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カリスマがIDを布教していたのか…..

散歩道の花

私は「人は霊長類から進化したものではない」と思っていますし、「人は、本来の地球上の生物ではなかったようだ」とも時には思います。
  事実、科学界では「進化論」は、いまや古い考え方として、空虚な理論となりつつあります。私は「インテリジェント・デザイン論」や「創造論」という新しい 考え方の方が、はるかに納得できるのですが、拙著の短い文章(210〜214ページ)を読むだけで、「進化論に疑問を呈する人」が出て来たのにびっくりし ました。時流を感じます。

via: 「進化論」は正しくないようだ  船井幸雄 – アムールティーで元気に!!

人は真っ直ぐ歩けない、を実証 されたり、肥満は脳の老化を加速する と発表されたりするのを、経営者が万が一読んでも、slashdot.jp って何だ? であって、大御所様の方が著名であったりするわけで。これも、「何を言ったかより誰が言った」の典型だろな。経営者のなかには崇拝している人もいて、その方々が大御所様の説法を読むと、IDや創造論を新たな信仰の対象にしかねない。まぁ、布教活動のコツを垣間見られたようで勉強になりました(棒読み)

見方を変えると、日本ではトンデモでも米国ではキリスト教徒相まってIDや創造論を信じる人がマイノリティーでなくなりつつあるとか。実際、現地はどうなんでしょうねぇ。

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誰が食べた?

カフェデュモンドのプチベニエ

住まいは田舎がいい、森と日溜まりでひと寝入り、飛ぶ鳥、稲と日照り、まだ独りもいいが、家内はいます

『虚空の逆マトリクス(INVERSE OF VOID MATRIX)』(講談社文庫) P.234

誰かと会話すると視点が入れ替わる。「けっこう甘いもの食べるね」と耳にして気づかされる。ブログの写真を見る人は、ぼくが食べたと判断する。判断というより無謬の前提かな。対象に棲み込んだ時、前提を疑いにくい。対象を外から観る人が前提を壊し、新たな着眼や視点を提供し、それらが融合して枠組みが再構築される。疑問や視点が、意味を認識する。否、まだぼくの知識では認識と使ってはいけないかも。

疑問や着眼は、「何を」であって、「誰か」ではない。なかには「誰か」を疑う人もいらっしゃると想定するけど、今のところお目にかかっていない。

これはぼくの視点や着眼にもあてはまる。他人のブログや意見、あるいはミーティングへ参加しているとき、視点や着眼が固定してしまっている。ぼくの写真を見て「ぼくが食べた」と判断するように、ぼくも誰かの文章や写真を見聞して、「行為の主体 = 書き手」と決めている。

こういった気づきは、とてもおもしろい。ぼくの場合、誰かと会話しないと気づかない。すぐれた頭脳の持ち主はこの気づきを、誰とも会話しなくても、自分の中で再生産できる、と想像する。視点や着眼の回路を設計する能力が優れていても、ひとつの回路しか設計できなければ、行為の変化は生まれない。結果、失敗を修正する効率や精度が低下する。

回路を設計する能力以外に磨かなければならない能力は、

  • 設計した回路へフィードバックする観察眼
  • 複数の回路を生産できる力
  • 複数の回路から得られる結果を蓄積できる記憶力と平常心

なのかなぁ、予想する。この予想を自分自身で体験してみて評価できないので凹

雪に都の西南、桜花無に消えりと瞳濡らし、今朝何故か目開きて震え 、身もにわかに熱を出し、床敷き夢去るは、死なむ友と虚し、春雨行きしこと、羊歯を常に河にも見える、不敵雨風、情け知らぬ身と、独り駅に向かう女、伊勢の子、闇に消ゆ

