咲こうとするやつもいればのんびり屋もいる
オンリーワンなんて○○くらえ
認識と実践でウェブサイトを制作するけど"look nice"は苦手 でも"design"はやります
「忙しい!」と嘆いているならHackしません?
昨年あたりから「Hackする」なんてフレーズがトレンドのようで。デスクトップ百景も”Hacks”を意図した企画なんでしょうか。毎日MacBook Proに向き合っているので、デスクトップのハックって効果アリアリ :-)
要求: MacOSX Server(10.4.9)でインストール時に設定したホスト名を変更したい
現象: Changing the Server’s Host Name After Setup
When you perform initial server setup for new installations, Server Assistant sets the host name value by assigning AUTOMATIC to the hostname parameter in /etc/hostname. This setting causes the server’s host name to be the first name that’s true in this list:
hostnameでAUTOMATICと指定されているので、ここを変更してはいけない。くわえて、「システム環境」の「共有」パネルからホスト名を変更してもログイン上は変更されているだけ。terminalからhostnameコマンドで調べるとわかる。
メディアの情報をインターネットにインストールしたらファイアウォールが必須かと。まずは全部ポートを閉じること
不二家問題を取り上げたTBS系の情報番組「みのもんたの朝ズバッ!」が今年1月に報じた内容について、不二家が社外に設置した「信頼回復対策会議」が「事実の歪曲(わいきょく)がある」と指摘していることが28日、分かった。同会議は「報道は不二家に営業上重大な損失を与えた」とし、30日公表の調査報告書に盛り込む予定。
自分のサーバーでファイアウォールを構築するとき、まずはすべてのポートを閉じる。それから必要なポートを開けるようにしている(ネットワーク管理に不案内なので間違えていたらごめんなさい)。Mac,Windows,Linux…クライアントにどれをインストールしても(可能な限り)最小インストールして、どんなサービスがデフォルトで稼働するか調べる。
テレビも同じだと思う。自分へ入ってくる通信(=報道や情報)を全部遮断して(=信じない)、それからポートを開く(=咀嚼する)。理解や納得、検証とか。
あとは「ポートを開こう」としている< 私>を検証するのは誰か?という問題は残りますが :[
その自分を"メタ"とか言うのかもしれないけど、よくわからんし、この「メタ」を使うとわかったような気がするからこれも遮断。まぁ、そんな感じです。
自分は会社に必要とされているかなんて考えるよりも自分が会社を必要としているか自問してみればいいのでは。
「私が会社に必要とされているかどうかではなくて、私が会社を必要としているか、私が会社にいたいのか」
そんなわがままもあってもいいと思う。それではじめて質を求める仕事を自分に課せられるのじゃないかな。
「我思うゆえに我あり」と考えた人は「無限」をどう解釈したのだろうと立ち止まり、それから「無限とは何を表現しているのだろう」と泥沼にはまりかけたので手をとった。「やっぱり、”無限”を考える資格のある人とそうでない人に峻別されるな」と得心。私は後者。だって、そもそも「無限とは何を表現しているのだろう」という問いが問いですらなく、そこから解へ導く「仕方」を身にまとえていない。これでは堂々巡り。
舞台は大学。もっとも人気のない無限論の講義を受講する男女の学生。教室にはその二人しかおらず、そこから話が始まる。登場人物は3人。先生と男女の学生。「無限とは何か?」を小説のようにすすめていく。
「無限は数でも量でもない」
と言われたときびっくりした。数学も哲学も無知な私には、数学が証明する「無限」も哲学が論考する「無限」もどちらも到底理解できない。以下の目次、各タイトルだけで「クラクラする」人もいれば「よだれがでそうな」人も。私は、第七・八週あたりがきつかった。まったくわからなかった。
「自然数は定義上数え尽くせないものである」と言われたらどう反応します?
「線分が無限個の点の集まりでできている」と答えたら、「それ、すばらしく愚劣な答えです」とユーモアたっぷりに返答されたり、「自然数と偶数はどちらが多くあると思いますか」と質問される。息つく間もなく、「多く」ではなく、集合には「濃度」の概念が存在する。
濃度って一体何だ(数学に濃度って…..)?!
こんな感じで読み手を引っ張っていってくれる。部分集合・全体集合からやがてラッセル集合へと進み、自己言及のパラドクスが織り交ぜられ、やがて終章、ゲーデルの不完全性定理へと到達。
いやはや、二千年以上前から地層のように重なってきた叡智がしたためられている。可能無限と実無限を最初に区別したのはアリストテレスのようで、人はひょんなことから「考える」を身にまとった瞬間から「神様のチェス」を横から覗く運命にあったのかと感じた。
いや、まったくわからない本もすがすがしい。でも一つだけわかったことは、いくつになっても勉強しつづける気力を失いたくないし、現に勉強できる環境へ感謝。