何のために会うのだろう?

G8が始まったらしいと思ったら終わったらしい。「らしい」毎日を送っていたので、「らしい」を出汁に日常のギモンを。洞爺湖サミットについてネットで流し読む程度しか知らない。イギリスでは「豪華なディナーを食べながら食糧危機を語る」と非難されているらしい。日本が投じたサミットの費用は600億円。400万人のエイズ患者の年間治療代に充てられるらしい。いずれの「らしい」や「成果」に関心を持たず。メディアの論評を知らない。

ただひとつのギモン。そもそも「何のために会うのだろう?」というギモン。こんなこと誰もが抱いているギモンだからなにもブログに誇張するまでもないと思うけど。調子にのってみる。テーマはナニって意味の「何のために」じゃなく、移動について。G8の首脳が事前に日程を告知してまで一個所に集まる理由を理解できない。インターネット全盛の時代、一つの場所にわざわざ移動してきて警備をつける理由がどこになるのだろうかと。有限のエネルギを効率的に分配しようとするとき、最小の移動を考えることも必要ではないかと。

国連にIRCサーバ を置き、各国の首脳がIRCクライアントに接続すれば移動しなくてすむ。サイバーテロと盗聴への対策費用は600億円を上回るのかな。別にそんな大仰でなくてもテレビ電話でも。通訳はややこしいのかな。

メールやチャットの文字ベースに加えて、Skypeのように映像+音声といったツールはある。それにWikiやメーリングリスト、グループウェアのように議事録や会議録、記録を保管したりディスカッションするツールもある。

バーチャルかリアルかなんてナンセンスで境目がなくなりつつあるなか、「何のために会うのか?」という病識を持ち続けておけば、自分のなかの中庸がすくい取れるような気がする。