『虚空の逆マトリクス(INVERSE OF VOID MATRIX)』(講談社文庫) P.252

冒頭の引用文と同じく、発想を変えたとき、新たな意味を発見する。

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ネガティブキャンペーン

ホットココア

押しつけてくるもの、つまり圧力を伴う情報さえ排除すれば良い。必要なものは自分から取りにいけば良いのだ。向こうから入ってこようとするものに、ろくなものはない。

『εに誓って』(講談社ノベルス) P.66

一昨日、郵便受けに自民党の小冊子が入っていた。紺色の表紙。タイトルを覚えていない。全体の色使いが暗く、テーブルへ置くのも憚る。おどろおどろしい。すでに期日前投票をすませたので、小冊子は無価値だったけど、パラパラめくった。民主党のマニフェストを痛烈に批判していた。首をかしげた。(自民党が考える)民主党の政策の誤りを訴えたいはずなのに、なぜ誰も手に取りたがらないようなデザインか? どうしても読んでほしいなら、みんなが手に取りたくなるような、じっくり読めるデザインを選択するはずだ。

以前、日本のCMは比較広告を採用しない、あるいは採用したがらない、外国と比べて少ない、というデータを読んだ。出所は忘れた。アップルの米国版CMを視聴したら、内容はけっこう過激。MSと比べてMacは優れていますよとコミカルに表現していた。じゃぁ、どうして日本のCMは比較広告を採用しないのか? なにやら国民が嫌いだ、という理由だった。ように記憶している。

今、自民党がネットや小冊子を使って展開するネガティブキャンペーンを国民はどう受け止めているのだろう? ぼくは、ネガティブキャンペーンを否定しない。政治は生き残りをかけた闘いであり、どんな手段を使っても勝たなければならない、と定義するならキャンペーンは是だと思う。

もしネガティブキャンペーンを展開するなら要望はひとつ。ネガティブキャンペーンは内容よりも状態に注視される、と自民党は認識すべきだ。自民党が極めて劣勢と報道されている「状態」でキャンペーンを展開すれば、人は展開される言葉へ耳を傾けない。むしろ、悪あがきと受け止める人が増えると思う。下品。余裕のない人が訴える、と査定しない。狂態である。

ある事物を評価する自分を観察したとき、事物の背後に隠れた雰囲気を察知している。ぼくの専門分野ならそんなことをしないけど、専門分野以外、となると、おおむね「大抵」の場合、言葉にできるより多くのことを知る。それから言葉を吟味する。

自民党のネガティブキャンペーンは検討に値する内容であり、マイナスの印象をあなたへ与えたくない、と想定したいなら、国民の多数が、「なんだかよくわからないけど自民党の足腰はやっぱりしっかりしている」みたいな感じ抱く時を狙って、理路を提示しなければならない。自民党はその機を失った。絶頂の時に最悪の事態へ備えるはずが、資金が枯渇してから資金繰りへ奔走しはじめた。

人は過去と現在を比較する。比較した結果、安定の状態と認識できれば、躰の反応は低下し、言葉を理解する精度は向上する。反対に、なんだかよくわからないけど自分に不利な状況だと察知したら、躰は反応する。言葉を理解する精度を低下させ、五感の感度をあげる。

「人は空気で動く」とあなどっていたのに、今さら、「言葉」で説得しようとしても狼少年である。狼少年の言葉に耳を傾けないし、なんなら味方すれば徹底的に叩かれる雰囲気がある。うまく言葉にできないけど、アッという間に一方向へなだれ込む全体をぼくの躰はいやだなと反応する。

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マクドナルド一人勝ち

次の予定が19:30からなので16:30ごろ大阪のツインタワのマクドナルドに入って時間つぶしていたら驚き。

17:00の時点で満席。レジ行列。一人勝ちを実感(ーー;)

ビッグマック

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[Review]: バカ丁寧化する日本語

蓮

バカ丁寧化する日本語 (光文社新書)

当然のことだが、相手のことを考えないとコミュニケーションはとれない。敬語はその最たるものだ。相手のことを考える。すなわち、想像力なくして敬語は使えない。敬語が難しいと思えば、普通の言い方に直してみるといい。敬語という化粧をとると真の姿が見えてきて、おかしな日本語や失礼な表現に気づくことも多い。そうしたら直せばいい。そして、必要なら、改めて挑戦すればよい。

『バカ丁寧化する日本語』(光文社新書) P.216

公共機関や電車、店舗のアナウンスから聞こえる日本語。ぼんやり聞いていると気に留めないけれど、よくよく耳をすませば、変化した日本語がまじっている。本屋で『バカ丁寧化する日本語』(光文社新書) を手に取って目次を開いたとき、かねてより抱いていた疑問を見つけたので嬉しかった。その疑問は4つ。

