どこにも売ってない!

コロニルのレザーソープはどこに売っているんだぁ〜
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テレビ各局がしのぎを削るゴールデンタイム(午後7時-同10時)の視聴率争いで、本年度上半期(4月-9月)は、東京キー局でNHK総合がフジテレビに次いで2位になったことが、21日までのビデオリサーチの集計(関東地区)で分かった。上半期にNHKが2位に浮上したのは1981年以来、26年ぶりという。
各局の上半期の視聴率平均値は、
だって。NHKの勝因は地震や台風などの災害報道や政局関連報道などでニュース番組がよく視聴されたこと。そうでしょうね。民放のニュースは災害報道ですらワイドショーみたいになってる。それを視る人は減ったとしても違和感ナシだな。2位以下テレビ朝日までダンゴ状態(と思うけど)、コンマの世界だから大騒ぎでしょう。日本テレビも往年の面影ナシ。
自分はと言えば、民放を視る機会がめっきり減った。バラエティーは歳を重ねるにつれ笑いについていけなくなってしんどい。ガマンしても、「ああ、予定調和やな」となんだか透けて見えてくるようで、乾いた笑いしかナイ。あと、どうも「身内」で盛り上がっているようでこれまたついていけない。
ただいま減量中。身体って頭と切り離されているんだなぁと感心した。とりあえず56キロ程度まで落としたいなぁとスタートした(身長166cm)。参考にしたのはいつまでもデブと思うなよ(参照: 著者ブログ )。レビューを書いた次の日から実践。結果、開始時の体重62キロから現在59キロ。
減量といっても特別なことをしたわけじゃない。3つだけ。
スゴイ単純。何かで読んだ記憶があるんだけど、「食べる」という行為は結構エネルギーを消費していて、なおかつ内蔵に負担をかけているって話。それを実感。食べたモノ”すべて”を毎日記録すると「食べ過ぎ」だよ。ホント。体重計にのると1日の基礎代謝が表示される。おおよそ1500キロカロリー弱。じゃぁ、1日どれぐらいのカロリーを摂取しているのか記録をもとに計算すると目を丸くする。
う、うわぁ〜うわぁ〜。ウワァ〜、エエエー。
DS文学全集にハマった。一長一短はあるにしても2,800円で100冊読めるうえ、これから配信される小説もダウンロードして読める。さっそく『蜘蛛の糸』をDL。もちろん青田。本棚が満杯になれば破棄するか、ほかの人に渡すこともできちゃう。
もあったりするけど、おおむね満足。あとはもっとも気がかりな点、可読性について。賛否両論かなぁ。デフォルトの設定は文字サイズ”小”。それでも大きい(と思う)。だから一画面に表示される文字数が少ない。かわりにサクサク読めちゃう。でも、苦手な人もいるかと。このあたりどう慣れていくかですね。
“インターネットへ接続できることは基本的人権のひとつになる”という言葉をひしひしと感じる。基本的人権とうたうから100ドルPCを開発して途上国で販売したいなんて情熱も湧き出るわけで。それはさておき。
携帯電話に内蔵カメラとGPS機能とRSSリーダー、そして搭載OSはWindows Mobile 6。まぁ移動中でもバリバリワークしなくちゃタスクをさばけないぜ的なビジネスマンには不足だろうけど、私のような暇人だけど情報を知りたいというワガママで怠惰なヒトにはうってつけ。国内でも販売してほしい。
サムスン電子、人気スマートフォンの後継モデル「BlackJack II」を発表
機能面では、BlackJack IIは非常に充実している。新機能から見ていくと、GPS機能が内蔵されたほか、ビデオクリップを通話先に送信可能なAT&Tの動画共有サービス「Video Share」にはスマートフォンとして初めて対応した。内蔵カメラは2メガピクセルにアップグレードされ、RSSリーダーも搭載されている。
ただ9日間に及ぶ断食のため「かなり薄めたスポーツ飲料やおかゆ」で胃腸の回復をはかっているという。「体調が完全に元に戻るのには半月くらいかかるだろう」(関係者)。延暦寺には報道各社などから問い合わせが殺到しているが、来月中旬まで一切の取材を断り、星野さんの回復を静かに見守る考えだ。
妄想デス。このニュース、朝の情報番組で報じていた。たしかフジ。そのときの女性アナウンサーの声のトーンがやけに気になった。ものすごく軽かった。というか、アンポンタンな放言すれば、「わ〜、スゴ〜い」と幻聴した。明るく伝えるのは番組の性質上やむを得ない。でも、一瞬でも厳格に伝えるというか、静かに事実をありのまま伝える姿勢をほんの少しでも見せてほしかった。
星野円道さんが「堂入り」を終えたのは午前3時ごろ。約600人の信者が不動真言を唱える中、自分で歩くこともままならない状態で、両脇を僧侶に支えてもらいながら堂を後にした。信者の方々の目にはどう映ったのだろう。生身の不動明王に見えたのだろうか。
とにかくまったく想像すらできない断食断水断眠の行を満行した。そこに理解を超越した”何か”がある。それは私にはまったくわからない。わからないままでいい。分析や判断、評論なんかしなくていい。とにかく大阿闍梨が誕生した。それだけだけいい。
なのに、どうして「自分がわかるよう」に下界へ引き下ろそうとするのだろう。自分がわからないことをわかろうせず、わかることだけを自分の経験値に等価させようとする。わかりやすい平均値へと引っ張るエネルギーに悪寒。
“何か”を知る時、わかるから知るのでない。目と耳で情報を得た程度でわかるのでもない。わからないことがいたるところにあるという焦燥感と好奇心と絶望が”何か”を感じる原動力なのではないだろうか。
テレビの司会者とコメンテーターに首をかしげたことありません? 「どうしてこの人にその質問をするのだろう?」とか「どうしてこの人にコメントを求めるのだろう?」って。テレビって素人目にもオカシイことがフツーなの?! たとえば金融の専門家に犯罪とか謝罪会見とか親論なんか尋ねてたり。エエ〜と思うのは、独身の人が親子論を滔滔とまくたてる画面。そういうとき思うわけデス。ひとつの専門的知識を持っている=全人教育を受けたかのように錯覚させるのはどうかなぁと。まぁ、錯覚するのほうにも課題アリですけど。
私は昔から、政治家が政治をやるのは許せるが、学者が政治をやるのは許せない、と思ってきた。同じように、高卒や短大卒の者が仮に知識・教養において劣っていても当然のことだが、有名大学や大学院を出て、なお愚であるとすれば、それをもって真の「愚民」と呼ぶべきである。『すばらしき愚民社会』 P.303
私は大阪経済大学卒業。なので猫猫先生の主張によると三流大学卒。うっ、まさにそのとおり。だから「学士」の称号を与えてもらうのは失礼な話。おまけにそのバカが意見を言うようになってきた。だから始末に負えない。ウンウンそのとおりと納得。どうして納得か? 本書の醍醐味は多数の実名を一刀両断しちゃうところ。それぞれの主張を批評する。その批評たるや容赦なき。批評って難しいですよ、ホント。ってしたり顔で書くコト自体、”バカ”な愚民の証なんですけどね。でもいやマジで、膨大な知性と自己を知覚する叡智を宿していないと批評なんてできやしない。だから得心。 Continue reading…