歪み醜く狂う

私と周りのバランスを大切にする。そのために「正しいバランス」を求める。でも正しくなければ釣り合わないのか。世情に通じずいびつな我であっても実はそれで釣り合っていることもある。

世に対しすすんで背をむけるでもなく、勇ましく飛び込むでもない。ただ控え目に醜く生きたい。でも受けるがままの首輪を拒否する。

まずは己が一歩踏み出さなければ何もはじまらないし何も終わらない。

「できるからやる」は「できないことはやらない」と同義。「やらなければできない」と選択する意志でありたい。その先に何があるかわからない。わからないと思い込む自分に陶酔する。それを私は忌み嫌う。わからないことをわかろうとする欲と凜がつり合うための糧となる。

バランスとは正しくつり合うことではなく、極度のゆがみから生じる唯一の居場所。偶然に誕生し偶然に生き延び偶然に死ぬ。それが必然。

多くの者がつり合う方法を知りたがり訊く。しかし、「なぜその方法なのか?」と意味を問う者は少ない。

バランスを大切にするから一日一日を狂う。