  • させていただきます
  • ら抜き
  • さ入れ
  • を入れ

最近、「○○させていただきます」をしばしば耳にする。「させていただく」は謙譲語だ、と疑わない人が増えてきた。

筆者の野口恵子先生は、「目上の人に向かって(あなたに)電話すると言いたいときの表現は?」と、大学の講義で質問した。すると、真っ先に挙がった答は、「お電話させていただきます」だった。これには驚いた。ぼくは、「お電話差し上げます」か「お電話いたします」と予想したから。

「させていただく」の用法(この場合、古くから使っている言い回しの意味)から考えると、「させていただく」を、人によっては「慇懃無礼」だと受け止める。だけど、その人たちは今や少数派かもしれない。

たとえば、こんな新聞の投書があった。「都合により本日休ませていただきます」をおごり高ぶった表現だいう。それに対して反論の投書があった。「感謝を表す休業の表現として好感が持てる」って書いてあった。みなさんはどちらですか?

「させていただく」は、一体誰に対して謙遜し感謝の意を表しているのか? これが問題。敬語を使うとき、「誰に」を考えて、”尊敬”・”謙譲”・”丁寧”を選択する。おまけに日本語は、「二方面の敬語」もある。古典で習ったあのやっかいな言い回し。

野口先生は、「させていただく」を使う人々を「させていただきたがる人々」と評し、この言い回しに抱く違和感を、文法と用法に従って説明する。そこがおもしろい。先生は、バカ丁寧化する日本語をなるべく真っ向から否定しないよう心がけていらっしゃると読み取った。苦心が垣間見られるようでおもしろい。

日本語は変化してきた。変化に遭遇して、人は怒髪天を衝き机をバンバン叩いて批判する。そうやって、かつての「美しい」日本語を懐古する。それもひとつの反応。ぼくがひとつ申し立てるなら、雰囲気で批判せず、用法や語法をしっかり取り上げて懐古してほしい。

昨今、タレントの言葉が多大な影響を与えている。テレビを視ると、もう「ら抜き」単語は定着した。代表は「食べる」でしょう?! 「食べられる」が「食べれる」となった。現に、今、ATOK 2009 Macで「食べれる」と打ったら、「ら抜き表現」と叱られた。ただ、「ら抜き」も「揺れている」。「信じる」を否定するとき、「信じられない」と発音し、「信じれない」と発音する人は、今ところ少ないらしい。これもいずれ変わるだろうけど。

やっかいな「ら抜き」は「見る」の可能形。「見られる」が少数派になりつつあり、「見れる」が多数派へ躍り出た。そうなると、「見られる」を誤用だと思う人もいる。現に、外国人留学生が「食べられる」と発音したとき、日本人学生が「違う。”食べれる”だ」と教えたとの由。

大阪では、「さ入れ」が方言と相まって慣用扱いされている。「行く」は「行かさせてもらいます」と全国大阪弁普及協会には書いてある。ちなみにATOKは「さ入れ表現」と叱った。

そして、近ごろ、ぼくはある言い回しをとりわけ気にしている。「を入れ」言葉。「話す」はどうだろう? 「話す」を丁寧化して「お話をさせていただく」と発音する自分に後から気づく。先生によると、この「を入れ」は政治家が好んで使っているようだ。本書の冒頭、「皆様にワタクシの政策をお訴えさせていただきたく…… 」ってフレーズが登場する。もう目もあてられない。

  • 「来月サミットが開催をされます」
  • 「お願いを申し上げたいと思います」
  • 「このたび外務大臣を拝命をいたしました」

ここまで酷くなくても、日常で「を入れ」を使ってしまっている。ぼくの場合、ウェブサイトのページ制作の原稿を拝見すると、「を入れ」が登場する。特に、「名詞+を+動詞」が多い。一番多い例は、「○○を行う」形。「名詞+を+行う」は、使い勝手がよいのか、一枚の原稿に4,5回顔を出したりする。

