月別: 2008年5月

本で我慢しようと思うのが間違い

M型ライカとレンズの図鑑 (エイムック (1340))

う〜ん、実物を買えないもんだから思わず本で我慢。でも、コレって我慢にならないと実感。ヒトは「目に触れたモノを欲しがる」と言うけど、なるほど。本屋でパラパラめくる程度がちょうどいいかな。お昼にゲットして、ずっとなめ回すように眺めている。眺めれば眺めるほどヤバイ。ヤバイけどきちんと自制心が作動。自制心というよりもリアルな問題が歯止めをかけている。

だってボディとレンズで1本越えですから。新品ならですが。軽自動車買えますよ。傍目には狂気の沙汰。でも、傍目じゃない本人は狂気の沙汰に映らない。そんなもんだろうな。

雇用したことない人のパラドックス

現象学の視線 (講談社学術文庫)

先日、ある先生から経営の相談を受けた。文脈の前後や背景を省略するけど、私の稚拙な問いかけを先生なりに整理。すると、スタッフの問題が浮かび上がってきた。そこにフォーカスしてピントをあわせる。

ピントがあったとき、コンサルタントなら「人材育成」や「人事」のシャッターをきって快刀乱麻の手腕をいかんなく発揮するんだろうな。経営の問題を対処するとき、メソッドは有効かつ魔力を持つ。フルサイズやハイアマチュアのデジタル一眼レフのよう。使いこなせる腕を持つコンサルタントは問題を切り取りフレームにおさめる。可もなく不可もない。みごとなフレーム。使いこなせないコンサルタントはメソッドに助けられる。フレームにブレはあっても「きれいな写真」が撮れる。

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インプラントな歯科医院サイト

テレビにスポンサーがつかなくなったらしい。はてぶに「グッときた場面ベスト55」のCMが酷すぎる件がピックアップされていた。

優秀なコンテンツを持っているところが強いということです。しっかりしたものは、財産として残るんですよ。映画だって、見る人は減っていないんですから。

via: J-CASTニュース : バラエティが腐らせたテレビ スポンサーはそっぽを向く

「テレビからネタを下ろす時代ではなくなり、巨大メディアがネットのことを取り上げるようになった」らしい。となると、スポンサーはウェブにコンテンツを流すという。なるほど。で、コンテンツは?って、「それはオマエが考えろ」なわけね。「コンテンツ」を吟味せずにコンテンツを語る。はじめからあんパンのなかに”あん”がみたいだ。深刻はテレビのコンテンツのみならず。

一例をあげると歯科医院のサイト。一昔前ならデザインはもっさり。なのに面白かった。自分で作る先生がいたり。そこへ黒船がやってきた。企業サイトの製作が一段落つきはじめ、新たな市場開拓として歯科医院がターゲットに。

テンプレートなデザインと抜群の製作効率を持つ企業が「市場」へ進出。歯科医院専門のポータルサイトを立ち上げた。営業は「そこに掲載しませんか?」。ポータルサイトにタウンページを掲載、製作した歯科医院のアドレスをリンク。ポチッとクリック。洗練されたデザイン見やすくなって現れる。カッコイイ。おお。

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ライフハック系以上高度専門知識未満の知っている人々

知識の習得。そこは「わからない」のいらないところ。暗記、もしくは経験値。「知らない」から「知っている」への変換。昔は重宝された。いまは危うい。多少の知識やちょっとした専門知識は「あちら側」に置いてある。「あちら側」の知識が適切かどうかは保証されていない。その上、「あちら側」の知識を「こちら側」に適応するのは読み手。読解して実践しないといけなわけで。「あちら側」へのアクセス方法と「あちら側」を読解する気力、そられを備えていないとまだまだ難しい。とはいえ、たとえば、一昔前なら税務署や社会保険事務所、その他公的機関への届出なんて「知識」に入っていなかった。「専門知識」を持つ人々が代行していた。今もそうかな。ただし、時間を惜しまなければ、自分(=依頼主)で届けられるようになった。

「あちら側」は引き金を引いた。「知っている」人を無力化させてしまう。

「専門知識」を「知っている人」へ

無力化されるまでは「届出」=「代行」=「高度な専門知識」=「報酬」だった。無力化されたあと、「時間」=「報酬」になった。「手間暇を惜しまなければ自分でできるけどそんな時間がないから任せている」状態に。報酬が相対化された。「自分でもできるけどまかせているだけ(ほんとうはできないんだけどね)」と。そしたら、今までの報酬を「高い」と受け止める。

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終身刑は判決じゃなく刑の運用では?

政治家は機会をうかがっている。裁判所も同じかなと穿ったり。光市母子殺害事件の上告審で主任弁護を担当した安田好弘氏に罰金50万円(求刑懲役2年)の逆転有罪を言い渡した(参照:NIKKEI NET: 安田弁護士に逆転有罪で罰金刑・東京高裁)。4月23日。光市母子殺害事件の差し戻し控訴審判決の次の日。逆転有罪かつ異例の罰金刑。そして今度は「終身刑」が出てきた。首をかしげる。

現行法では、死刑に次ぐ重い刑は無期懲役。しかし、法務省によると、平均25年程度で仮釈放されており、死刑より軽く無期懲役よりは重い刑として、終身刑の創設を求める声が少なくなかった。

平沢議員は議連の意義について「死刑廃止論とは相いれないが、終身刑の創設の部分では一致している。平行線の存廃論議と切り離し、裁判員制度で市民が悩むことになる前に解決しなければいけない」と強調する。参加予定者の中には、山口県光市で起きた母子殺害事件の死刑判決をめぐり、「終身刑の必要性を考えるきっかけになった」と話す議員もいるという。

via: asahi.com:死刑賛成派も反対派も「終身刑を」 超党派で議連発足へ – 政治

私のような市井の徒がいずれ司法に参加しなければならない。今の私は罰金を支払うつもりだけど。法律をまったく知らない。にもかかわらず、ちょっと本を調べれば、終身刑は「判決」ではなく「刑の運用」の問題を含むと理解できる。たとえば、現在でも「非転向」の政治犯は仮釈放を与えられにくい。日本赤軍がらみとか。なのに政治家は「判決」の問題として俎上に載せようとしている。政治家と司法は判決と刑の運用の峻別を丁寧に説明すること、それが求められているのでは?

以前、芸人やタレントがコメンテーターをしているテレビ番組で「終身刑にしたらええやん」みたいなコメントをしていた。感情を顕に正しいことを主張していると言わんばかりの顔で。そのコメントに対して、八代英輝氏が「判決と刑の運用の問題」をわかりやすく解説した。コメンテーターは沈黙。

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わからないという免罪符

「ホームページとかってまったくわからない」

「ブログなら今すぐ作れますよ」

「ウソ!」

ホームページとブログは違う。共通点は手段。目的を達成するためにどちらかを選択したり、両方を採用する。ホームページとブログの「違い」を知らないし、ホームページを理解できない人が、「ウソ!」と口にする。ブログなら今すぐ始められますよ、と私が言ったとき。

自分で「ホームページとかってまったくわからない」と言いながら「ウソ!」と疑う。支離滅裂を認識していない。「ブログなら今すぐ始められる」と言った私は途方に暮れる。

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