[Review]: イノベーションの神話

イノベーションの神話

いまブログ界隈は Macworld でもちきり。なかでも世界でもっとも薄いノートブックと銘打ったMacBook Airに注目が集まっている。「一枚の、イノベーション」、米国のサイトには「Thinnovation.」の造語。なぜMacBook Airがイノベーションと名乗りを上げるのか? 最軽量ならLet’snoteがあるだろうし、基調講演でジョブス氏に比較されたVAIO TZシリーズだって登場したときは耳目をあつめたはず。なのに両者ともイノベーションから遠く、Appleが代名詞に。

最善のイノベーション哲学は、変化と伝統の双方を受け入れ、絶対的な判断が存在するという落とし穴に落ちないようにすることです。アイデアが新しいという理由だけですべてのアイデアを受け入れようとするのは愚かなことです。それと同様に、伝統であるという理由だけですべての伝統を受け入れようとするのも愚かなことなのです。

『イノベーションの神話』 Scott Berkun P.171

スティーブ・ジョブズが独創的アイデアを次から次へと繰り出すかといえば否。Appleはジョブス氏の独断専行かと言えば否。イノベーションは一人のアイデアから生まれない。イノベーションは突如ふってわいてきたり、ひらめいたりしない。

だけど、ひとたびイノベーションの洗礼を受けた「側」の人たちは、あたかも予定調和のように必然的に導かれたと誤解。そして「私たちもGoogleやAppleのようになるんだ!!」と見学へ。「環境」を観察。だが、環境を真似ているだけ。イノベーションの神話を信じているから「環境」をつくればアイデアが思いつくはずだと。

彼らはおしゃべりしながら何かを入力しているんだけど、いったいいつアイデアを思いついたんだろう? P.3

この問いの深淵まで足を踏み入れる企業は少ない。

「優秀は最優秀の敵である」とヴォルテールが指摘するように、イノベーションもまたイノベーションが敵だ。イノベーションは構造上のパラドックスを抱えたままジレンマにもだえ、歴史をつくってきた。そして歴史は完璧ではない。歴史は年表になって鳥瞰したとき、あたかも「それがおこりうるのは必然だ」と錯覚する。偶然が必然に化ける。だが、歴史書に語れることが歴史であるのと同時に、歴史書に語られていないことも歴史のはず。「何が書かれているか」ではなく、「何か書かれていないのか」を問う。

今回、Appleが発表したMacBook Airのどこがイノベーションなのだろう?技術の革新かあるいはライフスタイルの一変か?

  • FireWireがなくなった
  • 内蔵のDVD-ROMがなくなった
  • イーサネットがなくなった
  • Intelに特別チップを製造させた
  • 世界最薄だけども最軽量ではない
  • マウスのインターフェースを一新した
  • バックアップとソフトウェアのインストールの概念を変えた

私見を列挙した。

MacBook Airは未来の道具のあり方を先駆けて示した。といっても、この「先駆けて」がくせもの。「受け入れらる前の観点」と「受け入れられた後の観点」は異なる位相。であってもややもすれば、「受け入れられた後の観点」から「受け入れられる前の観点」を知り得ていたように私は書く。受け入れら後の観点、もちろんその代償は大きい。

  • バッテリーが内蔵されてしまい、ユーザー自身では交換できない
  • USBは一つだけ
  • 802.11n対応でないとWi-Fi速度も持ち腐れ

それでも選択した。そこには、

  • そんなことなどうまくいくはずがない。
  • 誰もそんなものは欲しがらない。
  • 実際に役に立つはずがない。
  • 人々は理解しないだろう。
  • そんなことは問題ではない。
  • それは問題だが、誰も気にしていない。
  • それは問題で、人々も気にしているかもしれないが、すでに解決されている。
  • それは問題で、人々も気にしているかもしれないが、ビジネスにはならない。
  • それは問題を探すための解決策だ。
  • 私のオフィス/洞窟から今すぐ出ていけ。

といった、「イノベーターが耳にする否定的なセリフ」(P.64)をうんざりするほど聞いてきたと思う。

イノベーションにまつわる10の神話を読み終えたとき、「どうしてそんなアイデアが思いつくのだろう?」という問いは愚かだとわかる。おまけに自分がアイデアを捻出するとば口にも立っていないと気づいた。

最高のアイデアが世に広まるとは限らない。イノベーションのスイートスポットは「採用の容易さ」と「優秀さ」の交差点にある。両者はトレードオフ。アイデア、アイデアと口にしたりするけど、ほんとうに「アイデア」と向きあっているのだろうか。イノベーターは忠告している。「アイデアはどこにでも転がっている」と。

だとしたら、私が抱いているイノベーションの神話はどこにあるのか? その解が本書に示されている。

すべてはパラドックスのなかに。