伝達+共感=理由

黒猫の三角 (講談社文庫)

「理由は必ずある」紅子は頷きながら言った。「ただし、その理由が、言語として他人に伝達可能かどうか、あるいは、たとえ伝達可能であっても、他人の共感を得られるかどうか、という問題が残るだけなの」

黒猫の三角―Delta in the Darkness P.185

「コンサルタント(のような仕事)をしないの?」と、歯科医院の先生から不時の質問を受ける。それについて、僕は上手に回答できない。「コンサルタント」は名称だ、と考えているからかな。

何度も書いているように、歯科医院は収入の天井が決まっている。青天井に近づけたければ、医院の数を増やすかフランチャイズ化するか(例外は、一口腔の治療費として、千万円単位を請求できる医院)。そういう前提に立って、B/SとP/Lを分解してみれば、各勘定科目へ振り分けられる数値は自明。一昔前なら、「所得率」からおおよその所得を算出できた。今は知らない。

だから僕はいたってシンプルに考えている。それが、「伝達と共感」。

わずか7年間で出願者が数十倍に急増した品川女子学院の6代目校長・漆紫穂子氏は、「人は変えられない、目標は伝わらない、人は管理できない」と言う。送信者(校長)が、いくら伝達しても、受信者(教師)のスイッチが入っていなければ、伝達されない。そして、スイッチが入ったとしても、受信できる信号でなければ共感されない。

送信者と受信者の関係を経営者と社員に置き換える。それは早計だろう。だけど、歯科医院は置き換えられるかも、と考える。だから、●●理論やカタカナセオリーを駆使したり、××制度を導入するよりも、「伝達と共感」を涵養するよう注力する。全身全霊。視覚と聴覚を研ぎ澄ます。もちろん、僕が理論や制度をまったく知らないという単純な「理由」があるけど。

送信者は、受信者のスイッチが入るまで「待つ」こともあるだろうし、ときには、信号を変換しなければならない。送信者の信号を受信できない受信者はいる。伝達するために苦悩する送信者の姿を受信者が「見た」とき、受信者であるスタッフは、はじめて「気づく」。その構造は、スタッフと受診者へそのままトレースされる。その気づきが回路にスイッチを入れる。同じ苦悩が始まる。

苦悩が思考を洗練する。伝達可能な言葉を創作する。共感を得たい欲望を孵化する。じっとしていられない。

伝達するために何を削除して、何を言語に生成するか、共感を得られるために、何を削除して、何を視覚化するか。それを考えるのもまた「理由」だと思う。