ねぇ、どうして?

担々麺定食

「ねぇ、どうして担々麺定食を食べるの?」

「食べたいから」

「ねぇ、どうして食べたいの?」

「お腹が空いたから」

「ねぇ、どうしてお腹が空くの?」

「脳が空腹の信号を身体へ伝達するから」

「ねぇ、どうして脳はそんな信号を伝達するの?」

「生きていくためじゃない? 知らない」

「ねぇ、どうして生きてるの?」

「どれだけ沢山の事柄を保留していられるか。それが重要だと思う。問題の大半は、問題自体がどこにあるのか、そも何が問題なのか、が明示されていない。それが最大の問題だよ」

最大の問題を認識できる人に出会ったとき、最大の喜びが訪れる。手段をひらめくこと、それ自体は素敵。ひらいめいた手段を実践すればもっと素敵だ。だけど、感じてほしい。僕が目的を「空白」にした意味。Indexの「目的」は空白。それほど目的は苦痛。どうして?

自分と対峙しなければならない。対峙する時間を認識しなければならない。対峙する言葉を出力しなければならない。否、もっと前、対峙する思考を起動させてなければならない。

対峙の時間と空間は自分だけにあるのじゃない。自分以外にある。伝えると聴くの融合。

ねぇ、どうして???