寸陰の質感

この間、荷物が届いた。二つあった。一つは母親からで、もう一つは誰だろうと送り状へ目をやった。吃驚した。今年、お世話になったクライアントからだった。ウェブサイトを制作している最中で、諸事情で仮運用中。完成は来年。こんな経験は初めて。少し戸惑いつつ、さっそく開封した。もう一度目を見張った。ヨックモック。大好きなお菓子。大好きを超えている。自制心を停止。ほおっておけば、半日で食べてしまう。

ヨックモック

先日、F先生から信楽焼のカップを頂戴した。恐縮した。嬉しかった。こちらがお世話になりっぱなしなのにプレゼントをもらえるなんて。仕事でお返ししたいと誓った。F先生もヨックモックを贈っていただいたクライアントも、そんな気持ちをまったくお持ちでないはず。そう理解しているけど、仕事で満足を超える「何か」を摑んでもらえると、快感だ。廃業するまでこの気持ちを持ち続けたい。

自分が誰かにプレゼントを贈るプロセスを脳裏に描く。そうすると、喜びは爆発する。なぜなら、たとえコンマ何秒であったとしても、贈りたい人の顔や仕草、声、言葉を頭に思い浮かべるから。寸陰の質感。誰かが僕の質感を描いた(と、都合の良いように解釈する)。それだけで満足。すごく嬉しい。何かをもらえる時、起動するアプリケーションは、たぶん「質感」なんだ、と思う。その質感が「自分」の存在を僕に認識させる。他者から獲得できる知覚。感じる。

信楽焼のカップ

信楽焼のカップとヨックモック。とても素敵な年末年始を迎えられる。贅沢だ。なんて贅沢なんだ。