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[Reivew]: 待つということ

「待つ」ということ (角川選書)あるひとつの道具が「待つ」を劇的に変容させた。携帯電話。国民の半分以上のひとが携帯電話を持つようになって、「待ち合わせ場所」がなくなった。待ち合わせ時間に遅れても気にしない。電話かメールで「遅れる」と伝えればよい。ひととひとの交信は空間の隔たりと時差をなくした。

未来というものの訪れを待ち受けるということがなく、いったん決めたものの枠内で一刻も早くその決着を見ようとする。待つというより迎えにゆくのだが、迎えようとしているのは未来ではない。ちょっと前に決めたことの結末である。[...]結果が出なければ、すぐに別のひと、別のやり方で、というわけだ。待つことは法外にむずかしくなった。「待たない社会」、そして「待てない社会」。『「待つ」ということ』 P.10

手紙を書く。投函する。そして返事を待つ。その間、ひとは、

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親指で会話する親子

直接話ができないから親指で会話する。私からすれば親指でも会話できるだけ是なんだけど。

iza: 【溶けゆく日本人】親指だけの “会話”

なぜ気兼ねし合うような”不自然”な親子関係が出来上がるのだろうか。「昔に比べて、親子関係が対等になりつつある」と指摘するのは、家族心理学が専門の 武蔵野大学専任講師、生田倫子さん。「縦」の関係なら踏み込める領域が、「横」のつながりになることで、関係を壊さないような遠慮が生じる。いわば友人関 係の延長だ。「家族内では、ある程度のヒエラルキーがあった方が子供に安心感を与えるのだが…」と生田さん。

両親が共働きだったのもあって、しょっちゅう会話したと記憶はない。ただ、「学校で何があったのか」は話すようにしていた。でもこちらから話すだけで、特段、なにか返事があるわけじゃない。親の年齢になった今の私は、「つかれていたのに、子供の話に耳を傾けてたいへんだったろうなぁ」とふりかえる。

反面、弟は「学校で何があったのか」すら口にせず、小さいころから自分の空間をもっていたから、手を焼いたらしい。 かといって、「溶けゆく日本人」かと言えば、そうでもない。私よりよほど地に足をつけた生活を営んでいる。

子供がいないので「ここ」までしか書けないけど、事態は深刻なのだろうか?

誤解を恐れず書くと、なまじっか会話があるよりも、「満を持して登場する」関係のほうがしっくりくるような。子供は親を選べない”意味”を背中から教わったような気がします。自分では。

やっぱり、「コミュニケーション」が一人歩きしているような印象をうけます。

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