[Review]: 体の贈り物

体の贈り物 (新潮文庫)

そうすると、何が特別なのか。
たぶんそれは、この本が、「とにかく読んでもらわないと魅力がわかってもらえない」本だということだと思う。むろん、つきつめて言えばどんな本だってそうなのだけれど、この本の場合は特に、その魅力を一口で伝えるのが難しい。

『体の贈り物』 P.219 訳者あとがき

尖った言い方をすると、下手なセミナーへ行くならこれをみんなで読んで話し合えばとすすめる。心のスイッチが入ると思う。訳者が指摘するとおり、「善意はわかるけど、正直言って陳腐な物語」になりかねない、希望と絶望の物語から「物語」を排除した。残念なのは、僕の非力な想像力が、作者の伝えたいことを何一つ掬い取れていないこと。

エイズと闘病と死、この三つが揃えば、おしなべて涙を下さいと訴えかける物語ができあがる。寒気がするほど陳腐で安っぽい物語。クイズ番組からドキュメンタリー風な番組にシフトした民放のように。題材を腐らせるのは、題材そのものじゃなく、描く側、表現する人の手に委ねられている。

エイズと聞けば、先入観が読書を拒否するかもしれない。僕は本屋でこれに出会い、タイトルを気に入ったので買った。何の話か知らずに読み始め、少しずつ理解できてきた時、エイズが頭の片隅に残った。読み進めた。読み進められたのは、レベッカ・ブラウンの表現のおかげ。

まったく飾り気がない。「物語」にしない。抽象的な言葉や詩的な表現が一切含まれていない。目の前で起こったことをそのまま描いている。おそらく、原文も読めるのじゃないかと思えるぐらい、一つ一つの単語はシンプルだ。だけど、レベッカ・ブラウンの視線や感情を追体験したいと思うけど、できない。自分の想像力を呪った。

シンプルな文章で事実を淡々と綴る。それほど難しい創造はない、と思う。語り手は伝えたい何かを持っている。その思いが強ければ強いほど、今、このテキストを書いている僕みたいに饒舌になる。貧しい語彙力の中から、気の利いたフレーズを探し出して、描こうとする。そうすればするほど、事実は脚色され、演出され、語り手の伝達の輪郭は、ぼやけていく。

シンプルに伝える。余計な修飾を使わない。一言を紡いでいく。削ぎ落とす。あとは読み手に任せる。待つ。とても素敵な小説に出会えて感謝。

そのシンプルさは、すべて「~の贈り物」で統一された題名にも表されている。何が贈られているか、与えられるかは作品ごとに違うし、世話する側がされる側に何かを与える場合もあれば、その逆の場合もあるし、時にはどちらがとちらに(そもそも何を)与えているのかはっきり言葉にしにくいこともある。だがどんな場合でも、世話される側の死へといずれ行きつくほかない「負けいくさ」のなかで、語り手は確実に何か、「贈り物」と呼べるような肯定的なものを感じとってる。

『体の贈り物』 P.223 訳者あとがき