[Review]: 橋本治と内田樹

橋本治と内田樹

橋本 そういう意味で、「立ち居振る舞いが美しい」という褒め言葉がひとつありさえすれば、「どうすれば立ち居振る舞いが美しくなれるか」に関するノウハウがなくてもいいんですよね。美しい人がいる。自分は美しくない。恥ずかしい。その恥ずかしいを持続していて、何らかの形で一生かけてでも、その立ち居振る舞いの美しいに近づこうという風に、ぐずぐずぐずぐず努力するというのが人生で、それだけでも人生の目的はあるんですよね。マニュアルにしてしまうと、人生の目的を短縮してしまうから、暇でしょうがないだろうなと思うんですけれど。“橋本治と内田樹” (橋本 治, 内田 樹) P.236

初版は2008年11月25日。内容は2005年春の対談。この「間」は何だろうと考えて読んでいた。出版業界を知らないので、「それぐらいかかりますよ」と言われればそうなのかと頷く。そうでなければ、二人の対談を「編集」するのに、それだけの時間を要したのかなぁと考えたり。読むにつれ、「3年」なら短いほうだな見立てるようになった。対談集を読んで「現場」を観たいとはじめて感じた。両先生の息づかい、呼吸、表情、声のトーン、間、笑い声、言葉の選択、読み取り、贈与…..それら全部を記憶したいぐらい。

「引き算」だと自称する両先生の話はおもしろい。内田樹先生は、桃尻娘以来四半世紀に及ぶ橋本治先生のファン。ジョン・レノンと「デュエット」のアルバムを出させていただいたような気分とまえがきで記している。内田樹先生が質問して橋本治先生が答える形式で対談は進むけど、シンクロするとダイアローグへ変化する。変化していく過程で繰り広げられる言葉のリズムとパブリックな視座、それらを味わいたいから両先生の思考と同じスピードでページをめくらねばと焦る。

冒頭に引用した一文と出会えてほんとうによかった、って僕は喜んだ。なぜなら、先日、ある方に申し上げた意味がこの一文だったから。そう! これが言いたかったんだって。「何らかの形で一生かけてでも、その立ち居振る舞いの美しいに近づことういう風に」している所作自体が美しいと。そう申し上げた。だけど、やっぱりまだそれをすらりと言葉にできない。その思考と発想に近づけない。嬉しいけど悔しい。そんな気持ちが交錯した。

自分がわからない(内田)×他人がわからない(橋本)が「橋本治」と「内田樹」の違いを論じ、抽象概念がわからないと橋本治先生が投げれば内田樹先生が投げ返す。充分に抽象概念の対話だと「うまい観客」になりたい僕がいる。

「引き算の人物造形」に強く頷き、「そう、これがファッションやな」と独りごちながら、「どうしてコミュニケーションを標榜するコンサルタントはこの手の本を読まないのか」とひとり不思議がる。

コミュニケーションを理解したいと考えるなら、ビジネス書を漁ってもダメだ、と僕は考える。ビジネス書は、「普段何気なく使っている言葉」を何気なく使う。だけど、両先生は、「普段何気なく使っている言葉」を辞書で調べて、語源を辿り、使われていた時代まで遡る。失礼かもしれないけれど、「言葉」に対して「ぐずぐずぐずぐず努力」していらっしゃる、と僕は受け止めている。

だから、コミュニケーションに悩む人から相談されると、両先生の本を薦める。だけど、それも今は最低限に留めている。やっぱり、本は人から薦められて読めないし、「読み時」はそれぞれ(そうなるとこのレビューは無駄だなぁ)。「本屋で本が呼んでいる」なんてヤバイ言い回しも仄聞するし体感した。内田樹先生のフレーズを剽窃すると、「だから、読むべきときがまだ来ていない人なのかなって」感じを本は持っている。

内田 僕ね、小林秀雄って実はぜんぜん読んでないんですよ。何冊か読んだはずなんだけれど、一つも記憶に残っていない。だから、読むべきときがまだ来ていない人なのかなって思ってるんですけど。

橋本 小林秀雄どころか、その前後何も読んだことないんですよね。評論つーので読んだのって、山本七平何冊かと、あと何冊か…..。ほかはないですよ。俺はもう、「お話」しか読まない人だから。“橋本治と内田樹” (橋本 治, 内田 樹) P.126

うまく紹介できない。もどかしい。まぁ、とにかくコミュニケーションやスキルに悩む人、読んでみてよってお願いするぐらい。あっ、さっきと話が逆だと怒らないで。そういうもんかなと。人の話って。矛盾しているようでどこかでつながっていて、平仄が合わないのを承知していたりする、実は。そんな人に「矛盾だよ」って注意しても無駄で、むしろ、「あれ、なんでこの矛盾しているような話を平気でしているの。不思議と納得できるし」って受け止めて掘り下げる方が、対話しているっぽい。無駄を認識した上の話として。

最後に爆笑したフレーズ。

橋本 俺ね、二十歳ちょいすぎぐらいの頃、「メルロ・ポンティって知ってる?」って言われて、「知らない、カルロ・ポンティなら知ってる」って答えた(笑)。

内田 ふつうの二十歳の学生はカルロ・ポンティの方を知らないですよ(笑)

“橋本治と内田樹” (橋本 治, 内田 樹) P.117