ぼくは、日本語を書くとき、助詞に手こずる。助詞ってほんとやっかい。いま、文法を少しずつやり直していて、助詞がとにかくわからない。「に」「を」「が」「は」「へ」などなど。だから、「を入れ」言葉が余計気になる(わざと”に”を省略してみた)。

今、テレビは賛否あれど多大な影響を与えている。おまけに今のテレビは字幕までついている。語法や用法を吟味する時間はないから、日本が少々おかしくてもそのまま字幕.in する。それを耳にしたぼくはいつしかその言い回しを他で使ってしまっている。自分が口にした単語へ耳を欹てみると、顔から火が出る。

基礎体力がなくて基本的な練習もしていない人がいきなりスポーツ万能になれないのと同じで、敬語を使いこなせるようになりたければ、敬語以前の日本語能力、コミュニケーション能力をつけることから始めたい。知識もおろそかにできないが、知恵と創意工夫はもっと重要だ。そして、これからは机の上の勉強だけでは身につかない。

『バカ丁寧化する日本語』(光文社新書) P.241

敬語を使う。それは相手を敬い、相手と適切な距離を保つ。敬語の意味を忘れて、形骸化された言い回しを安易に多用して敬っているかのようにふるまったり、「させていただきたがる人々」は実は「させていただきたがらない人々」になったりしてまいか。目上の人に向かって「ご紹介してください」と言うのをおかしく思っていない自分がいてまいか。

もう一度、自分の言語能力を観察したくなった一冊。

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費用に見合ってないと憤る前に

自宅の花

自分の仕事の価値を見定めることは非常に重要だ。原稿料がいくらか、印税がいくらか、そういうことをきちんと認識し、仕事の依頼があったら、最初に金額を話し合ってから仕事を受けるべきである。「お金の話をするのはいやらしい」というのは逆だ。そういうことを言う方がむしろいやらしい。原稿料が5万円なら5万円の価値があるものを作る、10万円なら10万円のものを出す。それがプロではないか。

MORI LOG ACADEMY 13 P.239

先日、相談を受けた時、この文章を思い出した。「自分の仕事の価値を見定める」ことが非常に重要であると同時に、「相手が見定めた仕事の価値を吟味する」ことも大切だと思った。

相談の内容は、一言で集約すれば、「費用に見合ったサービスを提供してくれない」だった。これはよくある話。と思いきや、「”高価” > “期待したサービス”」の話じゃなかった。まったく逆。「相談者の”支払金額” < “期待するサービス”」。支払金額が安い。にも反して、相談者が期待するサービスは、その金額じゃぁ実現されない(であろう)内容だった。相談者は憤っていた。

ぼくは耳を傾けた。傾ければ傾けるほど、頭の中が混乱した。なぜ、そんな理路をたどるのか。他の事象を参照したり、情報を収集していないのか。サービスに魔法を期待しているのか。次から次へと浮かぶ疑問。

高価と安価は主観だし、価格と価値は相対だ。だから、ぼくの言い分が正しいとは思わない。そう断ってから説明した。とにかく感情的にならず。抑制して。そして、善悪の価値を持ち出さないよう心がけた。

例えて、「北新地の一等地でワンコインで純国産の定食を求めるようなものだ」と、ぼくは話した。いや、メニューによっては実現できるかもしれないけど、それはさておき。

(輸入品がよくないとか激安は悪いなんて誰も言ってない)

よいわるいの判断に興味ない。「自分を疑え」とお願いした。

激安の定食を売りにしている店には、カラクリがある。人件費や仕入、設備投資や内装などなど。反対に、高価な料理を売りにしている店にもカラクリがある。物事を極端にとらえると、この2点しかない。

この2点の中に、それぞれの高価と安価がある。ただ、ある人が高価だと判定しても、他人はそうでもないと判定する。そのとき、相手の判定を疑わず、自分の判定をまず疑ってほしい。

判定は基準を求められる。自分の判定を疑うとき、他人の基準が必要だ。他人と書くと大袈裟かもしれない。要は自分以外のデータ。その基準は相対値。好悪を排除してデータを収集しないと、基準を発見できない。この「基準を発見する」作業が難しい。何かことある度に収集なんてしてられない。だから、絶対値を設定する、したい。しょうがない。そこで一点、注意を払わなければならない。ビジネスの場合、その絶対値は、自分の環境から影響を受けやすい。相談者もそうだった。

