月別: 2009年7月

live without iPhone?

iPhone with MacBook Pro

「持ち運べるモバイルPCに近い」が、iPhone体験は「ノートPCでは味わえない」とも。「ネット人間のわたしがPCを使う頻度が10分の1に減った。一方で、ネットを使う時間は10倍になった。決定的に人生観が変わる」という。「今までこれなしによく生きてこれたなと」

via: 「今までiPhoneなしによく生きてきたなと」──孫社長、iPhone 3GSを猛烈プッシュ – ITmedia +D モバイル

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カメラで撮影した食事をカロリ計算してくれない?

仏Withings社の『Connected Scale』は、『2001年宇宙の旅』に出てくるモノリスと『iPhone』を足して2で割ったように見えるだけでなく、未来的な機能も提供する。この体重計はWi-Fi接続により、測定結果をインターネットに送信し記録するのだ。そして、長期的な変化をグラフ化して見ることが可能だ。また、少量の電気を足部に流すことで、体脂肪率も測定する。

こうした機能の中でも最もすばらしいのは、iPhoneのスクリーン上に測定結果の変化を表した折れ線グラフが表示されるという部分だろう[動画参照。タッチスクリーンを効果的に使い、グラフの表示変更も簡単]

via: iPhoneに接続、体重管理に最適の体重計(動画) | WIRED VISION

記事からインスパイア。iPhoneのアプリを開発してくれないだろうか? すでに開発されていたらごめんなさい。目の前にある食べ物を撮影するとカロリー計算してくれる。無茶かなw

食材と料理のカロリーのDBをネットに置いて、カメラで撮影した被写体をネットに送信すると、おおよそのカロリーを計算してくれるような仕組み。それができれば、カロリー以外も算出してグラフ化してくれるとありがたい。食事療法や栄養取得で使ってみたい。

100年前にもどった

ポークカレ

−−昔の音楽家にはパトロンがいましたよね

 坂本 20世紀の約100年間が特殊な時代でね。結局、元に戻ったみたいなもんですよ。(音楽家にとって)結局まだ、お金になるのはライブじゃないですか。エジソンが(蓄音機を)発明する前は、音楽は全部ライブ。むしろ、健全な姿に戻っているのかもしれません。

via: 【話の肖像画】音楽は自由にする(下)音楽家・坂本龍一(57) (1/2ページ) – MSN産経ニュース

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一身独立して一国独立する

自宅で育てている花

貧富・強弱の有様は天然の約束にあらず、人の勉と不勉とによりて移り変わるべきものにて、今日の愚人も明日は智者となるべく、昔年の富強も今世の貧弱となるべし。古今その例少なからず。わが日本国人も今より学問に志し気力を慥かにして、まず一身の独立を謀り、したがって一国の富強を致すことにあらば、なんぞ西洋人の力を恐るるに足らん。道理あるものはこれに交わり、道理なきものはこれを打ち払わんのみ。一身独立して一国独立するとはこのことなり。

『学問のすすめ』 福沢 諭吉

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罪悪感があるからこそ向上心が生まれ鍛錬できる

琵琶湖

戦略の本質は、存在を賭けた「義」の実現に向けて、コンテクストに応じた知的パフォーマンスを演ずる、自律分散的な賢慮型リーダーシップの体系を創造することである。

『戦略の本質 (日経ビジネス人文庫)』 野中 郁次郎, 戸部 良一, 鎌田 伸一, 寺本 義也, 杉乃尾 宜生, 村井 友秀 P.459

タイトルは、CSI:マイアミのエピソード22でホレイショが消防署の署長へ言ったセリフ。「罪悪感」が、興味深かった。エピソードと関連したセリフなので、この一文だけ抜き出して読むと、響きにくいかもしれない。「罪悪感」。西洋というか、背景がキリストの構造から生まれるセリフだなぁと受け止めた。日本なら何があてはまるだろう。恥? 今なら敗北感とか入りそう。

脚本を書く人は環境から影響を受ける一方、環境へ配慮して書く。環境の前提を知らない人が、行為や言葉を見聞すると違和感を抱く。その違和感をぼくは大切にしたい。海外の映画やドラマ、小説、音楽のリリック、どれも違和感の要素を含んでいる。国対国の違和感は縮小すれば、ぼくの身の回りにある環境と同じ。位相は異なるかもしれないけど。

そうやってマクロからミクロへぎゅぅっと縮める実践力と、身の回りから躰の及ばぬ範囲へばぁっと伸ばす想像力。”ばぁ”は見聞しただけの異国や異文化。そう、現場を知らない事象への知的パフォーマンス。

the Right? or the Left?

右であるとか左であるとか、もしくは右寄りであるとか左寄りであるとか、または真ん中であるとか、そういう座標軸のどこに位置するかというようなことが真っ先に浮かぶ文章、また書いている本人もそういうことを、自分が帰属している群れのことを、常に意識しているような文章というのは、今ここに至っては、もう、人を惹き付ける力はない(昔からなかったのかも知れないけど)。

『ぐるりのこと』 梨木 香歩 P.178

昔からなかったのだと思う。でも、座標軸を求めて彷徨い続けているのもほんとだろう。外的伝達情報によって、座標軸の多元化は急速に進化している。かつては一枚の平面でおさまった座標軸が多元化していく。その進化を構成しているヒトがその速度についていけず、彷徨いつづけているのだ、と思う。ヒトが人を効率よく書き換えるには、もう少し先だろう。次に大阪で皆既日食を見学できるときぐらいかな。あっ、もう大阪なんてないだろうけど(笑)