[Review]: ビジネス・インサイト

ビジネス・インサイト―創造の知とは何か (岩波新書)

彼らには、ある期を境に前後の事態がまるっきり違ってしまうという創造的瞬間があったこと、そして周囲の者にはしかと見えなかった成功のカギを見きわめたこと、そしてそれについて明確な確信をもちそれの実現のために集中的にみずからの力をそこに傾注し、組織の力を結集させていったこと、そのことを理解したい。

『ビジネス・インサイト―創造の知とは何か』 石井 淳蔵 P.90

“インサイト(=insight)”を調べると、「物事の実体[真相]を見抜く力」「物事の本質を見抜くこと」「洞察力」「眼識」と書いてあった。第一印象は、つかみ所のない単語。

将来を見通す力(=インサイト)

ヤマト運輸「マンハッタンの確信」, ダイエー「商品化の概念」, セブンイレブン「いつまでも埋まらない空白の棚」, これらの創業者は、経営の偶有性がもたらした様相を「眼で見て」、実体を「認識」した。そして、自分の考想が変革をもたらすと確信し、既存の枠組みから「跳んで」、新しいビジネスを登場させた。眼で見て実体を認識する瞬間、将来を見通す力(=インサイト)が発揮される。人はインサイトを持って生まれた性質として持っている。

「創造の知」は、マイケル・ポランニーの『暗黙知の次元』(ちくま学芸文庫) と同種のメカニズムを持つと筆者は考える。よって、本書はマイケル・ポランニーの暗黙知の次元をよりどころにしている。暗黙知の次元の「暗黙知」と経営学が扱ってきた「暗黙知」を峻別する作業から始まる。

経営学が扱ってきた暗黙知は、形式知と対で取り上げられ、「見える化」へ変換される。しかし、これら「暗黙知」は、いわば名詞の「知(=knowledge)」である。

経営学の世界で暗黙知というと、職人がもつ「技」のようなものを指すと思われがちだ。たとえば、酒造りの杜氏の技とか、パンをこねるパン職人の技とか…..。口に出してうまく説明はできないが、素人では真似のできない「技」である。

『ビジネス・インサイト―創造の知とは何か』 (岩波新書) P.94

経営学は、「すでに存在する知識の実体=暗黙知」と定義し、頭の中に収まった知、あるいは躰に刻み込まれた知を言葉や数字で表現する知(=形式知)へ変換しよう、と唱えてきた。

ビジネス・インサイト=経営学の暗黙知ではない

しかし、ビジネス・インサイトー創造の知−は、これらの暗黙知と異なる。知は名詞ではない。動詞である。知ること(=knowing)、すなわち、「”それ”とはわからないうちに知ってしまう、隠れたプロセス」が、ビジネス・インサイトを論じる焦点である。隠れたプロセスには、「自分ではそれとして自覚しにく力」が作用する。では、そもそも自覚しにく力とは何だろうか? そこは哲学へ通底するためか、細かく言及されていない、とぼくは判断した。自覚しにく力の説明より、隠れたプロセスで発生する「認識」の説明にページを割いている。

ポランニーの主張である、「人が思うように、客観的な検証プロセスだけで科学が進歩してきたわけではない」ことを取り上げ、暗黙の認識にある3つの機制を例示する。

  1. 問題を適切に認識する
  2. その解決へ迫りつつあることを感知するみずからの感覚に依拠して、問題を追及する
  3. 最後に到達される発見について、いまだ定かからぬ暗示=含意(インプリケーション)を妥当に予期する

この3つ機制がもたらす力は、科学者自身の認識プロセスに隠れてしまっているから、”それ(=これが”暗黙の認識だという自覚”) を摘出しにくい。ビジネス・インサイトは『暗黙知の次元』 と同じ前提を経営に求める。科学の進歩には、「仮説ー検証」(=論理実証主義)以外に、「創造的な設定と、その解決策についての想像力」が必要だという前提である。

「論理実証主義(あるいは仮説検証主義)」型だけでは先細り

「仮説→検証」以外の力、言い換えれば、経営も同様、「論理実証主義(あるいは仮説検証主義)」型だけでは、企業は先細りしてしまう。

論理主義の限界として、以上の議論に関連して三つの問題を考えたい。第一は、状況依存ないしは一般化の問題、第二は、状況(場)の定義が抱える問題、そして最後に見えない何かを見通す力が実証主義の中で軽視されることである。

『ビジネス・インサイト―創造の知とは何か』 (岩波新書) P.34

興味深い点は、本書で紹介される事例はいずれも大企業であること。どういった事情から大企業を取り上げたか判別できない。ひょっとすると、大企業の経営は、「論理実証主義」型とはっきり判断しやすいからではないか。あるいは、大企業の規模や機能は「論理実証主義(あるいは仮説検証主義)」型を選択せざるをえないのかもしれない。

というのも、第5章ではケースリサーチの可能性と表し、業務改善活動を行う病院の取材を紹介する。大阪のある特別医療法人である。大企業ではない。ここでの研究テーマを発見していくプロセスが興味深い。それは、2つの質問から生まれた。

  • 業務改善活動を続けると、難しい問題が生まれる。それにもかかわらず続いているのはどうしてか?
  • 医者が業務改善活動にマネジメント側として関わるというのはどうしてかわからない

残念ながら研究結果は書かれていないが、このケースリサーチ自体が、仮説ー検証から「創造の知」を発見していくプロセスを垣間見られるようで参考になった。このプロセスは小規模な組織でも適応できる。

「問題と答えの一対一対応セット」ではなくなる

今の教育が「問題と答の一対一対応セット」であるように、経営もそうなりかねない。ところが、経営の問題と答えの対応はあいまいであり、時に答から問題を探す「逆向き指向」も必要である。事業計画を考えるとき、前提は明確でなければならない。その前提とは、「事業とは何か」が定められていること。そうして、外部環境を定数にして、最適な計画と資源配分を導き出す。

しかし、「事業とは何か?」と事業を確定させる作業は難しい。その作業を省略して計画を立案していないだろうか。

現在、ネットワークが発達しチャネルが豊富になった結果、コミュニケーションモデルは「価値→伝達→使用」から「伝達→価値→使用」へと変化した。消費者の行動も変わった。従来の事業定義が破綻し再構成される事態に直面してる。

外部環境は定数でなくなった。事業を構成する要素はすべてが変数になった。実体から共同の意志へと底が抜けた不安が当事者を襲う。

「顧客との共同制作物を作る」という感覚が現れ、その感覚をキャッチできる企業が、消費者と新たな「場」や「コミュニティ」を形成する。その感覚を摑む知は、ビジネス・インサイトを求める。

もう少し言うと、新しい知は、いつも私たちの頭の上、宙を漂っているような気がしている。そして、仲間と議論する中で、宙を漂う知が、あるとき、誰かに降臨し、さらにうまくいけば互いの承認の中でコンセプトやモデルの形に構成され、そして一つの知として表現される。知は、関係あるいはプロセスの中で創造される。

『ビジネス・インサイト―創造の知とは何か』 (岩波新書) P.240

やる気に関する驚きの科学 併読してみたら、つかみ所のない単語が少し形になって表れた。