さっきの激安の定食屋さんで

  • 純国産の素材
  • 北新地の接客
  • 最高の店内

を求めるお客のようですよ、とぼくは理路をたどった。そして、想定していた質問を受けた。

「なんで”それ”に見合った金額を相手は請求してこないのでしょう?」

時計を見た。さぁ、どうやって終電に間に合わせて帰るか。この相談はロハだ。それに見合った回答とサービスを用意してぼくは帰らなければならない。

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K10D うらメニュー 1.30

K10D ファームウエア 1.30

以前からK10Dに「うらメニュー」があって、AFのピントを調整できるとネットで公開されてました。ただ、ファームウェアが1.10やそれ以前でないと「うらメニュー」へログインできないらしくて、私のK10Dはすでに1.30にup済。USBでPCへつないで、専用ソフトを使ってK10Dへアクセスできるとか、ファームウエアをダウングレードしてやるとか、手法はいくつかあるようですが、いずれも手間かなぁと思ってパスしていました。そこへ、以下の情報が。

K10Dのピントが、「後ピン」や「前ピン」かなとか感じた人向け(自己責任で)。

ソース: 価格.com – 『ファームウェア1.30でうらメニュー』 ペンタックス PENTAX K10D ボディ のクチコミ掲示板

以下、作業手順

  1. MODSET.TXT の作成
  2. 1.のテキストファイルをSDカードへコピー
  3. K10Dの電源ON
  4. うらメニュー画面
  5. Debug Modeで詳細設定
  6. AFの調整

1. MODSET.TXTの作成

テキストファイルで、以下を入力。コマンドっぽい。ファイル名を「MODSET.TXT」保存。私はASCII, CRLFで保存した。

[OPEN_DEBUG_MENU]

で、2chの”PENTAX K10D part108″によると、

>>572
[OPEN_DEBUG_MENU]
のあとに改行入れたらできました。

via: PENTAX K10D part108

みたい。ただ、次のレスでは、

>改行
最初に使ったPCがウインドウズじゃ無かったから、
改行がLFだけでうまく動かなかったけど、CRLFに変更して正常起動を確認。

via: PENTAX K10D part108

私の場合、最初、[OPEN_DEBUG_MENU]だけを書いて保存したところ(Mac OS X 10.4, Jedit X)、「うらメニュー」が起動しませんでした。保存形式は”UTF-8, LF”でした。再度、”ASCII, CRLF”に変更して、「改行」を挿入したところ、「うらメニュー」が起動。たぶん、改行タイプが原因かと。

2. 1.のテキストファイルをSDカードへコピー

コピー先は、SDカードのルートです。”DCIM”フォルダの上。

3. K10Dの電源ON

今回のキモです。MODSET.TXTファイルが入ったSDカードをK10Dに挿入して、「蓋を閉めずに」電源ボタンをONにします。

K10D SDカード 蓋を開ける

4. うらメニュー画面

K10D うらメニュー

「うらメニュー」画面。デフォルトは、<DIS>です。

K10D Debug mode うらメニュー

OKボタンの十字キーで<EN>に変更。変更したら

  1. SDカードの蓋を閉める
  2. OKボタンを押す

これで、「Debug Mode」になります。

5. Debug Modeで詳細設定

K10D Debug Mode

MENUボタンを押して「詳細設定」を選択。十字キーの上を押すと、下記の画面が現れます。

K10D AFテスト

6. AFの調整

「AFテスト」を選択します。

K10D うらメニューでAF調整

“AF Area Test”は0のままでよいみたいです。”Focus Corr”の”+”,”−”を十字キーで動かして調整します。

  • +方向で、AF位置が手前に移動
  • −方向で、AF位置が奥に移動

私のK10Dは前ピンだったので”-”で調整しました。あとは、AFでピントが合うまで”Debug Mode”で、「6. AF調整」を繰り返します。

最後に、通常モードへ戻します。

  1. 電源OFF
  2. SDカードの蓋を開けながら電源ON
  3. <DIS>へ変更

終了です。

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