」にあるわけではないと話してきました。歴史のなかのどこかに強いナショナル・アイデンティティの軸の確率があったわけではなく、また数人の思想家や芸術家によって日本の代表するイデオロギーが確立されていたわけではないと私は思っているからです。『日本という方法―おもかげ・うつろいの文化』 P.9
いやいやそんなはずない。「一途」は確立されていないか。確かに一途ではある。同時にたいそう多様でもある。日本は「一途で多様な国」といえる。代表格は多神で多仏(ステレオタイプだけど)。天皇と将軍、関白と執権、仏教と神道、それに儒教と民俗信仰。それらがヨーロッパのように二項対立で語られない。二項同体。二極を消すように腐心した。「正」と「反」が止揚して「合」にいたる。失敗すれば二項は対立したまま残る。それはまずい。事象は根本に撞着があるからこそ次の発動をおこす原動力となる。根本撞着が新たなモノを産む。
私たちの祖先は実におもしろい。枯山水から水を抜いた。キャンバスにすべてを描き尽くす油絵と異なる日本画を編集した。水を感じたいから、墨を感じたいから「余白」を産んだ。極度に短い詩歌のスタイルをとった和歌や俳句、省略が効き過ぎた禅庭や数寄屋造りなど「静かな日本」という面影を残しているかと思うと、他方、歌舞伎や日光東照宮の装飾、派手な山車の華麗で過剰な装いなど「賑やかな日本」という顔を持つ。前者は引き算をいかし、後者は足し算をいかした。どちらが本当の日本ではなく両方とも日本だ。一見、「黒と金」や「侘びと黄金」のように対比されて説明することもあるけど、静かな日本と賑やかな日本には共通の方法が潜んでいる。主題を述語的につなげた。主語的につなげていないところがおもしろい。主語が見えにくい日本。
宗教や文化だけじゃない。東国では貫高制の金の決済、西国では石高制の銀の決済が江戸後期まで続いた。東は水田優位社会、西は畑作優位社会。道具や言葉遣いも多様だ。神主さんと禰宜さん、湯と風呂、いろりとかまど、オトトイとオトツイ。
松岡先生はそういった日本の方法を「日本の方法」ではなく「日本という方法」と表現する。
表題を『日本という方法』としました。日本が「方法の国」であってほしいと思っているからです。「日本の方法」ではなく、あくまで「方法の日本」というところが眼目です。
そんなこと、同じだろうと思ってもらっては困るのです。たとえば「映画の都市」と「都市の映画」、「仮説の作業」と「作業の仮説」はちがいますし、「数学の方法」と「方法の数学」はあきらかにちがうのです。私は、古代アジア社会から日本が自立したときすでに、東アジア的方法から日本が生まれてきたと見ているのです。第2章にその経緯に一端を詳しく書いておきました。その方法の記憶こそ母なる日本だと見ているのです。[...]
方法は主題ではありませんが、主題を包摂する数々の可能性をもっています。たとえば茶碗のもちかた、測定のしくみ、板書の書きっぷり、交渉のやりかた、刺身の切り口、摺り足の運びには、茶や料理や能の、技術や教育や外交の本質があらわれることがあるのです。いや、以前も現在も、そのようなところにこそ、日本が日本自身を編集してきた特色が静かに発露しているのだと思われます。それが私が語ってみたかった「日本という方法」です。『日本という方法―おもかげ・うつろいの文化』 P.317
「日本という方法」を語るのに縄文時代まで遡り、そして昭和日本の「日本の失敗」まで駆け抜ける。まさに日本の歴史を「編集」した。編集された日本は「絶対矛盾的自己同一」の葛藤に向きあってきたと読み取った。矛盾を排除せず受け入れ、かといって矛盾のまま残さず同一しようと試みる。だから二項対立どころか多項対立も決めこまない。多項同体。矛盾を同一しようなんてできるわけがないと「わかっている」のに漸進していく。その過程で創造されるはたらきを矛盾と同一の相互作用として感じとる。その感性が「日本という方法」の国の母じゃないかな。
『Pirates of Silicon Valley』という映画に登場する言葉。Steven Paul Jobsが好んで使う言葉。
「Good Artists copy, Great Artists steal」(優れたアーティストは模倣するだけだが、偉大な芸術家は盗む)
パブロ・ピカソの名言。この言葉の意味が本書を読むと少しだけ理解できた。
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歯科医もワーキングプア
- 2008-01-24 (Thu)
- Round Up
ワーキングプアが深刻なのかと眺めていたら高学歴者(非常に優秀な研究者)のワーキングプアもメディアが報じないところでささやかれ、ヨーロッパでは「千ユーロ世代」が話題にのぼっていたり。で、ついに弁護士はじまったなと思いきや歯科医も。歯科の先生方については何を今さら感が漂ってますが。
歯科業界に限定すればもう少し酷くなるでしょう。需要と供給が不釣り合い。数十年程度先に産科医や小児科医と同じ状況になるまでつづく。ただし、産科医や小児科医ように「やってられねぇや」とつぶやき減っていくかにギモン。あと患者側の認識とシステムに開きがありすぎ。
産科・小児科・救急医療を中心に「医療崩壊」が各地で社会問題化する中、歯科医療がより危機的な状況にあえいでいる。[...]歯科では73項目にわたる保険点数が20年間も据え置かれていることが影響している。歯科医師や歯科技工士らに支払われる診療報酬は先進国に比べ極めて低く、歯科医師の5人に1人が年収300万円以下、歯科技工士の3人に1人が200万円以下の”ワーキングプア”状態に置かれているという。
歯科医師の5人に1人が年収300万円以下、歯科技工士の3人に1人が200万円以下。たしかに零細企業や中小企業程度の給料を支払っていたら、個人開業の歯科医院は続けられない。一人開業の歯科医院なら売上の頂点は固定される。青天井じゃない。
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